5.3色エビ襲来
王都南東に位置する港町ゲルニーツァ。暗雲立ち込めるその停泊所は正体不明の魔物の襲撃を受けていた。総数は3体。黒、赤、金の三色のエビだ。正確に表現するなら鉄の焼肌のような黒鉄色、赤銅色、黄金色といったところだ。
暗い海であっても時折見せる金属特有の光の反射が垣間見え、通常の海洋生物由来の魔物とは異なる特徴を有している。
魔物と一口に言っても多種多様な姿や形をしており、一概にその容姿から通常の魔物と異なるとは判断できない。人間の認知が及ばない海溝や深海にはまだ見ぬ魔物がいるからだ。だがこのエビたちには決定的にただの魔物ではなかった。
保有している魔力が災害級の魔物であるため、『収縮生誕』により発生したとしか考えられないのだが、本来災害級の魔物は『収縮生誕』につき1体のみだ。複数体の災害級の魔物は発生するはずがないのだ。しかし現に災害級の魔物が3体いるということは人為的な発生だということだ。
1体でも各国が連携して討伐する魔物が襲来して何故ゲルニーツァが滅んでいないのか。それは最強の1等級冒険者が全力で戦っているからだ。『怪物』ザクス=ルード。ベゼル王国でも最強と名高い男が偶然にもゲルニーツァに訪れており、偶然にも依頼を受けていない状態だった。
偶然は重なるもので、ザクス=ルードが何かを探していた。彼の探し物が船にあるようで、夜になれば船が帰港することから停泊所にやってきていたのだった。
その結果、3色のエビたちは港に一切近づけず、ザクスの猛攻を浴び続けていたのだった。
「タルバが船でどこかへ行ったのかと思い待ってみれば、やってきたのは魔物か。タルバはどこへ行ったんだ?カジノにもいなかったし……」
ザクスは今日1日中タルバを探していた。日が暮れてからカジノを訪ねてみたが妙に焦っている支配人からその方は帰られましたと告げられた。
体格がでかいため、威圧感を感じさせてしまったようで少し申し訳ない気持ちになったが、肝っ玉の小さい支配人が悪いと責任転嫁して忘れることにした。
カジノにおらず、町中を探したがいなかった。ギルドにファンタズマがいるということは街を出ていない。導き出された結論は船だ。船で釣りや漁に出掛けたのだ。それ以外に選択肢はない。つまり、夜に停泊所に向かえば自ずとタルバと合流できるという寸法だ。
そのつもりで停泊所に来たザクスだった、明らかにゲルニーツァの冒険者では歯が立たない魔物が接近していたため、迎撃を行うことになったのだった。
「この強さ――災害級だな。『収縮生誕』が起きたとは聞いていない。それにこの数……何者かの作意を感じる」
海からゲルニーツァに向かって上陸しようとするエビたちをザクスの強力な魔法で押し返す。時期に避難が済めば問題なく討伐できるだろうが、まだ時間がかかりそうだ。
災害級といっても本来の災害級の魔物より数段劣る。広大な土地で発生した自然由来の『収縮生誕』で発生した災害級の魔物は1等級冒険者が3名招集されたほど危険度が高かった。このエビたちは確かに強力な魔力や魔物としての特徴を有しているが俺一人で押し返せている以上、本来の災害級の魔物ではない。
いわば養殖された下位互換版災害級の魔物といったところだ。
「ザクスさん!避難完了しました!!ご武運を!」
後方から大声でザクスに呼びかける声がする。他の冒険者たちが危険を顧みず、避難活動を行ったおかげ停泊所周辺から人の気配が消えた。俺に声をかけたのは避難誘導を行っていた冒険者の一人だろう。ザクスは退屈な押し合いから一匹残さず討滅するよう切り替えた。
ザクスは指をボキボキ鳴らしながら肩を回してストレッチをする。ストレッチをしている間にも三色のエビは接近してくる。
