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「ぐううーっ!……だめだわ、全然開かない」
英麻は力なく赤い格子から手を離した。隣では光明子が不安な面持ちで座り込んでいる。
毒々しい赤の檻。そこに二人は捕らわれたままだった。
メビウスの三人は英麻と光明子を瞬間トラップなるこの檻に監禁した後、彼女たちを檻ごと光明子の部屋から恐ろしい速さで移動させた。檻には移動中から目立たないグレーの覆いがかけられていたため、今、ここがどこなのかまったくわからなかった。何となく周囲の様子から屋外にいるような気がした。
痛みだした両手を見つめ、英麻はため息をつく。先ほどからもう何度、こうやって檻の格子戸を押したり、揺さぶったりしたかわからない。入り口にかかった閂らしきものはびくともしなかった。格子戸の隙間から手を出して内側から閂を外すことも試みたが、赤い格子の目は憎たらしいまでに細かく、指先を数本出すのがやっとである。
「無理をしてはいけませんわ、英麻さん。やはり私も手伝った方が」
「いいえっ、光明子様にこんなことをさせるわけにはいきませんよ!私ならまだまだ平気ですから」
そう言って英麻はまた格子戸と格闘し始めた。そうでもしていないと少し前に味わったあの恐怖が蘇ってきそうだったのだ。
もう一人の英麻。もう一人の光明子。
檻の中からそれらを目にした時の衝撃はあまりに大きかった。自分たちとまったく同じ顔をしたそれらは、蝋人形のように冷たい表情で英麻と光明子を見返していた。
その正体はメビウスのナルシス兵であった。くわしい原理は不明だが、メビウスの科学技術によって英麻と光明子の顔や体を再現した代物らしい。オミクロンたちは、英麻たちをここへ連れ去った後、英麻と光明子の偽者を引き連れ、どこかへ姿を消した。彼らがこれから何をする気なのかは見当もつかない。
「ぐうううーっ、ううーん!…はあ。やっぱり素手で押し開けるのは無理なのかな…そうだ!この中になら檻から出るための道具があるかもっ」
英麻はぱっと左手をかざした。『スカイジュエルウォッチからはその時、持ち主にとって最も役立つアイテムが出現する』という、かつてサノが言った助言を思い出したのだ。手首のスカイジュエルウォッチが輝きだす。
空中から英麻の手に落ちてきたのは、ピンクのお盆に載ったいくつかの道具だった。
「は?」
英麻も光明子もぽかんとする。
ボトル入りのよく冷えた飲み物、ピンクのコップ二個、白いおしぼり二つ、栓抜き、そして説明書らしき小さなカード。
お盆の上にあったのはそれで全部だった。英麻がカードをつまんで読もうとすると、そこから小学生くらいの男の子らしき妙に陽気な声がこだまし、カードの文面を読み上げた。
『さあさ、お立会い!今回、御前に現れましたのは、タイムパトロール技術部が自信を持ってお届けするリフレッシュアイテム、ヒーリングドリンクセットにございますっ。疲れたあなたの心と体、瞬時に癒してあ・げ・るっ―――では早速、中身をご紹介っ、ヒーリングドリンク本体、専用コップ、お手拭きタオル…」
頭にかーっと血が上る。
「こんなもんが今、何の役に立つって言うのよおっ!」
英麻は乱暴にカードを投げ捨てた。
「これは何ですの?」
ヒーリングドリンクセットの中にあった小さな栓抜きに光明子が目を留めた。お盆やコップと合わせたのか、これも淡いピンク色だった。
「あー、それは栓抜きです…」
「せんぬき?」
「はい。飲み物のふたとか開ける時に使うやつで、こーやってふたにはめ込んでやると…」
ポンッと音がしてヒーリングドリンクなるボトルのふたが外れた。
「わあ、すごいっ。未来の世界にはこんな不思議な道具があるのですね」
こんな状況だというのに光明子は素直に驚き、感心している。実は天然タイプなのだろうか。
「それを使ってこの檻の扉も開けられるのでは?」
光明子がおっとりした声で尋ねてくる。
「いやあー、栓抜きというものは、そういう使い方はしないというか…えっ?ちょっと、ちょっと、ちょっと!?」
突然、右手の栓抜きが、ぐんっと激しく動いて英麻を引っ張った。
「英麻さん!?」
「わわわわわっ!」
ほとんど転びそうになりながら英麻は赤い格子の扉の前に滑り込む。
「な。何なのよ、これっ」
なおも栓抜きはぐいぐい動く。
もしかして、外側の閂に近づこうとしてる?
わけがわからぬまま、英麻は何とか栓抜きを格子戸の外に差し出し、栓抜きを閂のあたりにかざしてみる。
栓抜きが光を放った。栓抜きの輪っか近くの小さな宝石飾り。そこが光っているのだ。光は閂の棒の部分を照らした。固くはまった赤い棒がかすかにぶるぶる震え始める。そこだけ見えない力がかかっているみたいに。
間髪入れず、スパンッと威勢のいい音がする。
「うそおッ!?」
あっさりと閂は外れ、檻の鍵は開いたのであった。