4.怪物
ザクスは生まれながらにして最強だった。その言葉に相応しいだけの才覚と恵まれた体格を持ち合わせていた。ザクスは退屈していた。自分の力で倒せない相手などもういないと思うようになっていた。ザクスは人の気持ちが鈍かった。元来向かうところ敵なしだった自分には人並みの挫折や恐怖に疎くなっていた。
そんなただただ惰性に流されるように生きてきたザクスだが冒険者になったことには明確な理由があった。小さなころに聞いた物語に強い憧れを抱いたからだ。
王都でも有名な巨人討伐譚。他を威圧する体格に魔法が効きづらい皮膚、尋常じゃない膂力に巨人の腕と同じ大きさの大剣。誰もが恐怖し逃げ出すような巨人に相対したのは2人の冒険者。男は平凡な剣士。女は高名な双剣士だった。
女冒険者は華麗な剣技によって巨人を翻弄し、魔法を組み合わせた鮮やかな攻撃で畳みかけた。だが巨人には通じなかった。かすり傷程度しかつけることができずに女冒険者は追い詰められてしまう。
大きな足音を立てて女冒険者に歩き出した巨人。それを遮るように男冒険者が立ちふさがる。彼は取り立てて力があるわけではなかった。器用貧乏といって差し支えないほど突出した才能はなかった。巨人の一撃によってあっさりと宙を舞い、女冒険者は死んでしまったと思ったほどだ。
だがその男はダメージがなかったかのようにすぐさま立ち向かった。巨人に殴られても斬られても潰されても立ち向かった。女冒険者と協力して巨人を傷つけ、最後は不死身の男が切り札を使い、巨人を一刀両断。不死身の男冒険者は名誉や権力には興味がなく、貴族から与えられる褒章を固辞して去っていった。このようにして物語は締めくくられる。
ザクスはこの巨人討伐をした男冒険者に憧れた。地位や財産、権力を求めず、名声も賞賛も受け取らずに去っていく男の姿はザクスの理想そのものだった。ザクスは自分が全力を出せば何もかもが手に入ると考えていた。逆に言ってしまえば手に入るからこそザクスにとっては価値がなかった。
ザクスが憧れたこととは、取捨選択の権利がすべて不死身の男にあったことだ。王族でも貴族でもなく、平民の男に。これこそが強者の特権。例え国を敵に回しかねない行いであっても、対抗する力があるからこそ拒絶できるのだ。普通の人間にはそんなことできない。巨人を一刀で片付ける最強の男にはそれができるだけの力があったのだろう。だからこそ彼のような冒険者になりたいと思った。
こうして『怪物』と呼ばれる冒険者は誕生した。気まぐれに依頼をこなし、権力に屈せず自由を体現した最強の冒険者の一角。赤みがかかった茶色の髪でもみあげと後ろ髪を刈り上げている。前髪は眉にかからない程度の長さ。整った目鼻立ちに青い瞳。身長2m以上で手足が大木のように太い大男。『上限破壊』の能力と無尽蔵の魔力。国中の誰もが知っている自由気ままな冒険者。それこそが1等級冒険者、ザクス=ルード。物語の英雄に憧れた天下無双の冒険者だった。
そんなザクスが王都で怠惰に過ごしていた折、とある噂を耳にした。ヒルドという辺境に『不死』の男がいる。ヒルドではかなり有名な冒険者のようで、聞いたこともない異名の冒険者ではあったが、巨人討伐譚を好きなザクスが興味をひかれたのは必然だった。
冒険者ギルドで『不死』について調べてもらった。その対価に取るに足らない依頼を押し付けられたが、それも調べる間の暇つぶしと思えばなんとも思わなかった。
冒険者ギルドから受け取った情報を自宅で読む。本来ならギルド内でしか閲覧できないが、そこは1等級の強権を使った。
階級は3等級冒険者。名前はタルバ。異名『不死』。黒髪黒目。背丈は173㎝。細身で軽装。凹凸がある片手剣を愛用している。魔法は水と火を中級まで使用可能。高い依頼達成度を誇り、同行した味方を一人も死傷させたことがないことや数多の死線を潜り抜けたことから『不死』の異名をつけられる。
4年前からヒルドに移り住み最低限の依頼をこなして生活している。4年前時点で3等級に昇格している。4年前の巨人討伐以後は目立った活躍はない。
しかし、先日ヴェルフ帝国の暗躍によって発生した魔物の大量発生を食い止める。共に戦っていた3等級冒険者の能力によって映像記録が残されている。
新たな異名として映像記録から『光芒』をつけられた。
「巨人討伐……?。世に巨人討伐譚の物語が出回ったのも大体4年前くらいだ」
当時14才だった俺の人生を変えた出来事だからよく覚えている。それに『不死』。巨人討伐譚の男冒険者にそっくりだった。