黒鉄色は周囲の海を凍らせ、氷を割りながら泳いでくる。黄金色は歩くたびに目の前に陸地が出来上がり、その陸地を歩いてこちらに接近。赤銅色は竜巻を身にまとい、空を飛びながらふらふらと近づいてきている。明らかにエビ由来の魔物に備わるはずがない魔法能力。
さらにお互いが干渉しあわないように一定距離を保ち、それぞれの魔法範囲内には近寄らないことができる知性と感知力を持っているようだ。
見た感じの魔法能力として黒鉄色は水、黄金色は土、赤銅色は風の適性を持っている。周囲に影響を及ぼすほどの魔力を垂れ流す災害級の魔物。1等級冒険者がいなければこの港は5分で壊滅したはずだ。
ある男の旅についてきた1等級冒険者が偶然にもいなければこの国は致命的なダメージを負っていたことは確実だ。
なんなら王都近郊まで接近を許していたとすら考えられる。このエビ達の脅威は海よりも陸のほうが上だ。海ならばそこまで影響はない。陸だと地面が凍りつき、大地が不自然な変動を起こし、空中から一方的に攻撃をすることができる。要するに人間に及ぼす影響力が現状が最小ということだ。
ごちゃごちゃ考えてもやることは一つだ。さっさと殺してタルバを探そう。こんな魔物が出現してもタルバほど勇敢な男がここにいないことはあり得ない。だからこそ危険分子として幽閉されているのではないか。
ザクスは目の前の魔物から感じた作為的な考えから飛躍してタルバが警戒されてどこかへ連れて行かれたのだと思い込み始めた。
「まぁいい。死体が残す程度に殺してこの茶番を終わらせよう。4属性混合魔法【四元の霹靂】」
ザクスが魔法を使用した瞬間、雲が割れ、光の玉が空から一つ降る。突如として現れた玉は高速で海上に降りるとエビたちはその玉から目が離せなくなっていた。
ピキッというガラスが割れるような音が鳴り響いた。同時に暗闇に閉ざされた世界を光が覆いつくす。光の玉が光の柱へと変貌を遂げ、エビたちが灰燼に帰した。
衝撃や音が遅れてやってくる。港に停泊していた船は砂のように余波で消滅し、港近くの家々も跡形もなく消えていった。
停泊所の石畳もひび割れ、崩れ落ちていく。魔法の衝撃が完全に消えたころには幽霊船の停泊所のように荒れ果てた場所に一人、ザクスだけが立っていた。
――――――――――――――
タルバはただ一人、筏作りに励んでいた。溶岩に沈んだ離島ではあるが、沈んだのは俺たちがいた半分側だけだ。
つまるところ射程圏外だった逆側の森は健在だ。無事自分の装備も回収したおかげで魔法封じの枷を容易に切断し、水魔法ウォーターカッターで木を切断。その木と残された資源にあったロープを使って筏を作り、ゲルニーツァを目指す計画だ。
敵が阿保なのか武器を保管していた洞窟に各地の地図や計画を記した書類を残していた。本来は特別製の魔法陣付き金属扉で守られるはずだったのかもしれない。敵のエビが勝手に壊していったのだから俺は運がいい。災害級の魔物の力は伊達じゃないということだ。
「それにしても木をロープで固定しただけの代物しか作れそうにないな。筏を作ったことがないからどう作ればいいのかもわからない……」
約10年の冒険者人生でも筏を作ることなどなかった。むしろ筏を作る経験はどこで積めるのだろうかと真剣に思った。
海の近くで冒険者をしていても港に船があるため、作ることなどない。無人島や離島に置いてかれなければ作る必要性皆無だ。
「一応オールは作っとくかぁ~《エアシッターF》でも進めるけど魔力は有限だからなぁ~」
消え入りそうな声で独り言を呟きながらも筏用の木を縛る。幸いロープはいっぱいあるおかげで気になるところは全て固定できる。オールは持ち手だけ削れば完成でよさそうだ。ついでに筏の真中に支柱を建てる。この支柱は帆を張るわけではない。
《エアシッターF》を使って進むために俺が握るものが欲しいだけだ。
外は真っ暗闇だが月明りと洞窟に引っ掛けられていたランタンを頼りに作業を進めていく。銀エビはどこかへ消えたようだが、この離島に長居すれば遭遇率は必然的に上がる。
