学区祭準備《2》
学区祭の準備に向けてのクラスでの準備を手伝った後、次に俺が向かったのは、いつもの格納庫。
整備部の手伝いである。
「こんちはー!」
「ユウヒ君、こんにちは」
「あぁ、来てくれたか、ユウヒ君」
俺を出迎えてくれたのは、カーナ先輩とレツカ先輩の二年生コンビ。
格納庫内を見ると、彼女ら以外の機工科の生徒達も多く動いており、いつもより数倍活気のある様子だ。
彼らもきっと、学区祭でイルジオンに関連した何かしらのことをするのだろう。
デナ先輩とアルヴァン先輩の姿は見えないが……あの二人のことだ、多分すげー忙しいんだろうな。
「ねぇ、レツカ……これ、私、恥ずかしんだけど」
「本番はそれに乗って動いてもらうんだ、今からそんなことを言っていたら持たんぞ」
どうやら、カーナ先輩用のイルジオンの調整を行っていたようだが――。
「おぉ、いいっすね! カーナ先輩、すげーかっこいいっすよ!」
彼女のイルジオンには、相当のカスタムが為されていた。
簡単に言うと、一回りゴツくなっている。
見た感じからすると、恐らくスピードを相当に意識しているのだろう。
ドデカい追加ブースターが背面に装備されており、それを整えるような形で幾つかの装備が追加されている。
これはもう、航空機、とまで言ってしまった方が近いだろうな。
レツカ先輩が言っていた、『オプショナルアーム』と呼ぶことになったらしい追加武装の一種だろうが……これ、スピードは出そうだが、イルジオンという機械が持つ機敏な動きは発揮出来なさそうだな。
「これは、スピードフォルムって感じっすか?」
「あぁ、君やフィル君などを見ていて思ったのだが、やはり『速度』の持つ戦略的優位性は他と一線を画す」
「そうっすね……速いってのは、それだけで強いっすからね」
俺の言葉に、彼女はコクリと頷く。
「君のように、そこに『堅牢さ』が合わさるともはや敵無し、といった感じだが、君程の防御の高さを装備で再現しようとすると、どうしても重くなってしまう。いずれは両方ともを合わせた機体を造りたいところだが、今どちらを取るかと言ったら、やはり速度だな」
「けどこれ、カーナ先輩の装備。速そうではあるっすけど、小回りは利かなそうっすよ?」
「その通りだ。だから、これは本当にスピード特化の機体だな。戦闘用というよりも、どちらかと言えば移動用という側面の方が強い。空気抵抗を抑え、ただ速く目的地へと到達することを目指したものだ」
「なるほど……ぶっちゃけたところ、コンセプト機、って訳っすか」
「うむ、本当にこれが上手く使えるのかどうかはまだ謎だが、一応造ってみたってところだな」
コンセプト機。
本当にそれが有効なのかどうかはまだわからないが、こういう方向性のものはどうか、と提案するための機体である。
オプショナルアームというものは生まれてから日が浅いため、まずそういうものが必要になる訳だ。
「……私、この大きいのに乗って人前に出るの……」
「何でもいいと言ったのは君だぞ」
「過去の自分を恨みたいよ……」
「あー……頑張ってください」
彼女らのやり取りに、苦笑を溢す。
ただでさえ我の強い、もう自分の好きなことに一直線って感じの整備部の面々の中でも、突出して常識人と言うべきか、ちょっと恥ずかしがり屋な面のあるカーナ先輩である。
そりゃあ、もう、こんなゴツいイルジオンに乗って人前に出るのは、彼女にとってどうしようもなく恥ずかしいことなのだろう。
ちなみにだが、俺の方は整備部として、我が専用機『禍焔』の披露を学区祭で行うことになる。
あれはレツカ先輩だけが製作した訳ではなく、彼女の所属するところで造ってもらった機体であるが、今回のレツカ先輩の開発品発表会は、一般の企業も見に来る可能性が高いため、そこで一緒に発表してくれと言われたのだそうだ。
脅威度『Ⅹ』の魔物の素材を使用したイルジオンであり、彼らとしても非常に高いスペックの機体を生み出すことが出来たから、自社を宣伝してほしいそうである。
俺の兄弟機であるフィルの『デュラル』の方も、実は一緒に発表することになっており、彼女が整備部への協力を快諾してくれたので、専用機を見せる時は二人で立つことになる。
そこに関しては、アイツも忙しいだろうに、感謝だな。
「レツカ先輩、俺は何をすればいいっすかね?」
「カーナの装備の点検を進めたい。私は計器を見て確認していくから、君は私の指示に従って調整を行ってほしい」
「俺が調整でいいんすか?」
「君も大分上手くなったのは知っているからな。任せよう」
「了解、ボス。頑張りますよ! じゃ、失礼しますね、カーナ先輩」
「もう好きにしてください……」
若干達観したような様子の彼女に、俺は笑い、レツカ先輩の指示に従って調整を開始する。
「――あ、そう言えばユウヒ君、風紀委員会に入ったそうですね? どうですか、そっちは?」
「アルヴァン先輩などを見ていると、かなり忙しそうだし、やはり大変か?」
「いやぁ、そうっすねぇ。まあ専用機持ちの義務らしいんで、やれるだけやろうとは思ってますけど、覚えることが多くて」
手を進めながら、そう答える。
風紀委員会は、他の委員会とは少し毛色が違っている。
まず、委員会の兼任をすることが可能だ。
風紀委員会のまず一番の基準が力があることなので、元は他の委員会に入っていたが、専用機を貰える程の実力になったので同時に風紀委員会入りする、ということがあり得るため、そういう風になっているのだそうだ。
その関係で、風紀委員会がやる仕事は少なくされており、こういうイベント時の見回りなどが基本となる。
――が、かと言って覚えることが少ない訳ではないのだ。
例えば、揉め事を見つけた時。
どういう手順で声を掛け、どういう場合ならば実力行使に出ていいのか。
例えば、不審者を見つけた時。
その声の掛け方や、何が怪しいと見たら通報して良いのか。
要するに、事故防止のための規定だ。
実力行使が許されている以上、間違っても事故を起こす訳にはいかず、だが逆に動くべき時に動けず、危険を抑えられないのも本末転倒であるため、その線引きを厳しく教わる訳だ。
面倒なことだが……まあ、懸念するところはわかるしな。
「ま、ユウヒ君は物覚えが良いから、少しすればすぐに慣れるだろうさ。仮に何か揉め事に遭遇しても……何と言うか、相手側の方が可哀想だしな」
「喧嘩両成敗とか言って、両方とも戦闘不能にしそうね」
「おっと、酷いっすね、先輩方。俺だってちゃんと人の話は聞きますよ? 話を聞いてから、制圧します」
「制圧はするんだな」
「話を聞いた意味は……」
「――ははは、まあそういうことになる日もあるだろうが、なるべくなら穏便に終わらせてくれよ?」
と、俺達の会話に参加するのは、アルヴァン先輩。
「お、アルヴァン先輩」
「すまん、遅れた。俺も手伝おう。レツカ、何をすればいい?」
「では、ユウヒ君と同じ作業をお願いするよ、アルヴァン先輩」
そうして彼もまた作業に参加し――。
「お疲れー! これ、差し入れ。溶けちゃうから、先に食べて!」
少しして、デナ先輩もまた俺達と合流し、どうやらアイスを買ってきてくれたらしく、近くの作業テーブルに置く。
俺達は一旦作業を中断すると、それぞれ礼を言って食べ始めた。
――学区祭まで、残り数日。
次回、学区祭!