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今のハーフアップに近い、凝った形に結われた髪が動いた。
少女がゆっくりとこちらを振り向く。一瞬、ほっこりとした暖かさを英麻は感じた。まるで柔らかな日の光に触れたようだった。
ニコのテレパシー光線が飛び出し、光明子の額に当たった。
驚きの表情を浮かべ、その場に固まる光明子。
今、彼女の頭の中では、時の花びらの回収に関わる一連の事情説明がなされているはずだ。あとは光明子が回収への協力を承諾してくれるかどうかである。
ニコの額から光の筋が消えた。続いて柔らかな声が発せられる。
「それでは―――私の体の中にもその、時の花びらがあると…?」
光明子はそっと自分の胸に手を添えた。
「お、おっしゃる通りです。藤原光明子」
ハザマがかすれた硬い声でうなずいた。相手が皇太子妃というだけあって彼も相当緊張しているらしい。
「もちろん、その空を飛ぶ乗り物、スピカにはあなた一人で乗るわけではありません。ここにいる二人の少女が随行します。上空での回収そのものにもほとんど時間はかかりません…どうか時の花びらの回収に協力していただけないでしょうか?」
ミサキとハザマが深く礼をした。慌てて英麻、みなみ、ニコも頭を下げる。
「わかりましたわ」
顔を上げた先には光明子の穏やかな顔があった。
「まだ信じられませんけれども…あなた方は、はるばる遠くの未来から来て、大切なお役目を果たそうとしているのですもの。喜んで協力させていただきますわ」
そう言って光明子は微笑んでみせた。
うわあ。
英麻は思わず、ほうっとため息をついた。それくらい光明子の笑顔は美しかったのだ。笑顔だけではない。光明子はかなりの美少女だった。どうしてアランフェスで写真を見た時に気がつかなかったのだろう。しかも、清楚な美しさと同時に彼女にはどこか安心できる雰囲気があった。
何か不思議。こんなにきれいでしかも身分の高い偉い人なのに、全然、威圧感がない。
それどころか、彼女にはいるだけでほっとする暖かさがあった。まるで陽だまりみたいにそこだけ柔らかな光に満ちているかのような、そんな暖かさだ。
隣のみなみもまた、小さく口を開け、光明子の笑顔に見入っていた。
「そういえば…実は今日、この東院で春の訪れを祝う宴が開かれることになっていて、私も顔を出さなければなりませんの。宴は長い時間催される予定なので、あなたがたのお役目と重なってしまうのですが…どうしましょう?」
申し訳なさそうに光明子は眉を寄せた。花びらの回収任務に滞りが出ないよう配慮してくれている様子が伝わってくる。
「その点については心配いりません。我々もその宴の席に同伴します。女官のふりをした彼女たちがあなたのすぐそばに待機し、頃合いを見計らって一緒に抜け出した後、スピカまで移動する予定です」
ミサキが英麻とみなみを示して答えた。
「周りの従者たちには、『疲れたので少し休みたい』とでも言っておけばいいでしょう。先ほどの事情説明用テレパシーを受けた時点で、あなたからはこの二人が宮中の女官に見える作用がすでに解除されていますが、その他の現地人にはまだ作用が効いています。なので問題はないかと」
「よかった。安心しましたわ」
光明子は英麻とみなみの方に向き直り、丁寧に一礼してから微笑んでみせた。
「よろしくお願いいたしますね」
「いっ、いいえ!」
「こちらこそっ!」
二人はたどたどしい身振りで礼を返した後、そろって顔を見合わせる。
「素敵な人だね…英麻」
「うんっ!あんな人が本当にいるなんて、何かもう感動だわあ。超美人だし、上品だし、まさに奈良時代の正統派プリンセスで」
「光明子ーっ!」
一人の少年が部屋にかけ込んできた。