5.冷や汗
全てを隠し通したはずの俺は絶体絶命のピンチに立たされていた。
その原因とは今日のスタンピード時に見つけた変な石ころのことだった。夜にウィンティと食事をしている最中、話題に困った俺はぽろっと変な石を見つけたと話した。そしたらなんとあの石ころが盗まれた鉱石だったらしい。
迂闊にも鉱石に白い線が入った真っ黒い石と説明してしまったことで判明したのだ。ウィンティは明日にでも冒険者ギルドに受け取りに行くと意気込んでいる。それもそうだろう。自分が襲われて奪われたものが運よく手元に戻ってくるのだから、本当は今すぐにでも受け取りに行きたいのだろう。
だがそれは俺が阻止した。鉱石をぶっ壊し、すり替えた犯人であるこの俺には冒険者ギルドに回収された鉱石を見られては困るのだ。
すり替えた石は『怪物』が焼き払った時に煤けただけの石でしかない。俺がウィンティに話したような白い線もなければ、ウィンティ達の目的である鉱石の特殊な力があるわけがない。
俺は冒険者を雇って今度こそ安全に移送することを提案した。ウィンティは冒険者ギルドに依頼に行き、あたかも鉱石を持っているかのように振る舞う。いわばウィンティを使ったおとりだ。本命は冒険者たちで、彼らに王都まで運んでもらえばいいと考えたのだ。こうすればウィンティが鉱石を確認することはないだろう。俺が実際に本物を確認しているのだから。
そんなことを話していた最中に、ウィンティに言われた一言が俺を背水の陣へと誘った。ウィンティは食事中にこう言った。
「タルバさん、鉱石の見た目については秘密にしてください。また奪われかねないですし、鉱石にある特徴は国内の他の鉱石と比べても唯一無二なんです。鉱石の特徴を知っているのは今のところ、私と見つけたタルバさん、魔法学院の先生くらいのものです。他に知っている人がいれば盗人ということが確定します」
重要な点は2点ある。1点目は鉱石の見た目が特殊なことだ。ウィンティの言う特殊とは白い線のことだろう。そして2点目はこの特徴は限られた人間しか知らないということだ。
すり替えたことは鉱石を確認すれば気づかれるだろう。次に始めるのは犯人捜しだ。だが今ばれた場合、誰が盗んだか確定してしまうのだ。時系列として一度盗まれるも俺が発見、ギルドで保管という流れだ。魔法学院の先生とウィンティは盗む理由などないため、当然犯人から除外される。次に最初に盗んだ犯人だが俺が発見しているため、俺が最初の盗人出ない限り、盗むことに失敗していることが確定する。
つまり俺が発見している時点では正しい鉱石の特徴であるため、鉱石はすり替えられるのは俺か、回収した冒険者しかいなくなる。そして回収した冒険者はこの鉱石の特徴を知らない。消去法で俺が牢屋行きが確定するのだ。巷じぁ英雄と持て囃されているが、実態は鉱石泥棒。未だかつてこんな英雄がいただろうか。
冷静なふりをしているが、内心は神に祈るしかないところまで来ている。今すぐファンタズマに乗って逃げる選択肢も視野に入れて方針を考える。正直に話すという選択は難しい。話してしまえば、俺の剣から石を取り出したところで割れている。もし鉱石が一塊の状態でしか使えないものだったらと思うとおなかが痛くなってきた。
世の中には一塊の鉱石の状態でしか特殊な効果を得られないものもあると聞く。そんな鉱石は特殊な加工方法で引き延ばして使用されているが、今回のように引き延ばす以前に割れてしまっていれば加工方法云々の話ではない。
冬のはずなのに体中から汗が噴き出る。拭っても拭っても止めどなくる。せわしなく部屋の中でうろうろと歩き回っているが、起死回生の一手が思いつかない。滴り落ちる汗が木製の床を濡らす。足音と木が歪む音が部屋を支配する。
妙案は思いつかないが、時間の経過は俺にとって不利になることは間違いない。なならばこれからやることはたった一つだけ、それはすり替えた鉱石を盗むことだ。1回盗まれたんだからあと2、3回盗まれても仕方がないだろう。さらに今回は外部犯ではなく、俺という内部犯だ。うまくやればばれないだろう。
