とある隣人の話 ~小さな城に住む者たち~
蜂の巣ができた。
バルコニーの屋根に、小さな、小さな、蜂の巣ができた。
蜂の種類はアシナガバチ。
危険ではない種類だと知っていたので、放っておいた。
彼らはせっせと働いて巣を大きくし、新しい命をせっせと育てた。
日に日に拡大していくコローにには、ぎっしりと幼虫がひしめいて、蜂たちが懸命に世話をしている。
たらこが近づいても彼女たちは怒らない。
こちらから干渉しない限り、敵対行動をとらない大人しい種のようだ。
ネットで聞いた話は事実であったらしい。
彼女達と直接もめることもなさそうなので、傍でそっと見守ることにした。
巣には触れずにそのままにしておく。
どうやら虫を捕まえてくれるらしいので、ある意味では益虫と言えなくもない。
別に家庭菜園をしているわけでもないが、ちょっと得した気分である。
季節が夏場に差し掛かると、強い日光が彼女たちの巣に当てられる。
暑さでばてているのかあまり動こうとしない。
そんな彼女達を不憫に思いながらも、遠くから見守ることしかできなかった。
しかし、やはり野生で鍛えられた強さは違う。
連日の猛暑を難なく耐えきり、彼女たちの巣は繁栄していった。
たらこも安心したのだが……その矢先。
侵略者たちが現れる。
ある日、いつもと様子が違うことに気づいた。
バルコニーを蜂たちが飛び回っているのだ。
大きな羽音を立て、騒がしく何かを訴えている。
何事かと思って巣を見ると、すぐに理由が分かった。
スズメバチが襲撃してきたのだ。
無遠慮な侵略者は傍若無人にふるまい、巣の中から幼虫を引きずり出して肉団子にしていた。
足元には無残に散らばるアシナガバチの死体。
このままでは全滅してしまう。
そう思ったたらこは、その場にあったシャベルを使って、巣に陣取っていたスズメバチを叩き落とす。
この行為が大変危険なことは承知している。
それでも黙ってみていることはできなかった。
幸いにも、最初の一撃でスズメバチは撤退。
他の仲間もシャベルで追い払うと姿を消した。
しばらくして、生き残った者たちが巣に戻って来た。
数が減って寂しくなったが、全滅は避けられたようだ。
それからしばらくして、巣から蜂たちが巣立って行った。
がらんとした抜け殻になった城にはもう誰もいない。
空っぽになった巣を見て少し寂しくなると同時に、新しい命がどこかで生まれる可能性に胸を躍らせる。
もしかしたら、彼女たちはまた近くに巣を作るかもしれない。
その時はも傍でそっと見守ろう。
命は巡る。
生き残った命は次の世代へと引き継がれていく。
来年、彼女たちが作った巣を見かけたら、命のつながりを実感できるだろう。
それは何よりも素晴らしいことだと思う。