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へっぽこ魔人生  作者: 岸辺濫瀟
第2章
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3.進展

 ウィンティ=ロードを拾ってからも王都まで疾走を続けていた。ファンタズマは疲れた素振りすら見せないが、かなりの距離を移動した感覚がある。走っている間は無言だった。ファンタズマが早すぎで上下に揺さぶられるため、舌を噛まないようにお互い集中していたからだ。


 ヒルドから王都の間にはタットルンという都市がある。タットルンではヒルドとの交易の中継地点として商売が盛んに行われている。王都とヒルドの商品がそれぞれ入荷するため、俺みたいに辺境在住の人間はタットルンで流行りのものを入手する。


 俺もよく本や魔道具なんかを買ったものだ。今は全て雪の下に埋まってるけどな。もう一度あの小説読みたかったなとか思ったりする。魔道冷蔵庫とか一つで七十万くらいしたんだ。自分のやったこととはいえ、やりきれない思いがある。


「ウィンティ、タットルンに立ち寄って一泊しよう。今は魔物が運良く出てないが、何かおかしい。一度も魔物が出ないなんてあるはずがない。情報を集めよう」


「わかりました。たしかに一度も魔物に出会いませんでしたね。あと私がヒルドから帰る時も魔物が出なかったんです」


「それは変だぞ。ヒルドとタットルンは辺境との狭間だ。どうしても魔物の間引きが不完全で街道で襲われることが多い。だからこそ、護衛依頼が頻繁に発注されるんだ」


「そうですね。ヒルドからタットルンの間で何かが起きていそうですね。タットルンでは魔物にいつ出会ったかを聞いて回っても良いと思います」


 ひたすらファンタズマの背に乗って駆ける。ウィンティと話してから1時間ほど経っただろうか。徐々に空が白みだし、タットルンの門が遠目に見えてきた。一言断っておくが、普通の馬で夜通し駆けたとしても数時間でヒルドからタットルンは辿り着かない。


 普通は魔物と遭遇するため、道中で一日野営して、翌日ようやく着くような距離と言ったらわかるだろうか。たとえ魔物に遭遇しなかったことを加味してもあまりにも早すぎる。ファンタズマは高価な馬型魔物以上に速度が出ることがわかった。


 人や魔物に衝突したら相手が砕け散るな。ファンタズマは頭部は金属、胴体は岩なのだ。そんなものが高速で衝突したら即死だろう。

事故っても一瞬理解できなさそうだな。視界が真っ赤になった時に初めて人を轢いてしまったとわかりそうだ。


 タットルンの門に着くと臨戦態勢の兵達に囲まれる。断じて俺は何もやってない。槍が四方八方から突き出されて萎縮してしまう。


「何者だ!面妖な化け物に跨り、タットルンに何をしようとしている!」


 そういやファンタズマの見た目って馬とも馬型の魔物とも言えない姿だった。そんな化け物が馬型の魔物以上の速度で接近してくれはこうなるのも致し方あるまい。だから槍の穂先を向けるのをやめてほしい。


「俺は3等級冒険者のタルバだ。ギルドカードならば懐にある。こいつはビルドで購入した馬型の魔物だ。危害は加えない!」


「そのような見た目の馬型魔物など見たことがないぞ!嘘をつくな!」


「嘘じゃないんだって!信じてくれよ」


 なす術なくどうしようかとオタオタしていると、後ろに乗っていたウィンティが声を上げた。


「私の名はウィンティ=ロード。ロード家に連なるものです。この短剣が身分の証明になります。責任者に通してください」


 そう言って槍を構えていた兵士たちは槍を収めた。それどころか兵士達の後方から急いでこちらに駆け寄ってくる人影がある。恐らくこの部隊の責任者だろう。装備をしているため人相はわからないが、そこそこ歳を重ねているのだろう。他の兵達と違い、動きがたどたどしい。


