見回り《3》
風紀委員会に割り当てられている、学園内の部屋の一つ。
中にいるのは、実際に遭遇した俺、アルヴァン先輩、キルゲ先輩の三人に加え、こういう学内での揉め事を一身に担っているらしいガルグ担任と、生徒会長であるレーネ先輩。
そして、風紀委員長である三年の男子生徒、オルゲイス=イナンの、計六人だ。
「……レイベークの言う通りだった。『魔道具研究部』の造っていた魔道具は、本来何かしらのパフォーマンスを行うだけの装置だったようだが、外部に後付けされていた機構があった。――それが、これだ」
そう言ってガルグ担任は、コト、とそれをテーブルの上に置く。
大きさは、手のひらに収まる程度。
何か滑らかな材質の、箱状のものが本体であるようで、そこから数本のコードが垂れている。
恐らく、このコードを生徒が造った装置の魔導線に繋ぎ、魔力を盗んで洗脳魔法を発動していたのだろう。
「……見てもいいっすか?」
「あぁ」
俺はその機構を手に取り、隅々まで確認する。
箱状のものの中を開くと、見たことない形式の魔術回路が刻まれ、それを出力するためのものと思われる機械部品が見受けられるが……これ、問題は、箱自体か。
この手触り。
間違いない、これは――。
「……人骨、っすね」
「そうだ。最悪なことにな」
ガルグ担任が頷き、誰かが息を呑む。
……人の骨や肉なんかの素材で造られた魔道具は、非常に高性能なものとなる。
それは、ヒト種が体内に魔力を有し、絶えず循環させているためそれとの親和性が高いから、というのが理由なのだが、どういう訳か、同じように魔力を有している魔物の素材を使用した時よりも、効果が圧倒的に上であることが多いのだ。
あの少女が、『音』という単一の要素のみで洗脳に掛かってしまったのも、頷ける話だろう。
だが、当然そんなものを、普通の神経をした者は使わない。
大概が、頭のイカれた異常者が、イカれた『禁術』を発動するために使用するのだ。
――禁術として指定されている魔法は、幾つか存在する。
例えば、人の命を丸ごと消費して発動するような、呪術系統の魔法。
死者を蘇らせ、使役する死霊術。
一度発動してしまえば、万単位で人が死ぬ可能性がある魔法。
今回使われた洗脳魔法なども、禁術として扱われる最たる例であり、仮に政府中枢の人間、この国だったらセイローン国王なんかを支配下に置いてしまえば、もはや政治は思いのままである。
実際過去には、悪人によって国王や皇帝なんかが傀儡となってしまい、悪徳の限りが尽くされた時代などが存在したそうで、そんな時代を繰り返さぬために、近代社会へと突入する際に世界的に禁術として指定され、二度と使われることがないよう非常に厳しく取り締まられるようになったのだ。
前世にも似たような魔法は存在し、俺もその対策は万全に行っていた。
解呪系の魔術回路を仕込んだ指輪を嵌めたり、定期的に診断を行い敵の傀儡となっている者がいないかどうかを判別していた。
実際、それで何度か洗脳魔法に掛けられた兵や将校も発見しており、その度に冷や汗を掻いたものである。
「……学区祭の準備で開かれた環境を利用し、何者かが学内に侵入してそれを仕掛けた、ということですか。もしくは、学内の者が行ったか」
低い、落ち着いた声音で、風紀委員長であるオルゲイス先輩がそう呟く。
彼とは二言三言、言葉を交わしたことがあるくらいだが、あまり多くは喋らない、物静かな先輩だ。
所属は魔導学部で、魔法の研究などを中心に学んでいるそうだが、割と武闘派らしい風紀委員会のトップとして選ばれている以上、確かな実力は持っているのだろう。
その内、見てみたいものである。
「……今は、一般団体や業者のような者が多数出入りしている。警備も増やしてはいるが、万全とは言い難いため、外部から這入り込んだ者による仕業だと思うが……そうでない可能性の方は、あまり考えたくないものだ」
「……意図が理解出来ませんね。何が理由で、あんなところに洗脳魔法の装置を仕掛けたのかしら……」
ガルグ担任の言葉の後、険しい顔で考え込むレーネ先輩。
彼女の言う通り、その意図が理解不能だ。
あんな、発覚しやすいところに無造作に洗脳魔法の装置を仕掛け、いったい犯人に何の得があるというのか。
こんなことをされれば当然こちら側は重く警戒するし、学園も警備員の増員を行ったりするだろう。
何か目的があるのなら、それもやりにくくなってしまうはずだ。
愉快犯と言うならば、やることがあまりに重過ぎる。
洗脳魔法は使用が発覚し次第、その術者に極刑が下る可能性が高い。
禁術に指定されている、というのは、伊達ではないのだ。
「……フン、大方、イカれた宗教家が何かの儀式のための行ったのではないか? 頭のおかしい者の考えなど、普通の者には理解出来ないだろうよ」
相も変わらずキツい口調のキルゲ先輩だが、ガルグ担任は彼の言葉に頷く。
「乱暴な言い方だが、エーロンドの言葉も一理ある。犯人がどうしてそんなことをしたのか、などという理由までを考えるのは、警察に任せるとしよう。イナン、風紀委員達には、捕縛目的ではない杖の装備を。我々教師陣も警戒し、警備も最大限重いものにしておくが、念のためだ」
「了解しました」
「エリアル、公爵閣下に事の次第の説明を頼めるか。学園からも話が行くと思うが、その時スムーズに意思伝達が行えるようにしたい」
「はい、わかりました。父には私から話しておきます」
それからも、彼らによって話は進められていき――と、隣に立っているアルヴァン先輩が、俺へと話し掛けてくる。
「……ユウヒ、珍しく怒ってるみたいだな」
「ん、いや、ちょっと……」
俺は、誤魔化すようにそれだけを答える。
――俺には、心底から嫌いな魔法が二つ存在する。
それが、洗脳魔法と、死霊術だ。
生きた者、そして死した者の尊厳を踏みにじり、弄ぶのがその二つの魔法だ。
決して、許していいものではない。
……いい度胸じゃねぇか。
俺の生活空間でそれを使いやがって、クソ野郎め。
是非ともソイツには、責任を取ってもらうとしよう。
フゥ、と一つ息を吐き出した後、わざと冗談めかした口調で俺は口を開く。
「それにしても、高等部って大変っすねぇ。毎年こんなんなんすか?」
「だとしたら世の学生は大変だな。まあ俺としては、お前が学園に入学してから、色々と起こっているように感じるがな?」
ニヤッと笑う彼に、俺は肩を竦める。
「おっと、気付いちゃいました? 実は全ての陰謀はこの俺が企てたもの。俺は世界を恐怖と悲鳴で染め上げるためにやって来た、魔王だったんすよ」
「はは、なるほど。それなら、ユウヒを抑えられるフィルちゃん辺りは、さしずめ勇者ってところか?」
正解。