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ハングリー 精神  作者: 狩瀬G2
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仮説

本日も残業をすることも無く、定時に退社できるホワイトな会社に感謝しつつ私は家路を急いでいた。というのも、今日の昼に饅頭を食べたあの時から、空腹が満たされる共通点を発見した為である!部長から酒を賜った日のように、韋駄天の如き勢いで一気に自宅まで辿り着いた。


「ただいま!」


「おかえりー、そんなに慌ててどうしたの?」


風呂あがりであろう石鹸の香りを纏ったパジャマ姿の妻が、やんちゃ坊主でも見守るかのような笑顔で迎えてくれる。


「一刻も早くキミの笑顔が見たくてね」


「あら、変な物でも食べたのかしら?」


渾身のジョークは軽く流されてしまったが、本題はそこでは無い、場の雰囲気も和んだ所で早速切り出してみる。


「そうそう、今日係長に饅頭を貰ったんだ、奥方が旅行先で買ってきた土産らしい。」


「あっごめーん、夕飯の支度で忘れてた!ちゃんと買ってあるよっ、テーブルに出しておくからお風呂に入っておいで」


思った通り購入してくれていたらしい、なんてできた嫁であろうか。妻に礼を述べ、言う通りに風呂へと向かった。


 ここで私の考えを説明しよう。昨夜のマファールや今日の饅頭で少し腹が満たされた私は、この2つの共通点はズバリ甘さであると予想した。和と中で方向性は違えど、どちらも菓子であり甘みを帯びている事に変わりは無い。つまり私は、甘いものを食べることによって空腹が満たされる身体になってしまったのだ!…という仮説を立てたのである。仮に違ったとしても、昼には饅頭で腹が膨れたわけだから、妻が同じものを購入していれば確実に空腹は満たされるので問題はない。


 わくわくしながらカラスの行水を終え、嬉々として食卓へ向かうと、既に夕飯が用意されており、私の席には包装が解かれた白い箱が置いてあった。おそらくそれが饅頭が詰められた箱なのだろうと予想できたが、折角夕飯を用意してくれた妻に対し、いきなり饅頭を頬張るのは礼節に欠けるため、先ずは二人で夕飯を頂くことにする。


 本日の夕食は揚げそばである。幼少時に家族に連れられて行った地元の小さな中華料理屋で初めて食べたときから、私の好物の一つになった料理だ。豚肉、野菜、魚介類等の具材を炒め、豚骨でとったスープを加えて煮たものに、水溶き片栗粉を投入し餡を作り、揚げた中華麺にかければ完成である。地域によって別の呼び名があるようだが、微妙に製法や食材が違っており、私が揚げそばと認めるのは先に上げた製法のもののみである。


「あれ?お饅頭食べないの?」


「先にご飯を食べてからにするよ」


「あなたの事だから真っ先にお饅頭を食べるのかと思ってた」


「キミは私のことを、水をかけられたグレムリンから産み出された化け物と思ってるな?」


「何の話よー」


困り顔でふふふっと可愛らしく笑う妻と楽しく食事をとる、妻の作ってくれた揚げそばの味は、記憶の中にある幼少期に初めて食べたあの揚げそばと寸分違わず、感激で胸が一杯になるのと同時に、一切空腹が満たされない不満で複雑な心境となってしまったのは誠に遺憾であった。


 夕食は、不祥事を起こした政治家についてどうお考えか、と問われたときの内閣総理大臣のような顔になりそうなのを必死に堪え、タンクトップとオーバーオールのおデブタレントが食レポをしている時のような満面の笑みで乗り切ることができ、食器やフライパン等すべてを片付けた後、いよいよ私の仮説を検証するときが来た。


 待ってましたとばかりに両手の平を擦り合わせ、慎重に白い箱を開けると、中には昼間係長から貰った個包装の饅頭と同様のものが12個詰められており、そこから2つを取り出し妻と1つずつ分け合った。饅頭には熱いお茶だろうと思い緑茶も用意した、準備は万端である。緊張で震える指でゆっくりと包装を解きいざ実食、饅頭を口に入れゆっくりと咀嚼し、これまたゆっくりと嚥下した。


「なぜ…」


 思わず声が溢れる。確かに匂いも、食感も、味も、喉を通る感覚もあるにも関わらず、霞を食べているかのように腹が満たされないのは何故か…昼と今とで何が違うというのか…


「泣くほど美味しかった?」


妻にそう声をかけられて初めて、自分が涙を流している事に気がついた。

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