やつらのアジトだったのだからしょうがない。空が白みだした頃に筏は完成した。魔法と自分の剣の切れ味に感謝しかない。
「よしっ!いけるぞっ脱出だ!」
俺は鼓舞するために声に出して気合を入れる。背筋を凍てつかせた恐怖を打ち払うように体を動かして温める。
久方ぶりに感じた絶命の脅威が手の震えという形で表出していた。銀エビと同格の魔物があと3体いると思うとゲルニーツァに向かったところで意味がないのでないか。自ら死地に赴く戦士の気持ちを実感する。死ぬとわかっていながら向かうことは勇敢なだけでは無理だ。
必要な感情は死の恐怖を超える強い感情。例えば誰かを守りたいという気持ち。逃げられないという背水の陣から来る一矢報いようとする覚悟。仲間の敵を討ちたいという復讐心。戦争であればその気持ちが心の支えとなり、逃げ出したい気持ちを抑えて前に進ませるのだろう。
今の俺には欠片も存在しない強い感情。希望があるとすればザクスだけだ。ザクスが勝てば全てが優勢になる。彼と同格の冒険者は数えるほどしか世界に存在しないため、彼の敗北は人類の敗北に等しい。
「ザクスなら勝つ。あいつに無理なら勇者の剣《海誓山盟》を行使するか国宝レベルのダンジョン産魔道具で周囲一帯丸ごと一掃するほかないよなぁ」
災害級の魔物の複数体同時出現など過去に例がない。ザクスが敗北したのであればこの国――いや人類に打つ手は限られる。今は人類存続の分岐点。人類側は何が欠けても不利になっていくアウェーだ。
「銀エビと戦える自信はない。だがザクスだけを戦わせるわけには……いかないよな、やっぱ」
結果的に俺が王都から連れ出したのだ。決して彼に戦ってほしくて連れ出したのではない。彼に世界の広さを――まだ見ぬ景色の素晴らしさを知ってほしくて同行を認めたのだ。
それが災害級の魔物の同時出現の対処をさせられ、まだ若い彼が実力があるとはいえ矢面に立たされ、俺は酒に酔っぱらって無様に拉致され、孤島で震えてるなどみっともない。
プライドなんてものは当の昔に捨て去ったが、人に命を懸けさせておいて自分はぬくぬくと安全地帯で眺めてるなど許されない。長く冒険者をしてきたからこそ、卑怯な手を使われたことも体のいい駒のように使い捨てられようとしたこともある。
時分は運よく依頼を共にした仲間が死ぬことはなかった。だが他の冒険者が卑劣な罠によって命を落としていく姿を見て――ずたずたの死体に泣き縋る様を見て思った。
窮地に立つたびに俺はどれだけ誇りを失おうと、やる気がなかろうと人にだけ命を懸けさせることだけはしないと決めていた。隠居して穏やかに過ごせればそれでよかった。好きなことをして生きていくとしても、見失ってはいけない自分の信条はある。
「俺は屑貴族のようにはならない。絶っっっ対にだ。それだけは……それだけは俺が俺を許せない」
冒険者はリスクが大きい仕事だ。自分の命も勘定に入れて依頼を遂行する。命を落とすことなど日常茶飯事だ。それでも自分が命を懸ける立場だからこそ、人にだけそのリスクを背負わせて自分だけメリットだけを享受する男にはなりたくなかった。
俺は情けない。現に旅に浮かれて深酒をし、カジノで遊んでみっともないほど簡単に誘拐された。密漁の手伝いをして、労働条件が良心的であったことからここでの生活も悪くないと思い始めた自分がいた。
普段からやる気も向上心もないタルバではあるが、それでも今回の一件は彼の琴線に触れたのだろう。彼唯一の矜持と言ってもいい。
「ザクスが負けていたとしても戦う。どのみち俺に選択肢はないんだ」
きつく縛ってできた筏を海の近くへと引き摺る。多少の保存食と飲料水を拾ったただの鞄に詰め込む。今朝見つけた三つの魔道具を装着し、装備の再確認を行う。オールを携え、タルバは薄暗い海へと進んだ。
