それは勘弁してほしい
「ルルは世界一可愛いな」
それがバルバトス家の兄妹、兄であるカインの口癖だった。何処に行くにも妹のルルを側に置き、片時も離しはしない。息を吸う様に妹への賛辞が飛び出し、初めて二人を見るものは、そのあまりの溺愛っぷりに言葉を失う有様である。
「兄様こそ、世界で一番素敵ですわ」
そして、その妹であるルルもまた、極度のブラコンであった。何処に行くにも兄のカインに引っ付いて回り、何をするにも誉めそやす。カインの左腕はルルの定位置になっていて、常に縋る様に抱き締めているのである。
当然のことながら、二人の両親は大層心配した。物心がつけば――二人がもう少し大きくなれば――――カインが学園に通い始めれば――――――。そんな願いは終ぞ叶うことなく、二人は未だに周りが『恋人同士』だと見紛うほどに、仲の良すぎる兄妹なのである。
そんなある日、バルバトス伯爵はついに強硬手段に出ることにした。
「兄様が結婚⁉」
「ああ、そうだ」
晩餐の席で、バルバトス伯爵は二人にそう話を切り出した。
「――――相手は?」
「ルッシェルナ侯爵家の御令嬢、ヴァレリア様だ。ルルと同い年で、才女との呼び声が高い」
取り乱すルルに対し、カインは存外冷静だった。自身の結婚相手を聞きながら、淡々と食事を続けている。
「だっ、だけど! 兄様にはわたくしがおりますわ! 結婚だなんて……」
「ルル――――まさかおまえ……本気でカインと結婚したいだなどと思っていたのか⁉」
「それは……当然違いますわ。ですが、結婚なんてまだ早すぎます。兄様は男性ですし、あと数年は独身を満喫して良いと思いますの」
ルルは唇を尖らせながら、ほんのりと身を乗り出す。
「そんな悠長に構えていたら、おまえ達はずっと結婚しないだろう?」
伯爵の決意は固かった。泣きそうな表情で詰め寄るルルに、険しい表情で応酬する。
「おまえだって、いつかは結婚してこの家を出るんだ。嫁入りにカインは連れていけない。いい加減兄離れをしろ。貴族の令嬢として誇り高く生きなければならない」
父親の言葉に、ルルはそっと兄の方を振り返る。カインは困ったように笑いながら、ルルのことを見ていた。『仕方がないよ』とでも言いたげな、そんな表情だ。
「そんな……」
ルルは、何だか突き放されたような心地だった。きっとカインも、自分と同じように『結婚に反対してくれる』と、そう思っていたのだ。
(ずっと一緒に居られると思っていたのに……)
「――――とにかく、顔合わせは一週間後。その時はルル。おまえも一緒にご挨拶を差し上げるのだぞ」
伯爵の言葉に、ルルは「はい」と返事をしつつ、盛大なため息を吐いたのだった。
***
一週間後。顔合わせはルッシェルナ侯爵家で執り行われた。
「初めまして。どうぞ末永く、宜しくお願い致します」
向かい側の席に座った令嬢がそう言って微笑む。カインの結婚相手であるヴァレリアだった。
(なんというか……わたくしとは全てが正反対の方ね)
キチッと切りそろえられたブルネットに、理知的な印象の紫色の瞳。華美過ぎない青色のドレスを身に纏い、控えめに笑う。ヴァレリアはきっと、ルルのようにカインと外を走り回ったりしないし、父親に口答えもしない。お淑やかで穏やかな印象の、理想的な御令嬢だった。
(こんな子に兄様のお嫁さんが務まるのかしら)
決して悪い子ではない――――寧ろ物凄い良縁だと一目でわかるのに、ルルの心はダークサイドに堕ちていて、良い言葉が一つも浮かんでこない。隣でカインがニコニコと笑っていることも、ルルの心を激しく抉った。
「では、あとはお若いお二人で」
そんなセリフを封切りに、伯爵や侯爵が颯爽と立ち上がる。
(わたくしも若いのだけど)
むすっと唇を尖らせ、その場から動こうとしないルルを「おまえも来なさい」と、伯爵が引き剥がすようにして部屋から連れ出した。
***
(何よ、ここからじゃ全然見られないじゃない)
心の中で悪態を吐きつつ、ルルは大きくため息を吐く。
侯爵家の庭――――先程案内された部屋の周りを、ルルはピョンピョン飛び跳ねる。伯爵や侯爵には『少し庭を見て回りたい』と言って、一人にしてもらった。目的は当然、カインとヴァレリアの様子を観察する為である。
(兄様が結婚なんて、ぜっっっったいに認めないんだから!)
