街2
ヒガシモンを潜り抜ける際、もしかしたら彫刻の不思議生物がガーゴイルの如く襲いかかるのではと警戒し、門の隅をカニ歩きで慎重に進んでは見たものの、特に動き出す様子もなく、安堵と期待を裏切られた複雑な気持ちでモヤモヤさせてくれた。冷静に考えるとそもそもあの彫刻は雨樋の役割を担っているとは思えず、ガーゴイルというよりもノートルダム大聖堂に鎮座するグロテスクに近いではないか。ただの飾りに慄いている場合ではない。
ヒガシモンの先は身構えるような珍しいものもなく、小さな古書店や八百屋、ドラッグストアに宝くじ売り場等、変哲もない街並みが広がるばかりであった。更に奥へと足を伸ばし、立体駐車場や全国チェーンの銀行、饅頭屋やお馴染みのコンビニエンスストアが建ち並ぶ道を抜けると小さな川が流れており、眼前には川の規模に似つかわしくない幅の広いちょっとした広場のような橋が掛けられていた。
橋を渡った先には、二千円札の表面に描かれた首里城の門に酷似した建造物がでんと構えていた。確か香港映画によく出てくる牌楼と呼ばれる中国の門だったと記憶しているが、やはり何か寂しい印象を受けるのである。はて、ここまでの道中やこの街並みを見た瞬間にも感じたこの寂しさの原因は何なのか…。札ではない守礼門やかつて訪れた横浜で見た牌楼はこんなにも地味な印象を与えてきたであろうか?答えは否である。もっと朱や黄、緑が使われていて、キラキラとした装飾もされていた筈だ。
そう、この街のものは全て地味なのである。そう思うと途端にこの街並みに違和感を覚えた。…色が無い。
全て白や茶、または灰色で構成されているのだ。その事に気が付き、更に手近なコンビニエンスストアを観察、触れてみるとその正体に確信を得た。この街はすべて石や砂できている、まるで太古の遺跡のようであった。
もしかするとこの世界では、明らかにおかしな状況においても、その状況に疑問を抱く様なきっかけが無い限り、おかしいと言う事を認知し得ないのでは無いだろうか?
つまりこの世界で誰かの臀部を撫で回したとしても、臀部を撫で回されている本人が急に臀部の体温が上昇したことや、揉みしだかれていることによる皮膚の圧迫感に疑問を抱かない限り、己の臀部を堪能されていることに全く気が付かないと言う理屈である。
「なんと恐ろしい世界だ…」
つい独り言を零してしまうほど、認知へのハードルが異様に高いこの世界に私は恐怖を覚えたのだった。