「大変申し訳ありません!正体不明の魔物が接近していると報告がありましたのでこのような対応になってしまいました」


「構いません。それよりも街への入場手続きを済ませてください」


「寛大なご対応痛み入ります。承知いたしました。ではあちらで手続きをさせていただきます」


 そう言って責任者の男は門へと案内する。貴族ってすげー。俺はあの状況から槍を刺される以外の未来が見えなかったわ。てかよく襲撃者に短剣盗まれなかったな。でもウィンティが死ぬと困るってことは身分の証はどのみち奪う気はなかったのだろうな。


「ウィンティ、助かった。俺が対応したところで時間がかかってしまったと思う。貴族の力って凄いな」


「いえ、大したことではありません。それに私の力ではなく、家の力ですので」


「ファンタズマの外見が普通じゃないことを忘れていたよ。何はともあれ助かった。ついでに魔物について聞けないかな?」


「そうですね、兵士達であれば魔物の間引きに出ますし、いつから魔物に出会わなくなったのかわかりそうですね」


 俺たちは手続きを済ませる傍ら、タットルンの兵士達のに声をかけては最後に魔物に会った日はいつだったか聞いていった。


「おかしいなんて話じゃないぞ。最後に見たのが先週?魔物のスタンピードの可能性が極めて高いじゃないか。冒険者ギルドは何をやってるんだ?」


「魔物のスタンピードですか……。もしタットルンで起きれば王都とヒルドは分断され、帝国は孤立したヒルドに攻め入ることができますね。偶然ではないかもしれないです」


「冒険者ギルドで話を聞こう。流石に対策をし始めているだろう」


「そうですね」


 またこんなことに巻き込まれるなんて最悪だ。スタンピードであれば俺はさっさと王都へと向かおう。俺は何度もタットルンに訪れているため、当然だが冒険者ギルドの場所も知っている。俺が案内するような形で先を歩き、ウィンティが後に続く。

 解体場を広く取るために門の近くに作られた冒険者ギルドまで行くことにさほど時間は要さなかった。


 歩いているときは誰もがファンタズマに目を向けては一瞬で逸らす。怖い外見だし、人目を引くのは仕方ないが、すぐに逸らすこともないだろう。

 外ある厩舎にファンタズマを一時的に待たせて、冒険者ギルドに入る。タットルンの冒険者ギルドもヒルドと変わらず、冒険者達が依頼を受けるために並んでいたり、掲示板に溜まって情報集めする姿が目に入る。他には併設された酒場でゲラゲラ笑いながら浴びるように酒を飲んでいる。真面目な方と悪い印象の両側面を見ることができる貴重な場と言えるかもしれない。


 俺たちは気にせず受付まで進み、列に並ぶ。つかつかと音を立てて、こちらに近寄ってくる酔っ払いが一人いた。並んでいるとウィンティに絡もうとする阿呆が出てきてしまうのは人並みはずれて美しく生まれたウィンティだからなのか、それとも俺のことを認識していないかのどっちかだろう。


「お嬢ちゃん、おじさんが楽しいことを教えてあげるよ。その前に横のパッとしないやつを捨てちまいな」


 そんなことを言ったすぐそばから酒場から笑い声が届く。どうやら奴らの仲間らしい。女性の冒険者に絡む輩はどこにでもいる。それこそ紅にすら絡む新人がいるくらいだからな。

 だがこいつは取り返しのつかないミスをした。それは相手が平民だと思ったことだ。ウィンティは学院の生徒であっても貴族であることに変わりはない。そして自分から下卑た発言をしてしまった。その結果は言うまでもない。


「タルバ、この男の首を飛ばしなさい」


「わかりました」


 俺は命じられたままに腰から剣を抜き、男の首を一太刀で飛ばす。酔っていた男では素面の俺の攻撃は防げまい。ましてやギルド内、警戒もしてなかったのだろう。

 俺の攻撃によってギルド内の雰囲気は一気に殺伐としたものに変貌をする。特に酒場で騒いでいた奴らの殺気がこちらに飛来する。だがそれも長くは続かなかった。他でもない俺に命令したウィンティが言い放った言葉によって。


「私の名はウィンティ=ロード。ロード公爵家の長女である。この男は貴族である私に下卑た発言をした。万死に値する行いである。よって同行者による処刑を速やかに執り行った。異議を申し立てたければ言いなさい」