相手がどんなに美人で、どんなに良い子だろうが、そんなことは問題ではない。カインがルル以外の誰かのものになってしまうことが、堪らなく嫌なのだ。
(どうしよう……なんとかして中が覗けないかな…………)
そう思いつつ庭を見回していると、ルルは思わず目を丸くした。少し離れた茂みの向こうで、黒い髪の毛がピョンピョンと揺れ動いているのが見える。
「ここからじゃダメだな」
そんな声が聞こえて来たかと思うと、一人の男性が颯爽とこちらに向かって歩いてくる。思わず身を縮めたものの、男性にはルルの姿が見えていないらしい。男性が見つめるのはただ一ヶ所――――ルルが覗こうとしていたのと同じ窓に目が釘付けになっていた。
「やはり、ギリギリ見えないか」
そう言って男性は大きなため息を吐く。
「あの……」
ルルは思い切って男性に声を掛けた。ビクッと身体を震わせ、男性がルルのことを見る。黒髪に眼鏡、紫色の瞳をした、理知的な印象の若い男性だった。
「君は確か……」
「カインの妹のルルでございます。あなたは確か……」
「ヴァレリアの兄のアベルだ」
先程も自己紹介をした筈なのに、殆ど記憶に残っていない。ルルにとってアベルは『何となく見たことがある人』程度の認識だった。「どうも」と互いに挨拶を交わしつつ、二人は窓をじっと見つめた。
「……一応弁解させていただきますと、わたくしはここで、怪しいことを企んでいるわけではございません」
「――――ほぅ」
「兄のことが心配で心配で堪らなくて、こうして様子を見守りに来たのでございます」
そう言ってルルは、一所懸命につま先立ちをする。見えないと分かっているのに、身体がどうしてもじっとしていられないのだ。
「俺も同じだ。妹のことが可愛くて可愛くて、心配で堪らなくて、こうして様子を見守りに来ている」
アベルは口早にそう捲し立てる。そうしている間にも、何歩か後退ったり飛んだりしながら、窓の中が見えないか画策していた。
「――――見えないな」
「――――見えませんわね」
二人は大層不服そうに唇を尖らせ、互いの顔を見つめた。
(この人はわたくしから兄様を奪う女性の兄……)
そう思うと、ルルの心がモヤモヤしてくる。大きく息を吸いつつ、ルルはニヤリと口角を上げた。
「――――ねぇ、うちの兄様は素敵な方だったでしょう? あんなにカッコいい人、わたくし他に知りませんもの。太陽みたいに煌めくブロンドも、空色の瞳も、全部全部最高だし、本当に非の打ちどころがないのよ! おまけにすっごく優しいし」
言いながらルルはふふん、と大きく胸を張る。
(他に気持ちのやり場がないんだもの……兄様の自慢ぐらいさせてもらわないと)
つまり、マウントを取って溜飲を下げようと――――そういう魂胆である。
「――――それを言うなら俺のヴァレリアだ! あんなに素晴らしい子はこの世に二人といやしない! 可愛くて優しくて健気で、おまけに物凄く頭が良いんだ! 稀代の才女だって噂の王太子妃だって、ヴァレリアの前では霞んでしまうよ」
ふふん、と鼻を鳴らし、アベルはルルと同じような笑みを浮かべた。
(なに、この人?)