俺のデッドラインは王都でウィンティ達の実験が開始される時だ。その瞬間にすり替えたことが判明してしまう。王都までの道のりでどこかに捨てれば問題ない。
あとは王都で依頼完了時に確認してなくなっていれば完璧だ。ウィンティや冒険者たちは最初に盗んだ犯人がまた盗んだと思うだろうからな。俺は優雅に王都を去らせてもらおう。明日の冒険者ギルドへの依頼には付き添って話の流れを操作するとしますか。
――――――――――――――
翌日。タルバはウィンティに改めて冒険者に依頼をして移送すること、ウィンティが持っているように思わせて敵を惑わすことを提案した。そのためには鉱石を持たないことが必要なため、鉱石は確認せずに冒険者に預けることも話した。ウィンティは疑うことを知らない純真無垢な子供のように俺の提案を素直に受け入れてくれた。
確認が必要と言われても俺が確認しているのだから本物であることはわかりきっていると話せば説得できただろう。会話しながら朝食を食べていたのだが少しでもミスすれば水泡に帰すと思うと味がしなかった。スープは暖かいのか冷たいのかもわからないし、パンは喉を通っているかの感覚も曖昧だった。何度か咽たが完食した。
宿屋を出るとどこまでも続く曇天が俺の心象風景をかたどったようにどんよりとしていた。通りや家の軒先を雪かきしている人たちを眺めながら俺たちは冒険者ギルドへと向かった。
ウィンティは慣れていないのか時折足を滑らせていたが、コツをつかんだのか冒険者ギルドに近づくに連れて滑らなくなっていった。
冒険者ギルドに入って依頼者専用のカウンターへと向かう。冒険者が依頼を受注するカウンターとは別に設けられた依頼者専用のカウンターは受注カウンターと違い、待つ時間もなくすぐさま受付嬢のところまで進める。
冒険者に依頼する立場の人間は貴賤問わず多くいるが、その中でも貴族が3割程度を占める。貴族自身が直々に依頼に来ることは稀だが、ないわけじゃない。そんなときに貴族を待たせてしまったら大変なことになる。だからこそ受注用のカウンターとは別に依頼者用のカウンターがあるのだ。
「おはよう。今日は護衛依頼を頼みに来た。護衛対象はこちらのウィンティ=ロードと昨日回収された鉱石だ」
「かしこまりました。昨日回収された鉱石というのはタルバ様が発見されたという布にくるまれた鉱石のことでよろしいでしょうか?昨日他の冒険者によって回収が行われております」
「あぁ。その鉱石だ。元々こちらのウィンティ=ロード氏が王都への移送中に盗まれた品でね。鉱石の特徴を話したところ、盗まれた鉱石と一致した。鉱石の特徴は話すことはできないがね」
「承知いたしました。それではどの等級に依頼をされますか?」
「ウィンティ。どうする?2等級辺りがいれば確実だが」
「そうですね。差し支えなければ今依頼できる最上級の等級の方を教えていただけませんか?」
「今ですと――。1等級冒険者のザクス=ルード様が空いております。他には3等級のパーティがいくつか空いております」
「ザクス様に依頼をした場合、受けていただけるのでしょうか?」
「ザクス様は興味のない依頼は受けないと思われます。あの方は元々ヒルド方面に向かう予定でスタンピードの依頼も受けたようですから、この後もヒルドへと向かわれるかと思います」
「そうですか。ですが一応ザクス様に依頼を打診していただけますか?無理であれば3等級の方々にお願いいたします」
「わかりました。それでは護衛依頼を受理いたします。ウィンティ様の同行者はお隣のタルバ様で間違いないでしょうか」
「はい。王都まで同行していただく予定ですので、それで間違いありません」
「俺のほうは依頼対象に含めないで結構です。元々王都までは行く予定だったので。護衛対象はあくまでもウィンティ=ロード氏と鉱石でお願いします。依頼の報酬も不要です」
「わかりました。ではそのように依頼を修正させていただきます」
