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数人の若い女が向かいの通路から歩いてくる。
英麻たちは黙って会釈した。着物姿の女たちもさっと礼をして通り過ぎていく。彼女たちはここ東院御所にて皇太子や皇太子妃に仕える女官たちだった。
廊下にあたる通路を進みながら、英麻たちは藤原光明子の部屋を目指している。
足を踏み入れた御所の内部もまた、外観と同じく素晴らしかった。かつて見た、平安京の内裏の中の装飾も優雅で見事だったが、ここにはまた違う魅力があった。装飾部分はもちろん、柱や手すりなどもそれ自体が美術品なのではないかと錯覚するほど色も形も洗練されている。
まだ建設会社やハイテク機器が存在しない時代によくこれだけの建造物を造り出せたものである。
また向かいから何人か女官たちがやってくる。先ほどと同じく互いに礼してすれ違う。タイムパスポートの作用が効いているので英麻たちの存在が怪しまれることはない。
英麻、みなみ、人型のニコはすれ違った女たちと同じ中級クラスの女官、ハザマとミサキは内部を巡回する衛兵、というのが今回のタイムパスポートによる人物設定である。奈良時代の宮廷衣装や髪型はどこかエキゾチックな雰囲気をまとっており、実際にその姿であるわけではないものの、テレホンスクリーンを鏡代わりにしてファッションチェックした時からそうだったが、英麻は自分が自分でないような気がして妙に落ち着かなかった。(ちなみにみなみは「だって結局は着てないんだろ?」とファッションチェックには興味ゼロだった)
ミサキの先導でさらに通路を歩き続け、ついに宿主である藤原光明子の部屋へと着く。
英麻たち五人は自然と慎重な足取りになり、そのまま中まで進んでいく。
部屋の中には実際の中級女官が二人と、こちらに背を向けた一人の少女がいた。彼女が光明子なのだろう。小柄な少女は窓から外の景色を眺めているようだった。
ニコが脇から英麻を突っついた。英麻は、あっと口に手をやり、少し前に教えられた段取りを思い出す。
「ええと…こ、交代いたしますっ」
かなり上ずった声しか出なかったが、元々いた女官たちはうなずき、何も疑うことなく英麻たちに礼をして部屋を出ていった。今度はみなみが緊張した面持ちで少女の後ろ姿に呼びかけた。
「光明子様」