ルルは聞きながら、そっと首を傾げた。
大抵の人間は、ルルが兄の自慢を始めると、苦笑いをするなり適当に相槌を打つなりする。形式上「すごいねぇ」と褒めてくれることも多い。だけど、アベルのように『自慢を自慢で』返す人は初めてだった。
「――――あなたの妹が素敵な人だってことは認めますけど、兄との結婚を認めたわけじゃございませんのよ」
何となく思ったことを口にすると、アベルは「奇遇だな」とそう返した。
「俺もだ。俺も――――君の兄が素晴らしい人だということは一応認める。だが、可愛い可愛い俺のヴァレリアに、結婚はまだ早い。断固反対する」
アベルの言葉にルルは瞳を輝かせた。
カインの結婚話を聞いて以降、ルルの味方は誰一人として居なかった。父も母も『いい加減兄離れをしなさい』と言うばかりで、ルルの悲しみに寄り添ってすらくれなかった。当人であるカインすら『まぁ、いつかは結婚しないといけないしね』なんて言っていたというのに――――。
「ぶち壊そう」
「ぶち壊しましょう」
どちらともなくそう口にし、二人はグッと握手を交わす。一つの共闘関係が今ここに誕生した。類まれなるシスコンと、これまた類まれなるブラコン。出会ってはいけない二人が出会ってしまったのである。
「あっ、ちょっと……隠れて!」
「なんだ、いきなり」
ルルがアベルを茂みの方へ引っ張っていく。それから数秒後、カインとヴァレリアが庭園へと姿を現わした。
「一体どうして、二人がこっちに向かってるってわかったんだ?」
「そんなの当然、兄様の声がこっちに向かってるのが聞こえたからよ」
「……筋金入りだな」
そんな会話を交わしつつ、二人は茂みの間から、カインとヴァレリアを覗き見る。
部屋に居る間に打ち解けたのか、カインとヴァレリアは穏やかに微笑み合っていた。ルルにするのと同じように、カインはヴァレリアの歩調に合わせて歩く。
(兄様……)
ルルの胸がチクリと痛む。カインの左側はずっと、ルルだけの特等席だった。腕は組んでいないものの、いずれはそれすら、ヴァレリアのものになってしまう。そう思うことが、とてつもなく悲しい。
「ヴァリー」
けれどその時、野太い声がルルの耳を捉えた。見れば隣で、アベルが声を上げんばかりに泣いているではないか。
「ちょっと! 泣かないでくださいよ」
さすがのルルも、これにはドン引きした。持っていたハンカチを渡し、涙を拭くよう促す。アベルはハンカチに顔を埋めつつ、肩を震わせていた。
(なんだか、兄様とは正反対の人だなぁ)
カインはいつだって、カッコいいを貫く人だった。悩んでいる所や迷っている様子をルルには決して見せない。何があっても『大丈夫だよ、ルル』と、彼女を優しく導いてくれるのだ。
「大丈夫ですよ、きっと」
無意識にそう口にしながら、ルルはカインたちをそっと眺める。
二人の結婚をぶち壊したい――――その想いは未だ強く存在している。
けれどそれと同時に、これまでとは違った何かが自分の中に芽生えるのを感じていた。
***
それから、ルルとアベルの共闘関係が本格的にスタートした。
カインとヴァレリアの様子を逐一手紙で報告しつつ、双方の家で行われるお茶会に乱入したり、デートに付き従ったりする。こっそりしていたのは最初の一回だけで、二回目以降は堂々と介入を行った。
「兄様、わたくしと腕を組みましょう?」
そう言ってルルはいつものように、カインの左腕に抱き付く。
(こんな妹がいる家に嫁ぐなんて、嫌でしょう?)
そんな想いを込めてルルは微笑む。すると、ヴァレリアは「では、私も兄と一緒に参りましょう」と穏やかに微笑んだ。
(なんか……負けた…………)
その途端、ルルは大きな罪悪感と敗北感に苛まれた。
「本当に、大変よくできた妹様ですわね……」
デートからの帰宅後、テーブルに突っ伏したルルがそう口にする。アベルと二人きりの反省会だ。会場は侯爵家にあるアベルの部屋で、恒例になってしまったが故、ルルはこの家の侍女たちともすっかり顔馴染みになっている。
(あんなに頑張って意地悪したのになぁ)
けれどヴァレリアは、ちっとも意に介した様子がなかった。ルルがなにを言っても、なにをしても、ニコニコとそれを受け入れて『仲の良い兄妹ですわね』と、そう返すのだ。
「あぁ、俺もそう思うよ――――」
言いながらアベルが盛大なため息を吐いた。彼もまたカインに仕掛けた嫌がらせが悉く不発のため、虚しさに打ちひしがれているのである。
