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部屋の外に衛兵二人を待たせ、英麻たちは光明子の部屋に入った。
「ああ、よかったわ。宴が始まる前に気がついて」
光明子が綺麗な装飾が施された小箱を開ける。さぞ豪華な品が出てくるのかと思いきや、中にあったのはベージュに近い控えめな色の小さな髪飾りだった。どちらか言えば地味ですらある。だが、光明子はうれしそうにそれを手に取った。
「皇子様にいただいてからまだ一度も付けていなかったんだもの。今日の席でぜひとも見せて差し上げないと」
「あのうー、小人の王子…じゃなくて首皇子様のどこがいいのでしょうか?」
ためらいつつも英麻は尋ねてみる。光明子は一瞬、きょとんとした。だが、すぐにあの美しい笑顔でこう答えた。
「私のことを心から愛してくださる所ですわ」
「へっ?…あ、愛?」
「ええ」
やはり笑顔で光明子はうなずいた。
「さあ、行きましょう」
「…ううっ」
部屋から出た二人の前に、誰かが倒れ込んできた。娘が一人、苦しげに通路にうずくまっている。髪型や着物の色からして英麻が変装しているのと同じ、この御所に仕える女官のようだ。すぐさま光明子がかがみ込んだ。
「しっかりして。あなたどうしたのですか?」
「申し訳ありません。急に気分が悪くなって…」
口元を押さえながら女官は声をしぼり出す。
「ええっ、うそ。ど、どうしよう」
「すぐ助けを呼んできますからね。もう少し辛抱してくださいな」
そう言って光明子が立ち上がろうとした時である。
どさどさっと鈍い音がした。
折り重なって床に倒れた男が二人。光明子の部屋の外で待機していた衛兵たちだった。
「あっ!?」
「こ、これは…」
倒れた衛兵たちの脇に二人の人物が現れた。
気絶させられた男たちと同じ、衛兵の装束を着た青年と少年。その顔には明らかに見覚えがある。
「助けなんか呼ばれちまったら困るなあ?」
「俺たちの仕事がやりにくくなる」
彼らの正体。それはメビウスのオミクロンとカイだった。二人はさっと英麻たちの行く手を塞ぐ。
「あんたたち…どうしてここに!?」
「そんなの決まってるじゃない。時の花びらをいただきにきたのよ。そこの麗しいお妃サマからね」
振り向いた先には、あの具合が悪そうだった女官が赤いサーベルを手にほくそ笑んでいた。正確には女官に化けた同じくメビウスのラムダが。
「なっ…さっきの病気は嘘だったのね!?あんたたちメビウスの好きにはさせないわよっ」
英麻はタイムアテンダントのユニフォームに変身しようとスカイジュエルウォッチをかざした。しかし、カイの方が速かった。
「少しばかり俺の機械獣と遊んでもらおうか」
無表情にそう言ったカイのブレスレットから、黒い塊が二つ、立て続けに飛び出してくる。それらは空中で高速回転しながら巨大化し、滑らかに地面に着地した。
「ひいっ!?」
英麻も光明子もその場に凍りつく。
現れたのは獰猛な目つきの黒豹二頭。黒い毛皮は所々が鎧のようなもので覆われ、額にはメビウスの赤いシンボルマークが見える。それらは、交互に低い唸り声を上げ、英麻たちに牙をむき出しにした。
「こ、これってええと、この前のお化けダコと同じ…かっ、仮想獣!?」
「今回は仮想獣ではなく機械獣だ。動物型戦闘ロボットに黒豹の攻撃能力を組み込んである。バーチャルリアリティーと違って完全な実体がある分、攻撃された側のダメージもかなりのものになるだろうな」
カイが手にした鞭がびしりと床を打った。
黒豹たちが襲いかかってくる。
「きゃあああっ!?」
英麻と光明子は慌てて元いた光明子の自室の中へと逃げ込む。だが、そこも安住の地ではなかった。オミクロンとラムダに先回りされていたのだ。
「ほらほら、どうした!逃げろ、逃げろォ!」
鋭いサーベルが容赦なく英麻たちを追い回す。
「きゃあっ」
「うわわ!?ちょっと、二対四プラス機械獣なんて卑怯じゃないっ」
たちまちオミクロン、ラムダ、カイ、彼が操る黒豹たちに四方を囲まれてしまった。英麻も光明子もどうしていいのかわからない。
「さあーて、お遊びもこれまでだ!」
突如、オミクロンが赤いボール状の物体を投げつけてきた。
二人は悲鳴を上げて互いにしがみつく。
次の瞬間、赤いボールは変形し、巨大な檻となっていた。赤い格子の堅固な檻。英麻と光明子は完全にその中に閉じ込められていた。
「なっ、何これ…!?」
「瞬間トラップ。どんな場所にも数秒で出現し、標的を捕えるメビウスの新兵器だ。こうも簡単に引っかかってくれるとはなあ?」
「ほんとバッカみたい。アハハ」
「出しなさいよっ、この悪党ども!」
英麻は怒って両手で格子を引っつかんだ。オミクロンは英麻を小馬鹿にするように、にたりと笑うと、わずかに体をずらした。彼の背後から何者かが姿を見せる。一人ではない。女物の宮廷衣装をまとった小柄な人影が二つ。
それらを見た英麻と光明子は絶句した。