 貴族としての威光を惜しげもなく使ったウィンティの前で、平民ばかりの冒険者は何もできない。

 むしろ自分達に火の粉が飛び火しないかと気もそぞろだった。騒いでいた男たちは冷や水を浴びせられたように縮こまる。


 貴族が理不尽に権力を振るうことは良いことではない。その貴族に対する悪感情につながり、領内が不安定になってしまう可能性を孕んでいるからだ。

 しかし、今回の件に関しては擁護のしようがない。この国において貴族とは実力、権力どちらも高い水準にある。平民が知りませんでしたと言ったところで、妄りに境界を超えてはならないのだ。


 貴族が認めたもの以外が気安く接してしまった場合にも待っているものは死だ。分を弁えないものほど死んでいくのだ。特に下ネタなどは言ってはならない。

 貴族は血筋をなによりも大切にしている。平民が貴族と結婚することなどほとんどない。古の勇者や1等級冒険者ともなれば話は別だが、ただの平民ではつり合いが取れない。だからこそ、下ネタのような血筋を犯しかねない発言はどれだけ謝罪をしようとも即座に処刑されてしまうというわけだ。高い教養を受けている貴族であっても、この手の発言を他の貴族にしてしまえばそれだけで教養がない認定されてしまうのだ。

 平民には平民の会話を、貴族には貴族向けの会話に切り替える必要がある。とても面倒だ。それに迂闊な一言で命がなくなるのだ。貴族と関わり合いたくないと思う俺はいたって普通なのだ。


 首を飛ばしてからはスムーズに事が運んだ。貴族の威光のおかげでもある。首を飛ばした直後に冒険者ギルドタットルン支部、支部長が直々に応接室へと案内したのだ。タットルンの支部長は背丈が175㎝、細見で一発殴れば死んでしまいそうなほどやつれている。丸坊主で目がくぼんでいるように見える。来ている麻の服が大きいことも相まって骨と皮しかなさそうな外見をより際立たせている。

 なぜこんな人が冒険者ギルドの支部長になれているのだろうと疑問思いながら後ろを歩いてく。ウィンティは貴族モードのままだったため、俺はおとなしく成り行き任せにする。


「大変申し訳ございませんでした」


 開口一番に謝罪のする支部長。ウィンティが謝罪を受け入れなければこの支部長や下手したら街にまでロード家の処罰が下される。

 流石にそこまではしないとは思うが、過去の事例として貴族を挑発し、冒険者ギルドの支部長が謝罪せずに隠蔽しようとしたときは街ごと消された。今じゃ地図にも残されていない。ただでさえ死にそうな支部長が頭を下げている。


「謝罪を受け入れましょう。以後は魔法学院の一生徒として扱っていただきましょう」


 ウィンティはこれ以上ことを荒立てる気もないようだ。貴族モードも解除されたようなので、ここからは俺が出しゃばらせてもらおう。


「支部長。俺の名前はタルバといいます。3等級の冒険者をしています。王都に向かう途中でしたが、確認したことがありギルドに寄りました」


「あーあなたが『不死』か。噂と功績はよく知ってますよ。ここらじゃ君は有名な冒険者の一人だからね」


「タルバさんそんな有名な人なんですか?それに『不死』って異名ですよね?」


「後で説明するから、今は聞きたいことを聞こう。俺たちが聞きたいことは魔物についてです。門の兵士たちに確認したところ魔物に最後にあったのは先週だそうですね。俺やウィンティがヒルドからこちらに来るときに一度も魔物に出会いませんでした。俺が確認したいことはこれがスタンピードの予兆ではないかということです」


