第3会議室2
「改めて聞こうか、キミは一体何をしに来たんだい?まさか私に会いたくて来たわけではないだろう?」
絶世の美人上司が気を遣って軽いジョークで場を和ませようとして下さっている、ここは話に乗っかって、実は美人な部長に会いたかったんです〜とでも言うべきであろうか。
しかしそんな事をして話が長引くと昼食の時間が無くなってしまう、ただでさえこの場所を思い付くまでに数分経過しているのだ、しかも昨夜から食べても食べても全く満腹にならないどころか何かが胃に入った気配すら感じられずにいるのだ、何としてもこの昼休憩中に弁当は食べなければならない!
「実は、お恥ずかしい話なのですが、愛妻弁当をデスクで広げるのが恥ずかしく、一人で弁当を食べられる場所を探していたのです」
「なるほど、キミは既婚者だったのか。意地の悪い冗談を言ってしまったね、申し訳ない」
「めめめ、滅相もございません!」
私のような平社員から見れば、部長という肩書は天上に住まう上流階級に他ならず、そんな方に謝罪をさせてしまった事で、額から背中から足の裏からと至る所から汗が吹き出す私を見て、ダークサイド白雪姫は再びクスクスと笑い出す。
「キミはいつも汗をかいているね。いいだろう、片付けも終わったし、この部屋で食事をしても構わないよ」
「助かります!使わせて頂きます!」
「しかしキミも早計だね、ここは普段鍵が掛かっているというのに、私が居なければ如何するつもりだったんだい?」
鍵とは考えもしていなかった、まさにご指摘通り早計である。脳まで栄養が届いていないのだろうか、迂闊としか言いようがない。
「鍵が掛かっているとは考えもしていませんでした、部長が居て下さって大変助かりました」
先程までとは違う意味で再び発汗しながら赤ベコと化す私に、ダークサイド白雪姫の口から予想外の提案が降ってきた。
「私に感謝するのであれば、そうだな、キミの愛妻弁当とやらを見せてくれないか?こう見えて私は独身でね、そういったものに興味があるんだよ」
こう見えてというのは、こんなにも美人なのに独り身とは不思議だろうという意味であろうが、美人過ぎるが故だろうか?ちょっと怖くて近寄り難い雰囲気を醸し出しているから不思議では無いですねと言う台詞を一生懸命飲み込み、もちろん構いませんよという台詞に変換して発する事が出来た私をどうか褒めて欲しい。
入り口から一番近い机で弁当を広げてみる、弁当箱は二段になっており、上段が米、下段がおかずとい構成だった。蓋を開けてまず飛び込んで来たのは、米に桜でんぶでハートがデカデカと描かれており、ハート以外の場所はそぼろで敷き詰められ、ハートの中には高菜でLOVEと書かれていた。
なぜ高菜なのかといった疑問よりも、デカデカとしたハートを女性の上司に見られることが恥ずかしく、チラっと部長の顔を覗き見るが、相変わらず口角だけで笑みを作り、目はまるで笑っていなかった。やはり怖い、そしてこれでは感情が全く読み取れん!
続いて下段、おかずを見てみるがここにも妻の愛情トラップが仕掛けられていた、卵焼きが入っているのだが、なんとハート型にカットされている!怒号のハートラッシュに流石の部長もリアクションを取るかと思われたが、彼女の表情はピクリともしない、あまりの衝撃にフリーズしたのか?
「あー、なんだか平凡な弁当ですみません…」
この空気の中、無言で居続ける精神力は今の私には存在せず、恐る恐る言葉を紡いで反応を伺うこととする。
「あぁ、すまない。私はあまり弁当自体を見る機会がなくてね、何が入っているのか説明してくれるとありがたい」
なるほど、押し寄せるハートに対してリアクションが無かったのは弁当への知識が少なく、弁当とはこういうものなのかと受け入れてしまった故のことだったようだ。私としては変な目で見られることが無い為、かえって好都合である。
「かしこまりました、それでは説明させて頂きます」
私は持参した弁当の中身を上司に報告するという謎の時間を過ごした。本当は弁当という文化や成り立ちから説明したかったのだが、そもそも弁当とはですね、と切り出した途端
「いや、そういうのは大丈夫だよ」
と一刀両断されてしまった為、ただただおかずの内容を報告するだけの時間となってしまった。途中、油淋鶏が出てきた際に、ゆう?りんちー?と初めて聞いたような態度をされたが、おそらく知らないフリをして一口貰おうといった魂胆だと判断しスルーした。
「ありがとう、とても参考になったよ。それでは」
一通り説明し終えると部長はそう言い、私の眼前に美しい顔を突出しその艶めかしい口をあーんと大きく開けて見せた。
私はというと大混乱である。それではと言うから退室するのかと思いきや、それでは失礼するよの"それでは"ではなく、それでは一口頂こうかの"それでは"であるらしい、やはり油淋鶏が欲しかったのだろう、絶世の美女が部下の前で雛鳥のような姿を晒すほど空腹なのであれば、ここで渋るのは人としての尊厳に関わるため、渋々ではあるが哀れなスノーホワイトの口へと油淋鶏を放り込んだ。
狐色に揚げられ、甘酢ダレでテカテカと光り輝く油淋鶏を放り込まれた部長は、しっかりと味わうように数分咀嚼した後、今までよりも少しばかり広角が上がった笑顔を見せてくれた。
「とても美味しかったよ、ありがとう。是非奥様にも感謝を伝えてくれるかい」
「部長のお口に合って良かったです、勿論伝えておきますね」
そうして、貴重は昼休憩を消費させるのは忍びないと部長は退室した。去り際に聞き捨てならない一言を残して。
「そうそう、普段鍵が掛かっているというのは冗談だ。明日からもこの部屋を使うと良い」
そう言い残し部長はクスクスと笑いながら去っていった。
会議室には、弁当のおかずを1品失った男が膝から崩れ落ちる音が悲しく響くのだった。