カコのエイコウ
第7期のくせに10期と合わせて投稿してしまって本当に申し訳ありません、頼久×2です。
滋野瑛は体育館でバスケットボールの練習に励んでいた。しかし、何かがおかしい。
「うッ……」
いくら腕や脚に力を入れても全く動かないのだ。ボールが目にもとまらぬ速さで宙を飛び交い、他の選手たちは瑛の速度の何倍もの速さで動き回る。オフェンスでもディフェンスでもまるでついていけないのだ。
苦心して顔を上げると突如、瑛の方向へとボールが飛んでくる。どうやらこちら側と相手の取り合いの結果手から離れてしまったようだった。
「ぐっ……」
何とか空中キャッチをしようとするものの、手を伸ばす動きすらも重い。まるで錘をつけたかのようだ。当然、ボールには手は届かず、線を越えてコート外へ行ってしまう。
瑛のチームはそれでも勝った。負けたならまだ言い訳もできるかもしれないが、勝ってしまった以上必然的に滋野瑛はいったい何をやっていたのか、という話になってしまう。
「うすのろ!」
「ねえ、やる気あるの?」
「この部活やめたら?」
瑛のチームメンバーのみならず相手側からも責める声が体育館に響く。瑛は反論できなかった。彼女らの言い分はきつかったが事実だったし、それに反論しようとしても口すら重くてあかないのだ。
特に背の高い人影が鼻を鳴らす。よくよく見てみると、まぎれもしない、自分の顔に変わっていた。目の前に立っている滋野瑛はにやりと笑う。
「これだからいやなんだよ、使えない奴は……」
「いやあああ!」
瑛は目を覚ました。目を覚ましただけならいいのだが、慌てて飛び起きたせいでそれだけでは済まなくなってしまっていた。脚を引っかけて眠っていたせいで、机までバランスを崩すことになる。結果、瑛はガシャンと派手な音を立てて床に倒れこんだ。
「そしてレ点というのがあって……滋野さん?だだだ、大丈夫?」
瑛のクラスの副担任で国語の教員でもある、加古美幸もしゃべるのを止めて瑛が倒れた方を注視した。クラス中のみんなも思わず、瑛の方を見やる。痛みで目が覚め、やっと状況を把握した。(は、はずっ……)そして、彼女はひどく赤面する。
「体でも悪いの?」
「悪くないです!」
美幸からの言葉にも思わずきつい物言いになってしまっていた。結局美幸もそれ以上は言わなかった。明らかに異常な言動であるとはいえ問いただしても瑛が答えてくれるとは思わなかったし、何より授業に差し支えかねないからだ。
そして授業が始まった。しかし滋野瑛の頭にはほとんど内容は入っていなかった。新学期早々だらしのない話であるとは分かっていたものの、先ほどの悪夢が再び彼女に嫌な記憶を思い起こさせたのだ。
滋野瑛は「かつては」の但し書きがつきながらではあるものの、バスケットボール部において結構活躍していたのだ。そして若さゆえの過ちとでもいうべきか、動きの悪い奴に対してきつい口をきいたことや、顧問のいないところで積極的ではないにせよのけ者にしたことも2度や3度では済まなかった。
それが全て破綻したのが2年半ばの負傷であった。ブランクの間に他のメンバーはメキメキ力をつけ、瑛なしでもやっていけるようになっていた。その中には、瑛がかつてバカにしていた面々も含まれていた。
彼女はそれに傷ついた。チームメイトたちを責めれば余計自分がみじめに見えるし、かといってバスケの華をチームメイトたちに奪われた以上、頑張る気力も失せていた。
ヤケクソになった彼女は過食に走った。体重こそ増えていないが脂肪の比率は間違いなく上がっていく。余計パフォーマンスは低下し、結局彼女は部活をやめた。
ただ、部活をやめても彼女の心は晴れなかった。そして、しっかり過食の習慣だけつけて、滋野瑛という女は高校に進学したのである。
キーンコーンカーンコーン。
終業の合図が高等部1年4組にも鳴り響き、美幸が授業の終わりを告げた。
「あっ、やば……」
瑛は汗を吸ったノートを見やる。そこには何も書いていなかった。
「まずいなあ、誰かに内容聞かなきゃ」
そう言いつつも瑛はすぐには動けなかった。内部進学組から瑛はバスケ部でのいじめ(?)行為の首謀者とみなされていることを恐れて積極的に距離を置いてきた。
この春入ってきた外部生の人間の間にもそういう噂が広まっていないとも限らない。それに、新しく入ってきた面々の雰囲気が瑛は苦手だった。
「加古先生に聞くしかないか」
それが彼女の決断だった。多分自分の悪評はあの先生には届いていないはずだと信じながら。