――――――――――――――
一方3体のエビをあっけなく屠ったザクスはゲルニーツァの人々に恐れられていた。
遠目から彼の勇姿を見ていた人々だったが、3体のエビは見るだけで戦慄を覚える魔物だった。蛇に睨まれた蛙の如く、その場から動けなくなるほど威圧感があった。
そのエビたちを秒殺したザクスを同じ人間だと思えなかったのだ。人が恐怖を覚えるのは異質な存在に出会ったときだ。それは魔物という見た目から異質さを感じ取れるものもあるが、同じ人間を恐れないわけじゃない。
ただの人間には強さの尺度は自分より上か下かだけだ。その点で言えばザクスをエビ達と同一視してしまうことは仕方がなかった。
「ザクス=ルード……本当に人間か……?」
誰が口火を切ったのか避難した人々はザクスの存在が俄に信じ難かった。1等級冒険者の全力の一撃を見ることなどない人々にとって、天変地異に等しい魔法の一撃は世界の終焉かと見紛う衝撃だった。
「怪物なんて呼び方、生易しかったんだな……」
「そ、そうだな。あんなの人間にできるわけねぇ」
「停泊所の近くがなんもなくなっちまったよ。直撃もしてないのに」
口々にザクスへの認識を改める人々。漠然と強いことはわかっていた。だが人間が見たことないものへの想像力など高が知れている。目の前で起きた現実こそ唯一な真実だ。
崩落寸前の停泊所で未だに海を見つめるザクスの動向にのみ目を見張っていた。鳥肌を立たせる悪寒の元が魔物からザクスにすり替わってしまったのだった。
後方から向けられる畏怖の視線を意に介さず、消滅させた魔物の残滓を注意深く見ていたザクスは遥か遠方から接近する銀色のエビを感じ取った。
「今度のやつは本物の災害級のようだ。さっきの3体とは格が違う」
日が出始めた時から不自然な蒸気が海に立ち上っていた。それが徐々に近づいてきていたことも。
目視できる距離になってからようやく先ほどの3体同様のエビだとわかった。何者かが作った魔物は4体いたらしい。
「こいつが本命だな。他の3体とは魔力、体格、威圧感、どれをとっても別格だ。差し詰最高傑作というとこか」
ザクスは楽しそうに笑みを浮かべながら銀エビを敢えて近寄らせた。ザクスは腕を組み、ただ銀エビを見つめて仁王立ちしている。
先のエビ達は処理作業だったが、この銀エビなら少しは楽しめると認識し、戦うことに楽しさを見出すザクスは久方振りの強敵にワクワクしていた。
タルバは適当に聞き流していたため忘れているが、ザクスは根っからのバトルジャンキーだ。今じゃめっきり減ったが、以前は強者に挑むことを生き甲斐にしていた。
「楽しくなってきたな。俺にはこれしかない。命が脅かされないと楽しさは湧かない。その中で倒すと全身に血が巡る感覚がして高揚感が得られる。これに変わる楽しさはない」
ザクスは強すぎるが故に普通の感情が乏しかった。なんでも手に入るが故の退屈さ。それが格上か同格との戦いでは手に入らない可能性がある。その可能性が唯一彼に気持ちの昂りを明確に伝える。
そんな勝利こそが彼に価値を与える。常人には理解できない落命の蓋然性を必須要件とした価値観。
近寄る銀エビが少しずつ赤く変色していく。水蒸気の量が増え、エビの足がひび割れた停泊所の石畳に踏み出す。ザクスは泰然自若として佇むのみ。10メートル先に災害級の魔物が来ても口角の吊り上がった顔で赤みがかった銀エビを見つめる。
「お前は俺に何を見せてくれるのか楽しみだ。さっきのやつらみたいに瞬きする間に消えるなんて辞めてくれよ?」
ザクスの挑発的な言葉が通じたのか金属を引っ掻いたような奇声を発しながら銀エビの攻勢が始まる。タルバの決意を他所に、ザクスは楽しい楽しい殺し合いに興じるのだった。
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