饅頭
新居屋部長と別れ、大急ぎで弁当をかき込んだ後、光の速さで自身のオフィスに戻ったときには、昼休憩は残す所後10分とかなりギリギリの時間であった、これでは戻る途中自販機コーナーで購入した食後の珈琲牛乳100円也を優雅に楽しむ時間が無い。想定内ではあるが急いで給水を行わねばと思っていた矢先
「ポンタ君やっと戻って来たー」
およそ半世紀にも及ぶ人生経験を積んだとは思えないような無邪気な声が私の鼓膜を震わせた。何ということか、珈琲牛乳ブレイクの時間は限られているという最中、非常に面倒なお方から声をかけられてしまった。
「熊野美係長、戻って早々になんですか?」
「ほら、ウチの奥さん旅行してたでしょ?昨日帰ってきたから皆にお土産配ってるんだよー。後は君だけだよー」
そう言ってイヤミ係長は、露骨に嫌な表情を浮かべる私の顔を一瞥もすることなく、個包装された茶色い饅頭を1つ差し出してきた。確かに先程の弁当でも空腹は全く満たされなかった為、少しでも食料が増えるのはありがたく、笑みがこぼれそうになるのを必死に我慢し、ポーカーフェイスで饅頭を受け取った。
「ありがとう御座います…ってこれ箱に沢山詰められてる内の1つじゃあないですか!」
「1箱要求してくるのかい!?」
イヤミ係長は一瞬驚いた顔をするも、直ぐにいつものニコニコ顔に戻り、その図々しさはとても良いよ、営業に向いてる向いてる、などと内勤の私に対し意味不明の供述をし、仕方ないなぁポンタ君だけ特別だよ?と言いながらもう一つ個包装の饅頭を差し出してきた。己の糖度を主張するかの様な茶色い光沢をテカテカと見せつける 饅頭を2個も頂いたとなれば、私の美しい最敬礼が繰り出されるのも自然の摂理であろう。
「ありがとう御座います!」
両手の平に饅頭を2個乗せて係長に差し出すような形で最敬礼を行った私は、残りの休憩時間で珈琲牛乳と饅頭を無事胃の中へおさめ、おおよそ5分間の珈琲牛乳ブレイクを堪能した。不思議と弁当では満たされなかった腹が、わずかに満たされて行くのを感じ、上機嫌で午後の業務に臨む事が出来のであった。