デパート
この道が夢とそっくりそのまま同じであれば、このまま直進すればあの馬とも蝙蝠とも龍とも言えない生物が彫刻された鳥居がある筈、今思うとあれも中華門なのかもしれないが、そうするとあの禍々しい生物は何なのか、現実ではどうなっているのかがとても気になった。通りの両脇に並ぶ店や建築物は寸分違わず夢通りであった為、中華門に近づくにつれ緊張が増すのがわかる。
しかしながらこの通りも終わりを告げようとしているにも関わらず一向に中華門が見えてくる事は無く、替りにその場所に建てられていたものは商店街のアーチであった、形は鳥居と言えなくもなく、例の生物の代わりに彫刻されていたのは緑色をした龍が互いに背を向ける形で鎮座する姿だった。中華街の牌楼とは異なり、主柱となる2本は鮮やかな朱色では無く剥き出しの電柱と同様の色をしており、手漕ぎボート状の看板がその2柱に架けられるような形でアーチは形成されていた、龍は船の船首と船尾の位置に飾り付けられていた。
アーチには看板が備え付けられ、見るとこの通りの名前であろう"浜街通り"と書かれていた。はて、夢ではここに書かれていたのは"ヒガシモン"であったと記憶している。しかしながらである、そもそもこの通りの先は中華街の北門である為、方角に矛盾が生じている、そうなると夢で書かれていたヒガシモンとは一体何を指しているのか…気にはなるがまぁ所詮夢は夢、これまで現実と一致し過ぎていた事が異常なのだ、夢と現実の相違点を発見できたのは吉報と呼ぶに相応しいではないか。
アーチの根元は横断歩道になっており、4車線道路プラス中央の路面電車用線路を横断すると、眼前はアーケードの入り口…では無くデパートの入り口となっていた。夢でこの辺りを見回した際は、ここは確かにアーケードの入り口であったが、実際のアーケード入り口とは数十メートル程ズレがあった。
「ここも微妙に違うのか…」
吉報とは言ったものの、急に相違点が増えると逆に不安になるもので、神妙な面持ちとなった私にはお構いなしとばかりに天使の声は降りかかる。
「デパートある!デパ地下で今夜の食材買ってくるからこの辺りで待ってて!」
「いや、私も一緒に行くよ。」
「だーめ、出来てからのお楽しみなんだから、材料がわかるとお楽しみが減るでしょ?」
随分と徹底されたこだわりようである、そんなにも私の喜ぶ顔が見たいのかと思うと破顔一笑となっても仕方がないではないか。
私が顔面を崩壊させながらデパート1階を暫らく彷徨いていると、買い物袋を1つ手にした妻が戻ってきた。
「お待たせー」
「お帰り、思った程大荷物にはならなかったみたいだね」
「そんなこと無いよー、キャリーバッグに入り切らなかった食材がこんなにあるもん」
そう言いながら妻は買い物袋を掲げて見せる
「あぁ、そうか、キャリーバッグを持っていたんだっけか」
冷静を装い、そう言葉を返しはしたものの、その内心はバッチリ混迷を極めていた。占の館で妻に聞いた話では、キャリーバッグはバスターミナルのロッカーに預けてきた筈、そして我々はこのデパートまで一直線に向かい、途中でターミナルに寄った記憶など無かったのだ。また私の記憶が欠乏しているのだろうか、いつの間にかキャリーバッグを引く妻の姿を、暫らくまともに見ることは出来なかった。