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ハングリー 精神  作者: 狩瀬G2
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部長

 憂鬱な昼食を乗り切り、午後の業務も平和に終え、定時を5分程度過ぎたところで本日の業務は終了、退勤と相成った。今日も数分の残業で帰路に就くことが叶い無意識に口元が緩む、勿論食事が何よりも大好きな私であるが、食事の次に好きな事は帰宅する事である。私はそもそも労働という行為全般が好きでは無い、然しながら食べるためには金がいる、その金を得るためには働かなくてはならない為仕方なく出勤しているに過ぎない。故に労働を終えて帰路に就くぞというこの瞬間が私は大好きなのだ。


 帰宅前にコンビニよりも安価な社内の自動販売機で砂糖たっぷり甘々珈琲でも買って帰ろうかと休憩スペースに立ち寄ることにした。これがいけなかった。

 時刻は19時45分、本社ビル7階休憩スペース備え付けの自動販売機にて、250ml缶珈琲80円也を購入していると、背後から決して大きくはないが凛と澄んだよく通る声で話しかけられた。


「おや、キミは今帰りかい?」


振り返るとそこには、雪のように白い肌を持ち、唇は鮮血の如く赤い、漆黒の長髪を一本にまとめ上げた、まるでダークサイドに堕ちた白雪姫の様な長身の女性がおり、紙袋を脇に抱え薄っすらと口角を上げながら、それでいてまるで感情を感じさせない目でこちらを見ていた。1つ歳下とは思えぬ荘厳な雰囲気を漂わせており、イヤミ係長も絶賛していた美女ではあるのだが、ひと目見た時から私は何となく彼女に畏怖の念を抱かされていた。


「新居屋部長っ、お疲れ様ですっ。帰宅ラッシュに備えて糖を補充しようかと思いまして…」


ハハハと乾いた笑いを発しつつ、手持ち無沙汰からか自然と頭をポリポリと掻いてしまう。


「そう緊張しなくても良いよ。年齢も近いのだし仲良くしようじゃあないか。私もあのユニークなアダ名で呼べば良いのかな?」


優しい言葉とは裏腹に、部長はまるで珍獣を見るかのような目をしているように感じるのは被害妄想が過ぎるのであろうか。


「恐縮ですっ、実はあのアダ名は本意ではないのです…普通に呼んでいただけると大変助かりますっ」


ペコペコと頭を下げながら、緊張のためか足の裏から発汗しているのが自分でも理解できた。


「おや、そうだったのかい。アダ名が本意では無いのなら、ダイエットに挑戦してはどうだい?」


「私は好きで太っているのです!アダ名は本意ではありませんがこの体型、否、この生き方には誇りを持っておるのです!決してダイエットなど致しません!」


いつもイヤミ係長に弄られている為か、条件反射的に相当位の高い上司様に対して高らかなる宣言をしてしまった。言い終えるや否や背中からも冷たい汗がダラダラと流れるのを感じた。これも全て係長のせいだ!。


 出会って間もない上司に馴れ馴れしく自己主張してしまった私は近年希に見る居た堪れなさを感じ、またもやペコペコと赤ベコの首の如くお辞儀を繰り返し、失礼しますっ!とその場からそそくさと退散しようとしたが、部長様にいとも簡単に制止された。


「まぁ待ちたまえ。明日は休みだろう?仕事は無いのだし早起きをする必要もない。今夜は酒でも飲んでゆっくりするといい」


1996年の懐メロの様な事を言い、部長は持っていた紙袋から金色の液体に満たされた細長い瓶を私に差し出した。瓶には蜜蜂が描かれたラベルが貼り付けられており、中の液体が蜂蜜酒なのであろうと推測された。


「酒ですか?しかし何故職場に酒を?」


そう言う私の目はきっと爛爛と輝いている事だろう。一応尋ねはしたがここに酒がある理由などどうでも良かった。


「通販だよ。受取先を会社にしていてね。私の住まいは遠方なものだから、帰宅する頃には再配達の受付時間外になってしまうのさ。」


「わざわざ取り寄せたものを頂いてよろしいのですか?」


「お近づきの印と言うやつだよ。珠玉の味だ、期待するといい」


「有難う御座います!!!」


先程までとは違った意味で再び赤べこと化す私に、部長は手をヒラヒラと振り、良い休日を…と告げて去って行った。


 こんなに素晴らしい方を恐れていたとは、全く持って恥ずかしい限りである。部下にこれ程まで良くしてくれるあのお方は神に違いない。一生ついて行こうと心に決めたのであった。

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