「そのことか。私たちもその懸念は既にしていてね。1等級冒険者を手配してあるからスタンピードが起きても解決できるはずだよ」


「1等級がいるのであれば問題ありませんね。ちなみに誰が来るのですか?」


「来るのは『怪物』だ。あいつ1人であとは片が付く」


「よく呼べましたね。噂で聞く『怪物』は自分が受けたい依頼しか受けないと専ら言われていますけど」


「今回はヒルドのほうで面白いことがあったからついでに受けたらしいんだよね。ラッキーだったよ」


「最近帝国が攻めてきてますし、帝国に興味でもあるんでしょうね」


「彼の考えることはわからないからね。考えるだけ無駄さ」


「話を遮るようですが、こちらに特殊な鉱石が届けられていませんか?」


「いや、特にそのような物が見つかったと報告は受けていませんよ。何かお探しのものがおありで?」


「いえ、お気になさらず」


「ともあれ、対策ができているのであれば問題ないですね。俺たちは1泊した後に王都へ向かいます」


「わかりました。事態が急変した場合は協力を要請するかと思います。ですが、既に『怪物』は到着しているので、大丈夫かと思います」


「そうですか。それでは俺たちはこれで失礼します」


「失礼しました」


 会話を切り上げて応接室を出る。懸念事項が綺麗につぶれてくれたことですっきりした。ウィンティの鉱石はやはり持っていかれてしまったと考えるほうが妥当だろう。それに『怪物』だ。

 

 山を吹き飛ばした逸話が有名であるが、『怪物』はどのような状況下でも覆せるほど地力がある。彼はガントレットを装備し、殴り合いを制する。魔法に関しては火、水、土、風の上級魔法までを習得し、能力『上限破壊』によって威力が桁違いに変化する。

 彼の能力はあらゆる物の上限を一段階上に上げる。例えばそこら辺の石だったら鍛え上げられた鋼のように変化するし、魔法であれば威力が通常の10倍ほどまで変化する。もちろん、消費する魔力も増えるのだが無尽蔵ともいえる魔力を持っている。生来備わっていた才能と強力な能力が強靭な一人冒険者を作り上げた。


 そんな化け物が来てしまっているのだ。俺も変に異名が付いてしまっている以上、出会いたくない。どんな人間か知らないが、気に入った依頼しか受けない問題児でもあるのだ。そんなやつがまともなわけない。彼に一番遭遇する可能性が高い場所は冒険者ギルドなのだ。早々に立ち去ろう。

 ギルドのドアを開けて外に出る。厩舎に預けていたファンタズマを連れて宿屋に向かう。道すがらウィンティに自分のことちょっとだけ教えることにした。


「ウィンティの鉱石はやはり奪われたんだろうな。これはあきらめるしかないだろう」


「そうですね。もしかしたらと思ったのですが、既にどこかに運ばれていったと思うほかないでしょう。それよりタルバさんについて教えてください。異名持ちだったなんて一言も聞いてないですよ?」


「そりゃ言ってないからな。普通の3等級冒険者だよ。異名はあるけど大したものじゃないんだ。ほんとに」


「異名ってそう簡単にはつかないんですよ?自称することはできますが、他所の支部長が知っているレベルとなるとかなり有名ですよね?『不死』なんて異名の冒険者聞いたことありませんでしたが、なぜ隠すんですか?」


「それは俺がそんなに強くないからさ。それに死なない人間なんているわけないだろう?だから誰かの悪ノリでつけた名前なんだって。それを勘違いして強いと思われては困るしな」


「そうですか。それではそうゆうことにしておきます。まずは今日の宿を取りましょう」


「そうだな。スタンピードも『怪物』がいるなら問題ないだろう」


「そうですね。『怪物』に関しては話でしか聞いたことがありませんが、かなりの気分屋と聞いたことがあります」


「概ねあっているよ。やりたいことしかしない。それが許される力を持っている天才なのさ」


「でもタルバさんも異名を持っているんですから、本当は同じ枠組みなんですからね?」


「もうやめてくれ。ずっとこの変な異名に困らされているんだから」


 俺は苦笑しながら宿屋へと歩いて行った。ウィンティはどこか楽しそうに俺をからかっては異名のことを持ち出してきた。胸のつっかえがなくなり、やっと安心できるようになったのかもしれない。日が沈み、夜のとばりがおり始めた。

 年の離れた女の子の相手はかくも難しいのかと難儀しながら、のらりくらりと自分のことを明かさないように言葉の攻防を続けるのだった。


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