ウィンティが1等級に依頼をしようとすることは想定外だが、どうせ受けないだろう。『怪物』ザクス=ルードは興味のない依頼は受けないはずだ。なぜ『怪物』がヒルドへ向かおうとしているのかはわからないが、この鉱石絡みではないことは確かだ。
ザクス=ルードが受けるような依頼であれば最初から依頼しているはずだからだ。気の向くままに依頼をこなしてはいきなり依頼を受けなくなるなんて日常茶飯事。比類なき圧倒的強さによってその立場を保障されている。
捉え方を変えれば、1等級冒険者が常に王都に滞在していることは緊急時のメリットが大きい。最低限のノルマもこなしており、貴族連中すらも脅す傍若無人さで彼を強制的に働かせようとすることはできない。
3等級のパーティだったら簡単に鉱石も盗めるだろう。ウィンティには悪いが命を助けた恩を返すと思ってもう一度盗まれてくれ。
――――――――――――――
その日の午後には依頼の受注者が決まったと宿屋へ連絡が入った。宿屋から出るともう日没であったが、俺は映像記録を見た人がどこにいるかわからなかったため、一応外套のフードを目深に被った。俺たちはどちらかと言えば急ぎのため、さっそく受注した冒険者たちに会いに行った。そう、俺たちは冒険者たちに会いに行ったのであって、目の前に堂々と立ちふさがる『怪物』一人に会いに来たわけではなかった。
「そこ、どいてもらってもいいですか?」
「断る。俺は依頼者が来ると聞いて待っているのだ。通りたければお前たちが避けろ」
傲岸不遜とはまさにこのことだろう。わざわざ冒険者ギルド内で仁王立ちしている時点で変だが、依頼者をその姿勢で待つのもどうかと思う。ここはおとなしく避けるとしますか。『怪物』を避けようとしたときに受付嬢が急いでこちらに向かってきた。焦っているのかおびえているのか表情が硬い受付嬢がザクスに話しかけた。
「ザクス様、こちらが今回の依頼者であるウィンティ=ロード様です。それに同行者の3等級冒険者タルバ様です」
「なに?こいつがタルバ、か?」
俺はフードを取りながら自己紹介をすることにした。何の因果か1等級冒険者が依頼を受注したらしい。俺は神からも見放されたようだ。『怪物』は俺のことを知っているような口ぶりだが気にしないでおこう。
「はじめまして。3等級冒険者のタルバです。今回の依頼に同行します。そしてこちらがウィンティ=ロード様です」
「はじめまして。ウィンティ=ロードです。現在は魔法学院の生徒として扱っていただいております」
「1等級のザクス=ルードだ。護衛をすることになった」
ザクスが名乗るのを待ってウィンティが話を切り出した。
「それでは急ですがザクス様はいつ出発できるのでしょうか?私たちはできる限り早く王都へと向かいたいと考えています」
「俺はいつでも行ける。今行けば明日までには王都に到着できるはずだ。移動手段はなんだ?」
「私たちは馬型の魔物に騎乗します。ザクス様は馬はありますか?」
「いらん。俺より遅い馬や馬型の魔物など乗らん。自分の足で十分だ」
「わかりました。それではタットルンの南門に一時間後待ち合せましょうか」
「わかった。必要な手続きだけ済ませてさっさと行こう」
『怪物』との会話はこうして一区切りとなった。本来なら綿密な打ち合わせを行うところだが、いつ襲撃を受けるかもわからないため、簡潔に必要事項だけ伝えて解散した。俺たちは宿屋へと戻り、支度することになった。
『怪物』はウィンティと話していたが、ちょくちょく俺を見てくるのはなんでだろうか。まさかとは思うが、俺の映像を見て気になっていたとかな。そりゃヒルド辺りじゃ有名になってしまったが、王都まで情報が届くにしてはあまりに早い。俺が意識を失った後にすぐさま緊急用の連絡の魔道具を使用したとすればあり得るが、終息した問題の連絡にわざわざ使うとは思えなかった。
一番の謎は『怪物』がなぜ依頼を受けたかだ。彼は興味のないことは一切関与しないことで有名だ。だからこそ今回の依頼は彼の気を引く何かが会ったと考えるのが自然だろう。もしかすれば彼は特殊な鉱石に興味を持っているのではないか。それかウィンティだ。俺では断じてないはずだ。片田舎の冒険者風情に興味を抱くような要素はほとんどない。