資料には映像記録があると書いてある。冒険者ギルドに頼んで見せてもらおう。この『不死』の男は巨人討伐譚の英雄かもしれない。そんな期待がザクスを動かした。
ザクスの心は辺境の冒険者でいっぱいだった。自分の憧れた男が実在するかもしれない。そんな気持ちがだらけた日常を送っていたザクスに喝を入れた。自宅でタルバの情報を読んでいたが、走って冒険者ギルドに向かう。
その表情は口元がにやけている割に目元がやけに真剣だった。それはまるで小さな子供が楽しみにしていたおもちゃを見つけたかのようだった。
冒険者ギルドに入り順番や列などを全て抜かし、タルバの映像記録を見れるようにしてもらった。というよりも、させたといったほうが正しい。
奥の部屋を無理矢理借りて座して映像を見る。平べったい石ころが映像を映す魔道具と言われたときは嘘かと思った。だが物であればなんでも魔道具にする能力だときいて納得する。能力はまだ解明されていないことも多いが、能力には物理的な制約や魔法的な制限を無視する特性がある。だからこそ、能力で行ったと言われればそうかとしか言えない。
魔力を注ぐと宙に映像が投影される。映像は途中までは何の変哲もないゴブリンと戦闘。特筆すべきことはなかった。戦っている彼らはタルバと関係なく、強くもなかった。ちらちらと視界の端にタルバと思しき人影が一人で戦っている。序盤から中盤にかけて窮地であることはわかるが、タルバの活躍は何もなかった。
だが終盤になって一変する。一人で戦っていた男が流星のごとく敵に向かってはゴブリンを蹂躙していく。回転しては敵を薙ぎ払い、そこに敵がいないかのごとく突き進む。人が入れ替わったのではないかと思うほど戦闘スタイルが異なる。目で追いつくのがやっとの動きをしながらも白いローブの人間と対峙する。今まで同様突きを放つが、半透明の壁に止められる。
するとタルバは何かを叫び、白いローブの人間に対して光の一撃を放つ。真っ白い光が敵を消滅させ、白いローブが持っていた道具が砕け散る。さらに攻撃の余波でミッド大山脈の頂上を消し飛ばした。そしてタルバは立ったまま動かなくなった。
ここで映像が終了した。俺は今確信をもって言える。間違いない。きっとこの男こそ巨人討伐譚の男冒険者だ。物語だからこそ修正がされたのだろうが、どれだけ傷ついても立ち上がる姿、巨人討伐譚のラストでの一刀両断、先の映像の光の一撃。あれだけの一撃を一体どれだけの冒険者が放てるのだろうか。
俺だったら能力と魔法を限界まで使えば似たようなことができるだろう。他にも何人かくらいは同等の威力を放てるかもしれない。
しかし、彼の忍耐力、防御力の高さはこの国に比肩しうる存在そういないだろう。ゴブリン程度の攻撃であっても2時間まともに食らっていれば立ち上がることは難しい。そもそも1等級や2等級になる冒険者はいかにダメージを受けないで戦うかを大切にしている。一度でも攻撃を受ければパフォーマンスの低下は免れない。基本的には避けるか捌くかの2択に落ち着くのだが、このタルバは違う。全てを受けきった上で常に攻勢に出ている。正直ゴブリンの攻撃なんて俺からすれば大したことないが、そこら辺の3等級が直撃すれば防具があったとしてもまともに戦えないだろう。
能力や魔法で防御力を上げることはできるが、タルバは特に何もしてない。皮のような薄い軽装の防具しかつけていない。そんな男が何度も立ち上がるのだ。ゴブリンは困惑したことだろう。正々堂々。正面突破。彼のやっていたことは戦闘というよりも力で捻じ伏せただけ。
映像を見終わって、俺のやることは決まった。このタルバという男に会いに行く。会って何がしたいというわけでもないが、もう俺の人生はゴールを迎えそうだ。
人生を山に例えることがあるが、俺の場合は地平線のよく見える平野といったところだろうか。起伏もくぼみもない、ただどうでもいい日常という平坦が続く。
この男に会えば何か変わるかもしれない。昔物語で俺の人生を変えてくれたように。自分では見つけ出せなかった人生の目的を教えてくれるかもしれない。
会いたいと思ったからといってすぐに会いに行けるほど、1等級冒険者の立場と責任は軽くなかった。
だからザクスはヒルド方面での依頼を探すようになった。幸か不幸か、丁度そのころスタンピードの予兆が出ていたため、依頼という大義名分でタルバ探しに旅立った。