二人分のため息が綺麗なハーモニーを奏でる。侍女たちがクスクス笑いながら、二人のためにお茶を淹れた。ルルの好みに合わせたフレーバーティーで、甘い香りが部屋を優しく包み込む。
「ありがとう」
ティーカップを受け取りながら、ルルはウットリと目を細める。ささくれたった心が癒されるような、そんな心地がした。
「――――俺の妹も素晴らしいが……」
アベルはテーブルに突っ伏した顔をほんの少しだけ上げて、そっとルルのことを見上げる。
「……? なんですの?」
「いや……なんでもない」
そう言ってアベルは、そっと視線を逸らした。ルルが小さく首を傾げる。そんな二人の様子を、ヴァレリアが密かに覗いていた。
***
そんなことが続いたある日のこと。
「破談⁉ 兄様とヴァレリア様が⁉」
「……ああ。先方からそのように申し渡された」
苦々し気な表情で伯爵が言う。ルルは思わず目を見開いた。
「だっ……だけど、あんなに上手くいっていたじゃありませんか! わたくしが何度邪魔しても……っ、と」
「――――おまえが二人の結婚を邪魔しようとしていたことは知っている。だが、あちらの翻意はそれとは関係ないとのことだ」
はぁ、とため息を吐きつつ、伯爵は大仰に項垂れる。
「正式な婚約が未だだったのは、双方にとって幸いだった。経歴に瑕がつかないからな。カインの方が翻意するかもしれないと、そう思っていたのだが――――」
そう口にする伯爵の表情は大層暗い。ルルは唇を尖らせつつ、胸に大きな蟠りを抱えていた。
「どうした? 随分浮かない表情じゃないか。おまえはカインの結婚を阻止したかったのだろう? この話を聞いたら喜ぶに違いないと思っていたのだが……」
「――――――そう、ですね。その筈だったのですけど」
答えながら、ルルはそっと胸を押さえた。
(どうしてこんなに、胸が苦しいのでしょう?)
考えつつ、ルルはギュッと目を瞑る。彼女の脳裏に浮かんだのは、兄のカインではなかった。
「何で……?」
これまでずっと、十何年もの間、ルルの心を占拠していたカインの姿が今は見えない。浮かび上がるのは兄とは真逆の――――別の誰かの姿だった。
「旦那様、実は……」
侍女の一人が、伯爵に向かってそっと耳打ちをする。小さな騒めきが聞こえ、それが段々とこちらに近づいてくる。
「――――失礼いたします」
男性の声が室内に響き渡る。その瞬間、ルルはパッと顔を上げた。
「アベル様……」
呟きながら、ルルは密かに瞳を潤ませた。先程まで頭に浮かんでいた人物が、今まさに、彼女の目の前に現れたのである。
「突然の訪問、申し訳ございません。妹がカイン様との婚約を破談にしたと聞きまして……。居ても立っても居られなくて――――」
そう言ってアベルは膝を突く。
「伝えたいことがあるんです。今……どうしても、お伝えしたい」
(……一体、何なのでしょう?)
ヴァレリアの気持ちだろうか?ルルは戸惑いつつも、父親の隣でアベルを見つめた。
「――――正直俺は、妹が居ればそれで良かった。他には何も要らないと、そう思っていました。
けれど、ルル様――――あなたと共に過ごす内に、俺は考えが変わりました」
「……え?」
思わぬ話の展開に、ルルは大きく目を見開く。伯爵も娘とアベルとを交互に見つめた。
「妹とカイン様の結婚が破談になったことで――――俺はかなり戸惑いました。妹の結婚が破談になってしまえば良い……ずっとずっと、そう思っていたのです。喜んで然るべきでした。
それなのに、俺の胸を占領したのは『ルル様にもう会うことができない』という現実と、深い悲しみだったのです。
クルクルと変わるルル様の表情が……屈託のない笑みが――――明るい声がもう聞けないのだと思うと、胸が引き裂かれそうな心地がして。妹の結婚が決まった時より、苦しくて堪りませんでした。
いつの間にかルル様は、俺にとって掛け替えのない大切な人になっていたのです」
アベルはルルの手を握り、真っ直ぐに彼女を見つめる。
「ルル様……どうか俺と、結婚してくださいませんか?」
その瞬間、ルルが大きく息を呑む。
震える声音、熱っぽく揺れ動く紫色の瞳が、彼の想いを物語っていた。
「――――わたくしも、同じです」
瞳に涙を滲ませつつ、ルルはアベルに歩み寄る。