考えてもザクスの心のうちは理解できないため、早々に思考を切り上げる。今はいつ盗むかだけを考えよう。
ザクスの同行によって道中での盗みは不可能になった。1等級冒険者を欺けるほど俺は泥棒の能力が高くない。決行の時期は王都に辿り着いてからだ。捻じ曲がった固い信念を胸に俺はウィンティの元へと向かった。宿屋を引き払い、南門へと向かう。
薄暗い夜道をぼんやりとした街灯が照らす。この街灯、日中に空気中の魔力を吸収し、夜に吸収した魔力を用いて発光する。転生者の誰かが齎したと言われている魔道具だ。俺が生まれた時から夜中でも明るい生活というのは当たり前のことだったが、昔は夜になると真っ暗な世界が広がっていたと思うと明かりのない生活というのは考えられないものだ。
石畳を歩く足音だけが木霊する。通りには俺たちしかおらず、家々に明かりが灯り、賑やかなどこからか聞こえてくる。俺はファンタズマを宿屋の厩から連れて通りに出る。
ふと思い出した素振りで隣を歩くウィンティに門に着くまでに気になっていたことを俺は質問した。
「ウィンティ、なんで1等級に依頼しようと思ったんだ?」
「特別な理由はありません。最も安全に輸送できる方法は1等級に依頼することだと思ったからです。それに一度盗まれているのですから、取りうる最善策を選んだつもりです。鉱石を失えば1等級に依頼する以上の金額になるため、お金に糸目などつけるつもりは毛頭ありませんでしたし」
「あの鉱石はそんなに特殊な鉱石だったんだな。また入手できるのかと思っていた」
「あの鉱石はチェツカという虎型魔物の体内で生成されるものなんです。チェツカは魔力が豊富な鉱石や魔物を好んで食べるのですが、食べたものによって体内に特殊な臓器ができるようです。その臓器にあるものがタルバさんの見た鉱石になります。あの鉱石の名はジグライトと言います」
「ジグライト……。そんな鉱石の名前は聞いたことがないな。最近発見されたものなのか?」
「そうですね。2年ほど前に他国で発見されたようです。我が国にも融通していただいた形になります。ジグライトは魔法強化を行うことができると現段階で判明しております。初級魔法が上級魔法に強化されます。だからこそ悪人の手に渡れば簡単に街など消し飛ぶでしょう」
「おいおい、そんなやばい代物だったのか。まぁ1等級に依頼しているんだから安心か」
「はい。それに護衛していただけるのは1等級の中でも最強の一角に数えられる『怪物』。盗人も早々手出しはできないでしょう」
「王都までは安泰だな。王都に到着できればあとは問題ないだろう」
(俺にとっては問題大ありなんだよ!なんで1等級に依頼しちゃうの?そんなやばいものならもっと最初から警護を厚くしておけよ!もう俺の剣に合体しちゃってるじゃん。下手に魔法を纏わせたら腕ごと持ってかれそうだし、もう硬い剣としての役割しか果たせないよ!)
後ろ暗いことしかない俺にとって聞きたくないことばかりだったが、表情に出ないように取り繕った。神に見放されたような感覚に陥る。指先が震えてしょうがない。今年の冬はさほど寒くないにもかかわらず、指先は凍ったようにかじかんでいる。顎はカチカチと音を鳴らして寒さを訴えている。いつも通り右腰の差した剣がおぞましいもののように見えてしょうがない。心なしか昨日よりも重量を感じる。ここが俺の人生の分水嶺かと思うほど体は王都に向かうことを拒絶している。
悪人に大きなリスペクトを送ろう。俺にはこの窮地を打開できる未来が見えない。だが俺に残された選択肢は盗む以外にない。世界を包む真っ黒な宵闇のごとく、タルバの心は沈んでいった。それでも足はタットルンの南門へと向かう。
タルバの人生をさらに大きく変える事態は刻一刻と迫る。賽は投げられたのだ。
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