彼が旅立ってから冒険者の間ではザクスの話でもちきりだった。いつも退屈そうな顔をしているザクスがタルバという冒険者の映像で、瞳を子供のようにキラキラさせ食い入るように映像を見つめていたことがギルド職員から広まったからだ。
1等級冒険者『怪物』のザクスルードが見惚れたといわれるタルバの映像はより多くの冒険者に見られることになってしまったのだった。
またもタルバのあずかり知らぬところでタルバのやけくそ映像が有名になっていくのだった。
――――――――――――――
時刻は昼過ぎごろ。宿屋の一室にてうなだれるタルバがいた。タルバの手には今朝タットルンに届いたばかりの新聞が握りしめられていた。彼がうなだれているのは何を隠そう、この新聞が原因だった。
問題の新聞の一面にはこう書かれている。
〔辺境の『不死』、帝国を討つ〕〔新たな異名、『光芒』のタルバ〕
何も嬉しい情報が載っていない。新聞にはヒルドでの戦闘について記載されている。それはまだよかった。正直言って先の戦いは帝国が絡んでいるのだから重要な情報だろう。戦いの情報だけなら、だ。
新聞には王国が行った調査についても記載されている。実は帝国はドーガを攻略し、密かにヒルドへと進軍していた。ちょうどミッド大山脈を超え始めていたところだった。ヒルドに潜伏させていた間者たちを呼び戻して本格的に戦争が開戦する予定だった。しかし、ミッド大山脈を一筋の光が穿ち、雪崩が発生した。発生した雪崩は帝国軍を飲み込み、8割方死亡したと推定されている。またドーガ方面に帝国軍の残党が逃げ帰ったことも報告されている。
これが意味することは俺のやけくその一撃は俺の知らない場所で敵国の軍を一撃で壊滅させたことにほかならない。そして帝国側は冒険者ギルドの記録映像によって俺の人相や情報を得ている。俺は帝国から目の敵にされること間違いなしの状況なのだ。
嫌なことは重なるもので、この一件から新しい異名までついてしまった。記録映像もあるため嘘や偶然だと誰も信じてくれないだろう。むしろ眼前の敵と死闘を繰り広げながらも、忍び寄る敵軍を一撃で葬り去った策士なんて見方をされてしまっている。もっと等身大の俺を見てほしい。特別なことなんてそんなにないじゃないか。
『不死』と『光芒』。この国で二つの異名を持つ人間などいない。異名はその者の特徴をもっともよく表す言葉がつけられるため新しくつけられるなんてことはないはずだ。だが実際には二つの異名が付いてしまった。元々『不死』の異名はヒルド周辺でしか知られていなかったために、異名がないと思われてつけられたとしか考えられない。
偉大な自分の師匠や1等級冒険者でも一つしか持っていないにもかかわらず、しょぼくれたおっさん3等級冒険者が二つ持っている未来を誰が想像できただろうか。俺の人生設計にはそんなイベント存在しなかった。マイホームを持ち、悠々自適の生活。俺の思い描いていた夢などそれだけだった。
不幸中の幸いともいうべきか、新聞には俺の写真や人相などは掲載されていないため、面が割れているとは思えないが、これからは王国を出るまで顔を隠そう。『不死』という異名が付いたころに本当に不死身だと勘違いしてよく殺されそうになった。確かに死ななければ殺人の罪に問われないだろうがそんな話ではないのだ。
あの頃はまだ異名が広まる前だったから被害も最小限に済んだ。巨人討伐の時もこの出来事が頭をよぎって報酬を受け取ることも辞退し、内密にするように頼み込んだのだ。
『不死』だけでも持て余しているのに『光芒』ってなんだよ。あの一撃と同等の攻撃は二度とできないんだぞ。再現性のない攻撃がたまたま記録されて俺の切り札と思われているなんて冗談じゃない。まるで弾丸のない銃じゃないか。銃を見れば弾がないなんて思わない。でも俺の銃には弾丸が込められていないんだ。
宿屋の部屋で悶々としていると突然ドアが開け放たれた。
「タルバさん、大変です。スタンピードが開始しました!冒険者の方々はギルドに集まるように要請がありました!」
えぇ……。このタイミングですか。でも待てよ。今回は『怪物』がいるのだから楽な殲滅戦になるだろう。俺はいつも通り後方待機して幾ばくかの報酬をもらう。それを旅費に充てて、すぐさまここを発とう。
「わかった。すぐいく」
「あと『怪物』さんはすでに戦い始めているみたいです」
「一人で?」
「一人です」
「やっぱり化け物じゃないか……。」
俺はすぐさま準備を整えて冒険者ギルドに向かった。ウィンティに関しては冒険者ではないため、今回の要請には関係ない。むしろ貴族でもあるため、何かあってからでは遅い。町で待っていてもらうことのほうがいいだろう。
