メイド仮面ユウヒ《2》
――学区祭は、四日間を通して行われる。
この期間、学区は全体が祭りに呑まれ、学生が主体となって行われるものだが、それを楽しみに区外からも非常に多くの観光客が訪れるそうだ。
俺は初めての学区祭だが、王都セイリシアの名物の一つでもあるらしく、セイリシア魔装学園にも毎年多くの者がやって来るらしい。
実際、朝に学園へと向かう際、往来にいつもより多くの人が行き交う様子が見え、この後すぐに行われる開幕式を今か今かと待っている様子が窺える。
そう、学区全体で行われる祭りであるため、大々的な開幕式が行われることになっており、レーネ先輩などはそちらに参加しているはずだ。
何か軽くスピーチでもするそうなので、テレビで確認しないとな。
学園の中のみならず、時間が出来たら街の方も見て回りたいものだが――ま、楽しむ前にしなければならないのは、仕事だ。
「――二、三年は勝手をわかっているだろうが、一年は今年のこれが初の風紀委員会としての働きとなる。出来る限りで、上級生達が目を掛けてやれ」
風紀委員会に割り当てられた会議室にて、三年のオルゲイス=イナン風紀委員長がミーティングを進めていく。
ミーティングの内容は、前日にも確認した事項のおさらいのようなものであるため、今日のは本当に軽くの最終確認だ。
――風紀委員は、総勢で四十名程。
上級生の中には、話したことはないものの、対抗戦で見たことのある顔が幾つかあり、そして俺とフィル以外の一年も数人程見受けられる。
ただ、やはり一年の中で専用機を持っているのは、俺達だけのようだ。
ほとんどが新人戦に出場していた面々であり、高い実力を持っていることは間違いないようだが、一年で専用機持ちとなると、自分で言うのもアレだが相当稀有な例なのだろう。
四十人という大所帯の組織であるものの、ぶっちゃけこれでも、セイリシア魔装学園全体の見回りをするとなると、少ないくらいだったりする。
この学園、超マンモス校である上に、敷地もそれに合わせて広大だからな。
しかも、今回は場合によっては学外への応援にも向かう可能性があるらしく、やることは多いのだ。
「昨日の繰り返しになるが、一年は何か困ったことがあれば、すぐに上級生に連絡を取ってほしい。変に遠慮されるよりは、そちらの方が助かる。――さ、今日から忙しくなる。例年と違い、少しおかしなことが起きているという報告もある。皆、気合を入れていけ。以上!」
彼がそう締めくくると同時、皆一斉に動き出す。
一日目午前の見回り当番になっている者は、そのまま準備を開始し、そうでない者はクラスやクラブの手伝いへと向かって行く。
ちなみに俺の担当は、一日目の午前と三日目の午後であるため、この後すぐに見回りだ。
それ以外の時間も、クラスの手伝いは勿論のこと、フィルとシオル、そして千生の三人にそれぞれ共に回るよう言われており、全く暇はない。
つっても、祭りってのは、忙しいくらいが楽しいもんだろう。
彼女らと色々見て回るのが、今から楽しみだ。
何だかんだ俺も、やはりこの学区祭というものに気分が高揚しているらしい。
それじゃあ後でね、とこちらに手を振るフィルと別れた後、俺は今日の見回りを共に行うアルヴァン先輩とキルゲ先輩のもとへ、急いで向かう。
俺は一年生であるためミーティングに参加するよう言われていたが、今日のは本当に最終確認であったため、勝手がわかっている二人はこちらには参加せずにすでに見回りを始めているのだ。
そのルートはわかっているので、早いところ二人に合流しなければ――。
* * *
「――お待たせしました、先輩方」
自分達のところに、仮面を被ったメイド姿の少女が小走りでやって来るのを見て、アルヴァンとキルゲはギョッとして固まった。
聞き覚えのない、低く、だが綺麗な聞き心地の良い声。
女性にしてはかなり背が高く、目元を隠す仮面をしているため顔立ちはよくわからないが、それでも整っているのだろうことが覗いた節々のパーツから窺える。
何か香水をつけているらしく、ずっと嗅いでいたいような良い香りがふわりと漂っている。
思わず顔を見てみたい、と思ってしまうような、妖艶な雰囲気を醸した美女。
現在行っているのは風紀委員としての見回りであり、故に自分達が待っていたのは、ユウヒのはずなのだが……という思いから、アルヴァンは問い掛ける。
「あ、あー……どちらさまで?」
「誰って、ユウヒです」
「…………」
「…………」
アルヴァンとキルゲは、顔を見合わせた。
「……あー、ユウヒ?」
「男、なのか?」
「生物学的には男で合っていますね」
「……朝、チラッとだけミーティングルームを見た時に、見慣れない仮面の女性がいるなとは思っていたが……まあ、学区祭だしな」
「……そうだな」
今が祭りであるということを思い出し、二人は苦笑を溢した後、キルゲが口を開く。
「それにしても……かなり気合の入った女装だな。声を変えているから、本当に女にしか見えんぞ」
「ありがとうございます、キルゲ先輩」
スカートを横にはらりと広げ、優雅に一礼するユウヒ。
非常に洗練された動作で、思わず一瞬ドキリとしてしまい、アルヴァンとキルゲは何とも言えない様子で再度顔を見合わせる。
ちなみにユウヒは、ぶっちゃけ大分自棄になっており、開き直ってメイドとしてやり切る覚悟を決めているのである。
自らの記憶の中にある部下のメイド達の姿を自身に重ね、自分は彼女らだと強く思い込むことで、羞恥心を意識の外に追いやっている状態であった。
「……オホン、とりあえず仕事だ、ユウヒ。開幕式はこの後三十分後に行われる予定だが、すでに迷子の案内や落とし物などの届けが出ている。忙しくなるぞ」
「レイベーク、慣れないことがあれば、すぐに聞け。今朝のミーティングでも言われているだろうが、わからないことを、下手に自分で判断されても困る。まあ、お前であれば、ほとんどの場合は大丈夫であろうが」
「えぇ、お任せください。メイドですので」
メイドだから何なんだ、と言いたくなるような回答に、しかしアルヴァンとキルゲは完全に彼の放つ空気に呑まれてしまっており、ツッコめないのであった。
ノリノリなのである。