街
気がつくと私は街に居た。華やかさを欠片も感じさせぬ寂しい印象の街であった。はて、先程まで自宅のテーブルで酒を嗜んでいたはず…外出した記憶など微塵もなく、そもそもここが何処なのかすら合点がいかないのだ。先ずは己の置かれた状況を冷静に把握するよりほかない。
足下を見るとどうやら私が立っている場所は歩道のようで、左右に視線をやると屋根付きの歩道がずっと先まで続いていた。次に後を見てみるとそこはアーケードの入り口のようで、これまたずっと先までアーケードは続いているようであった。正面を向き直すと片側2車線で構成された道路があり、その4車線のセンターラインに位置する場所には、路面電車用の線路が敷かれており、100m間隔であろうか駅らしきものも設置されていた。そして道路を挟んで向かい側には大きな鳥居のようなものが異様な存在感を放出していた。傍らには信号機が設置されているのだが今は機能していないのか点灯はしていなかった。どうやら私は丁度横断歩道を渡ろうと足を一歩踏み出した所だったようだ。
鳥居のようなものと曖昧な表現をしたが、形は鳥居であるのだが、鳥居らしからぬゴテゴテした装飾を施され、両端には龍のような鱗に覆われた身体に馬に似た頭部を持ち、鬣らしきものも見受けられる蝙蝠に近い翼の生えた架空の生物であろうものを模した彫刻がこちらを見下ろすように鎮座した一風変わった鳥居であった。その鳥居の中央上部に"ヒガシモン"と何故か片仮名で記されており、取り敢えず私が向いている方向は東なのだなぁとボンヤリ考えていた。
さて、ここで立ち尽くしていても仕様がない為いずれかの道を選択せねばなるまいが、ここが何処であるかはこの場から見渡した限りでは判断が付かず、頭がおかしいと思われるのを覚悟の上で道行く人にここがどこなのか尋ねるしかないと心に決めた瞬間1つの事実に気がついた。辺りに人が全く居ないのだ。路面電車の駅にも、アーケードにも、建ち並ぶ商店にさえ人の気配が全く存在しないのである。
街がが不気味なほどに静まり返っているにも関わらず、人がいない事に今の今まで気が付かなかったことに背筋が寒くなる。どこでもいいので早くこの場から移動したかった。少しでも人が居そうな場所へと考えた時、どこまで続くかわからない歩道や、見るからに人が居ないアーケードへ進もうという気は微塵も起きず、消去法で私に残された選択肢は奇妙な"ヒガシモン"1択だった。