メイド仮面ユウヒ《1》
――やって来たその日の、早朝。
俺は死んだ目で、為すがままにされていた。
あぁでもない、こうでもないと白熱した議論を交わす二人に囲まれ、無の境地でやり過ごすこと数十分。
やがて、彼女らの作品は完成する。
「いやぁ、君が散々試着を嫌がり続けて、とうとう今日にまでなっちゃったから、サイズが少し心配ではあったけれど……うん、ピッタリ! 流石僕!」
目の前で、満足そうに何度も頷いているのは、我が幼馴染、フィル。
「えぇ、とても綺麗……やっぱり、ユウヒは顔立ちが整ってるから、そういう恰好も似合うものね。本当に綺麗で……」
そして、ちょっと危ない目で俺を見ているのが、シオルである。
「……シオル、お前、目が怖いぞ」
「大丈夫、大丈夫よ。理性は保っているわ」
そう言って彼女は、さわさわと俺の身体のあちこちを触れながら、確認する。
何故だろうか、女性に触れられたら普通、嬉しいと思うものなのだろうが、今は恐怖しか感じない。
誰か助けてくれ。
――今、俺は、メイド服を着させられていた。
ついに学区祭その日となり、今まで散々逃げていたソレを、とうとう着なければならない日がやって来たのだ。
メイド服に加え、しっかりウィッグまで着け、さらには女性陣の手によって化粧もバッチリ、メイクのノリは抜群である。
これで、俺はどこからどう見てもメイドさんへと変身したのだ。クソッタレ。
ちなみに、下着に関しては……明言しないでおこう。
このメイド服、作ったのはフィルである。
最近裁縫に凝っている彼女の腕前は、生来の器用さからメキメキと上達を続け、今では服すら作れる程になっているのである。
以前に、彼女に「少女趣味っぽくても、別にいいんじゃねーか?」なんて話をしたことがあったが……あれは多大なる失敗であったと、今ならば言わざるを得ないだろう。
あと、二人も今は、執事姿に男装している。
かなり似合う感じなのだが、正直今の俺には、彼女らを褒めるだけの余裕は存在していないのである。
「ゆー、かっこかわいい。おにんぎょうさんみたい」
「……ありがとな、千生」
でもな、千生……俺、その感想は、素直に喜べないんだ……。
「――と、忘れない内に、これ。ユウヒにあげるわ」
「……仮面?」
シオルが俺に渡してきたのは、仮面だった。
口元が露わになっているタイプのもので、少し道化っぽい意匠をしており、左目の下に星、右目の下に涙のようなものが描かれている。
「えぇ、そういうことをしている時、顔を隠しておけると、意外と平静を装えるものだわ。お祭りだし、それくらいは許されると思うから用意してみたのだけれど……どうかしら?」
「お、おう、ありがとう――!?」
とりあえず装着してみた俺は、すぐにそのことに気が付いた。
――自身の声が、男のものではなく、女のものへと変化していることに。
低く、落ち着いた感じのものだが、間違いなく女の声だ。
「……あ、あの、シオルさん? 何かこの仮面、魔法を発動しているようなのですが……」
自分が発しているもののはずなのに、酷く聞き慣れないような、おかしな感覚を味わいながらそう問い掛けると、彼女はコクリと頷いて説明する。
「えぇ、変声魔法の魔術回路を仕込んでおいたの。メイド服と合わせて使えば、友人はともかく、他の人はあなたが本当に女性だと思うはず。大分、恥ずかしさは薄れると思うわ」
「…………あ、ありがとよ、シオル」
どうやら、本当に善意のつもりで用意してくれたらしい彼女に、俺は引き攣り気味の顔で、とても自身のものとは思えない女声で礼を言う。
隣でフィルは、腹を抱えて大笑いしていた。
――ええい、仕方がない、もはや退路は断たれているのだ。
こういうのは、無駄に恥ずかしがるから、恥ずかしいのだ。
毒を食らわば皿まで。
いや、ちょっと違うか?
まあいい、とにかく今から俺は、完璧なるメイドである。
思い出せ。
我が魔王軍にも、雑事の一切合切を取り仕切るメイド達がいた。
戦争中でありながら、彼女らは何が起きても恐怖で怯えることなどなく、常に平静を保ち、プロ意識の下に惚れ惚れするような手腕を発揮していた。
非常にカッコよく、彼女らの支えがあったからこそ長い戦争に耐えられている、などという意識すら俺達の間には形成されていたものだ。
つまり、今から俺は、彼女らのようなプロになり切るのだ。
それが仕事であると、胸を張って堂々とするのだ。
我らが魔王軍に、不可能は無し。
「魔王軍万歳、我らに後退はなく、どこまでも前進するのだ……!」
「……ユウヒ?」
「あ、気にしないでいいよ、シオル。ユウヒはおかしくなると、脳内に魔王軍が発生するんだよ」
「……そう。ちょっと可哀そうになってきたわね」
「まおうぐん、つよそう」