今朝の静かな町の様子とは一転し、人々がせわしなく動き回り軽めのパニック状態になっている。それをタットルンの兵士たちがうまく整理していた。俺はそんな光景を横目に冒険者ギルドに走った。
5分もしないうちに到着すると、既に多くの冒険者が集められていた。多いと一口に言っても10人もいない。1等級冒険者である『怪物』が参加するとあって通常の人員より少ない数になってしまっているのだ。1等級が参加するということは一人で窮地を打破できるとともに、他の冒険者は足手まといになる。
だからこそ少数で打ち漏らしや後片付けなどのフォローをするのだ。
冒険者ギルドからの説明では『怪物』が殲滅していること。打ち漏らしの確認を頼むこと。この2点だけが今回の緊急依頼内容だった。なんと楽な依頼内容なんだろう。
『怪物』に感謝しながら戦場へとひた走る。視線のはるか先では爆発音とともに土煙が舞い上がり、細かすぎてよく見えないが手足のようなものが打ち上げられていた。魔物たちの腕や足だろう。圧倒的な強者の前ではいかに雑魚が徒党を組もうとも意味がないことを痛感させられる。
タチバナキヨタカはあんな化け物たちに追い詰められたのかと思うと、泣いて謝罪した気持ちがわかる気がした。
タットルンの門を抜け、戦場に到着したときにはもう戦いは終わっていた。戦闘時間にしてみれば15分程度。俺やウィンティが今朝来た時に見た林は見るも無残になぎ倒され、影も形もない。そこら中に土が抉れたような跡と焦げた黒い物体が転がっている。どこを見回しても凄惨な痕跡しかない。
少しだけ魔物たちに同情するとともに生き残りがいないか確認して回る。他の冒険者たちもまだ息の合った魔物にとどめを差していく。『怪物』の姿は見えない。もう戻ったか、林の奥へと向かったか。いずれにしても俺のやることは変わらない。長年愛用している腰にさした剣を使って死体を貫いていく。敵を貫通して土に刺さる音が小気味よく聞こえる。
後片付けを1時間ほどしているとなぎ倒されていた木々の隙間に光るものを見つけた。何が光っているのか気になり、光の発生源へと近寄る。光っていたのは見たこともない鉱石だ。握りこぶしくらいの大きさで全体的に黒っぽくとげとげしいのだが、白い線条が一筋入っている。宝石に現れる猫の目のような白い光の帯。それが光っていたのだ。この鉱石は焼け焦げた布でくるまれていることから誰かの持ち物だったのだろう。
そこまでわかれば一旦回収してギルドに届けておこう。ウィンティのなくした鉱石ではないだろうが、他に鉱石が盗まれている可能性だってある。
膝を曲げ、立ち膝になり左手で鉱石を回収する。だが持ち上げた瞬間に氷が割れるかのように鉱石が二つに割れてしまった。神誓ってもいいが、俺は割ろうと思って力を入れたわけではない。ただ石ころを拾うように軽く力を入れて握っただけなんだ。どうしたらいいか考えていると後ろから声をかけられる。
「おーい、どうしたんだ?もう撤収する時間だぞー」
後片付けを行っていた冒険者が戻ってこない俺のことを探していたようだ。徐々に近寄ってくる彼にこの鉱石や布を見られれば当然俺がやろうとしたようにギルドに届けようとするだろう。だがこの鉱石が特殊なものだったとしたら?もし俺が割ったことに気づかれてしまったら?嫌な予感が頭を占める。
咄嗟の行動だった。やろうと思ってやったことではなかったが、俺は近くに落ちていたよく似たとげとげした真っ黒こげの石をさっきの鉱石とすり替えた。元の鉱石は後ろの冒険者に見えない角度で急いで剣に『圧縮』した。こうして俺は瞬時の隠蔽工作に手を染めたのだった。
「あぁ。なんかここに変な石が落ちててな。布にくるまれた変な石ころ。不自然だからとりあえず回収しておこうと思ってな」
「なんだ。そんなことか。じゃあ俺が回収しておくからお前は先戻っていていいぞ。ずっと休憩もしてなさそうだし」
「そういや休憩なんてしてなかったな。ありがとな。じゃあ先戻るわ」
俺は目が泳いでないか、挙動不審になっていないか内心ひやひやしながら犯行現場を立ち去った。あれはただの石だったんだ。よく河原に落ちているちょっと綺麗な天然石。たぶんそんな感じのやつだろう。
俺にはもう関係ない。さぁ、王都を目指そう。
高評価、いいねを押していただけるともうちょっと頑張って更新します。
よろしくお願いいたします。