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ハングリー 精神  作者: 狩瀬G2
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占の館2

 本を開いてみると飛び込んできた文字は予想外の英語!学生時代は英語で赤点の常連だった私に理解できる単語など皆無に等しく、ペラペラと頁を捲っていくもののグラムやリットルの記号が出てこないあたり、この本はレシピ本ではないのではないかと思われたが、確か英語圏ではオンスやガロン等の単位を使用する為見当たらないのは当然なのか?と英語偏差値の低い私を困惑させた。


 学生時代の忌まわしい記憶が蘇ったためか頁を捲る手は微かに震えており悪寒が止まらないにも関わらず背中や手足にはタラタラと汗が流れたいた。自分で思っている以上に英語がトラウマになっているのだろうか、そもそも中学に上がり初めて本格的に英語と触れ合ったのだが、小学生の頃に独学でローマ字を取得していた私は、HelloやMy name isなどの教科書数頁分はそつ無くこなしており、英語なんて余裕のよっちゃんと図に乗っていたところに、ケーキの綴がKでは無くCから始まると教わった時点でその短い英語人生は幕を閉じたのであった。未だに疑問がぬぐい去れない、そもそもローマ字と法則が違うではないか!


 悲しみや怒りといった複雑な感情が入り交じる中、暫く何頁か眺めてみたが、変わらず震えと汗が主張を続ける事を鑑みるに、このままこの本を見続けるのは止めるべきだと本能が告げているのだと察した。そっと本を閉じ、天井を仰ぎながら額の汗を拭う。結局見たことのある単語すら出て来はしなかったが、最初の頁に書かれたEIBONという文字だけは読み取ることができ、この本はエイボンさんという方が書いたのだろうと言うことだけは理解できた。バセバ11と書いてBaseballが知りうる限り最長の単語である私にしては上出来であろう。


 眺めた範囲で何かしらの単位が出てこなかったことから、これはおそらくレシピ本では無く、イギリスかアメリカの家庭料理の歴史か何かを纏めた本なのではないだろうかと推測された、そうするとこの館の占い師は外国人だろうか?であるならば意思疎通が極めて困難になるがそもそもここに私以外の人間がいないのだからその心配は杞憂と言えよう。


 思えばこの街へ来てからというもの、歩きっぱなしの考えっぱなしである、どちらも普段の私が放棄して久しい行為であり、そろそろ私の中の糖分が枯渇してもおかしくは無いと思った途端、またもや新たな事実に気がついた。ここまで全く空腹を感じていないのである。昨夜は酒に夢中で夕食も摂っていなかったというのにだ。これは明らかな異変である、この私が食べ物を欲しないなどあろう筈がない、いよいよ持ってこの世界の異常性を実感し本格的な恐怖に襲われ始めた。


「怖い…食欲がない自分が怖い、兎に角何かを食べて落ち着かなくては…」


 しかしここまでの道中、飲食店や土産物屋はあったものの全て石化しており、この館内にも冷蔵庫や戸棚などの食品を収納するスペースが存在していないことから、何かを食することは叶わないのではないかと思われた。


「いつだったか遭難者がチョコレート数枚で1週間生き延びたという話を聞いたことがある。せめてここに一欠片でもチョコレートがあれば…」


丸テーブルに突っ伏して恥ずかしげもなく泣き言をダダ漏れにしていると、途端にテーブルの一部が紫色の怪しい光を帯び、その光の中心に1粒のチョコレートが現れた。


「これは日頃の行いの良い私にもたらされた神からの祝福か?」


突然食べ物が出現したことに何の疑いもなく、チョコレートが食べられる!という想いに支配された私はすかさず摘み上げ口に放り込んだ。そのチョコはまるでふかふかのベッドに疲れきった身体を沈めたような、暖かくも心地のよい、正に至福といった気持ちにさせる味で、当然ながら考えるよりも先に瞬間的にもっと食べたいと強く願っていた。結果テーブルは再び怪しい光を放ち、その光が収まる頃には大量のチョコレートが山のように積み上がっていたのであった。


「なるほど、食べたいと願ったものが出現している、このテーブル、もしくはこの世界がその様な仕組みなのか…」


目の前で起こる不可思議な現象に動ずることなく、糖を摂取した私の頭は一気にギアを上げ急加速する。試しにチョコレート以外の食べ物も想像してみると、やはりと言うべきか、カツ丼、天麩羅、トルコライス、タン塩、カステラ、ナタデココ等々、思った通りの品々が続々とテーブルに出現したのだった。


「素晴らしい!この世界は私にとっての楽園!桃源郷!エデン!いや、まるで…」


 …まるで夢のようではないか!そう思うが早いか私の意識は飛び、再び気がついた時には自宅のテーブルに突っ伏した状態で、カーテンの隙間からは雀の囀りと共に光が差し込んでいた。


「まだ食べていなかったのに!」


ワナワナと肩を震わせた後、悔しさから頭を掻きむしりながら早朝から悲痛な叫びを上げる成人男性がここに居た。

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