「兄様だけ……兄様が居れば、他には何も要らないと思っていました。あんなにカッコいい人は他には居ないって。
だけど……アベル様はこんなわたくしを受け入れてくれました。一緒に悩んだり、苦しんだり、喜んだり、悲しんだり――――そんな風に自分を真っ直ぐに見せてくれるアベル様に、わたくしは心惹かれたのです」
ルルはそう言って満面の笑みを浮かべる。アベルも目を丸くしつつ、穏やかな笑みを浮かべた。
「ちょっ……ちょっと、待ってくれ!」
その時、部屋の入り口から慌てふためいた声音が聞こえた。カインだった。顔面蒼白のまま汗をダラダラと搔き、カインは急いでルルの元へと駆け寄る。
「兄様! 一体、どうなさって……」
「ルル! 心惹かれただなんて、そんなまさか……まさかだよな? ルルはこの家を出たりしないだろう? ずっと兄様の側に居るよな、な?」
カインはルルの腕に縋りつくと、今にも泣きださん勢いで捲し立てる。
「兄様、わたくしは……」
「兄様が! 兄様がずっと側に居てやる! だからおまえは結婚なんてしなくて良い! 結婚して妻が出来ても、兄様はずっとおまえだけのものだ! この家で共に暮らせば良い! なぁ、そうだろう?」
ルルの中で、何かが大きな音を立てて壊れていく。隙間風が心の中に吹きすさぶような、そんな感覚がした。
「ごめんなさい、兄様」
ルルはそう言ってアベルのことを抱き締める。断末魔のようなカインの声が邸内に木霊した。
***
「この度は、兄がご迷惑をお掛けして、申し訳ございません」
「……いえ。わたくしも彼と似たようなものですから」
ルルはヴァレリアと二人きりでティーセットを囲んでいた。
あれからアベルとルルは、正式に婚約を結ぶことになった。伯爵は大層喜んだが、カインは未だに悲しみに打ちひしがれている。今回を機に、ルルがすっかり兄離れをしてしまったので、しばらくは再起不能だろうとの見立てである。
「兄と同じ……とは?」
「私も大層なブラコンですから……結婚したら兄とはあまり会えなくなりますでしょう? もうしばらくは結婚せずに、兄と一緒に居たいと、そう思ったのです」
ヴァレリアの言葉に、ルルは苦笑を浮かべる。
カインの行動は、ルルを心置きなく自分の側に留め置くためのものだった。結婚して自分が爵位を継げば、多少無理を通せる。ルルを誰とも結婚させず、邸内に留め置くために、彼はヴァレリアとの結婚話をあっさり了承したのだった。
「それに、私がカイン様との結婚を破談にしたら――――きっと兄はルル様に求婚する。そう思いましたの」
ふふ、と淑やかに微笑みつつ、ヴァレリアはルルのことを見つめる。
「ですが……宜しいのですか? アベル様の結婚相手がわたくしで。わたくし、ヴァレリア様にあんなに意地悪しましたのに……」
「まぁ! ルル様は演技が下手糞でいらっしゃいますから。本当は優しくて温かい人だってすぐに分かりましたわ。あとから後悔していらっしゃったことも、兄との反省会の様子も、全部存じ上げております。ずっとずっと、微笑ましく見守っておりましたの」
そう言ってヴァレリアはクスクスと笑い声を上げる。あまりの恥ずかしさに、ルルは頬を紅く染め上げた。
「ヴァリー、そろそろ良いかい?」
その時、恐る恐るといった様子でアベルがそっと顔を出す。
「兄様! もちろん、お待たせいたしました」
ヴァレリアはゆっくりと立ち上がりつつ、満面の笑みを浮かべる。そのまま兄に席を譲ると、軽やかに庭園を後にした。
「――――あんなに嬉しそうなヴァリーは初めて見るな」
「そうなのですか?」
「うん。ルル様が姉になることが余程嬉しいらしい」
アベルはそう言って複雑な表情を浮かべつつ、ルルの手を握った。
「俺としてはヴァリーにルル様を取られそうで、何だか不安だよ」
「まぁ……!」
ほんのりと頬を紅く染めたアベルを見つめながら、ルルは嬉しそうに笑う。
「そうですわね。でしたらわたくしも……ブラコンからシスコンにジョブチェンジするのも、悪くない気がしてきましたわ」
「――――それは勘弁してほしい」
二人は声を上げて笑いながら、初めての口付けを交わしたのだった。
この度は本作を読んでいただき、ありがとうございました。
もしもこの作品を気に入っていただけたら、ブクマや広告下の評価【☆☆☆☆☆】、感想等でお知らせいただけますと、創作活動のモチベーションに繋がります。よろしくお願いいたします。