中華街
平日とはいえど暇を持て余した御老人方が殺到している可能性がある為、早々に身支度を済ませ10時頃には家を出る事が出来、最寄りのバス停に辿り着いたときには、丁度終点が中華街付近のターミナルとなっているバスも到着するところであった。乗り込んだバス内は通勤ラッシュとも重なることなく乗客はまばらで、悠々と一人用の席を確保した私は懐からスマートフォンを取り出し、初めて行く中華街の予習に勤しむ事とした。豚まん屋への旅路は快調な滑り出しと言えるであろう。
バスに揺られること35分、予定よりも随分早く終点のバスターミナルに到着した。律儀に各バス停に停車していたらこんなにも早く到着することは無かったと思われるが、今日は乗客の乗り降りも少なく、ぽんぽんとバス停をスキップしていったお陰で早々に豚まんに有り付けるのだから、自然と口角が上ってゆくのは当然のことだと言っても過言では無い。出入り口を探す為ターミナルをキョロキョロと見回してみると、観光であろうキャリーバッグをガラガラと転がす団体や、今から出張先に向かうであろう大きな鞄を抱えたスーツ姿の男性、時間的に学校には大遅刻では無いかと思われる学生等それなりの人数がひしめいており、壁際には小さな売店やコインロッカーまで設置されていて、中々足を踏み入れることのないまるでJR駅の様なバスターミナル事情に驚かされた。
出入り口は存外すぐに見つけることができ、乗車中スマホで調べた通りターミナルを出て右側を向き、そのまま直進、ターミナルの外周に沿って右折を一度行うと、約50m先に中華街の西門を確認することができた。生憎テレビで解説を見る事は叶わなかったが、ネットで調べたところによると西門は四神の白虎を表しているらしい。
近づいてよく見てみるが、西門は豪華絢爛というよりも随分と落ち着いた趣で、両端にある2本の柱は暗い朱色で、柱同士を繋げるように施された装飾は白を基調としていた。装飾よりも柱の方が長く、その天辺には白虎とも狛犬ともシーサーともつかぬ生き物が鎮座していた。高さ9m、幅4mとコンパクトな作りをしているのは、元々倉庫区域だった事から道幅が狭く、大規模な門を創造出来なかった為なのだろう。然しながら牌楼の様な屋根も存在していないため、事前に西門だと認識していなければ素人の私では中国っぽい何かとしか思えなかったに違いない。
門を潜り、両サイドに軒を連ねる店舗を見てみると、西門側は飲食店が中心らしく、調味料や何かを揚げたような芳ばしい香りが漂っていて、私の食欲を促進させるのであった。件の豚まん屋は中華街の中心、十字路の角に位置している為、どの門から入場したとしても250m直進するだけで辿り着ける初心者にも良心的な立地条件であった。多少ふくよかな私でも3分も歩けば難無く到着し、予想していた人混みも無く5名程の列ができている程度で、バスを降りてから約30分で当初の目的は達成となった。
片道310円かけて滅多にすることのない遠出をしたのだから、このまま自宅に引き返すのも勿体無い。折角なので購入したばかりの豚まんを頬張りながら付近を散策することにした。北門へ向うと自宅近隣へのバスが出る停留所がある筈なので、先ずは東門から見て回ることにする。
東門への道中は土産物屋や眼科などが建ち並び、そこだけ見るとおおよそ中華街っぽくは無いが、土産物屋で取り扱っている品々を見るとやはりここは中華街なのだと実感する、そんな通りであった。中でも目を引いたのはマファールというお菓子で、漢字で「麻花兒」と書き麻糸を撚った様なという意味があるらしい。ねじくりパンを2cmまで小さくした様な見た目をしており、試食してみると瓦の如き硬さであった。…気に入ったので1袋購入した。
豚まんを5つ程食べきった辺りで東門へ到着、一度外へ出て正面からじっくり眺めることにした。東門は四神で言うところの青龍がモチーフらしく、その出で立ちは西門とは異なりしっかりと牌楼の形をしていた。高さは西門と同様9mなのだが、横幅も同じく9mあり、幅が5m広くなるだけでここまで印象が変わるのかと驚かされた。
中央の看板には中華街とデカデカと書かれていて、その真下に2対の龍が彫刻されているのだが、それが青龍なのかは定かではない、何なら西門にも同じ位置に2対の龍が居た事からそれが青龍ではない可能性の方が余程高かった。ひょっとしたら屋根の上にいるのだろうか、残念な事に下から眺める限りでは屋根の上まで見通すことは出来なかった。
どうしても知りたいと思う程の好奇心は持ち合わせておらず、一目お目にかかっただけで満足した私は、既に南門へ向かう事しか考えていなかった。ただ今来た道を引き返して同じ景色を見て回るのは面白味に欠けるので、このまま中華街の外周を周り南門へ向かう事にした。幸いこの中華街は正方形をしているため、歩く距離に差はなく、どうせ南門から北門へは中を通る予定なので、同じ道を往復する回数は少ないに越したことは無いだろう。
南門への道中では緑色がメインの看板を掲げたコンビニエンスストアで飲料水を購入したぐらいで、他に目を引く店舗は見当たらないまま早々に南門へたどり着いてしまった。正面から門を見据えたときに、まず左側に位置する薬屋にオレンジの象とピンクの象が居る事に幾ばくかの懐かしさを感じ、そう言えばカエルが立っている薬屋もあるが違いは何なのだろうかとどうでも良い疑問が湧いてきた。心なしかホームシックに駆られてきたが探索を続けることとする。
気を取り直して南門へ目を向けるが、門造りは東門と全く同じであった為割愛。門を潜り目ぼしい店補は無いかと左右を見渡すと、どうも既視感がある事に気がついた、初めて訪れた筈の街並みにどうも見覚えがある気がしてならない。
「ねぇ!あれって今テレビで有名な占いのやつじゃない!?」
近くできゃーきゃーとはしゃぐ観光と思しき若い女性の声が聞こえ、おそらく声が示す方であろう場所へ目を向けてみると、今朝見た夢とそっくりそのまま、寸分違わぬ姿の占いの館がそこにあった。