見回り《2》
「風紀委員だ、どうした」
「落ち着け、何があったんだ?」
言い争いをしている者達の元へと、すぐに駆け付ける二人の先輩達。
見ると、二つの生徒達の集団の内、片方の集団に何やら具合が悪そうな、中腰で頭を抱えている一人の女生徒がおり、そちらがもう片方の集団を責めているようだ。
何か、具合を悪くさせてしまうようなことを、責められている側がしたのだろうか?
「コイツらが造った魔道具のせいで、アンリが急に苦しみだしたんだ!」
「ち、違う、こんな機能は追加していない! 何かの間違いだ!」
「間違いだあ? 実際彼女はこうして倒れそうになっているのに、よくそんなことが言えたもんだな!!」
すぐ近くに、学区祭用に造っていたのか何か大きな装置が置いてあり、この騒動はそれが原因であるらしい。
「やめろ、そんな言い争いはどうでもいい! 今はそれよりも先に、その少女の容態をどうにかするのが先だろう!」
「まあ落ち着け、キルゲ。とりあえず、女生徒の具合は?」
キツい口調のキルゲ先輩の次に、少し穏やかな口調でアルヴァン先輩が続ける。
あの二人、意外と良いペアなのかもしれないな。
悪い警官と良い警官じゃないが、見事に飴と鞭で分かれていて、聞き込みとか非常にやりやすそうである。
キルゲ先輩に言ったら睨まれそうだが……いや、この様子だと、二人もそれをわかってやっているのか。
キルゲ先輩が荒く詰った後に、チラリとアルヴァン先輩に目配せしていたので、どうやら話をスムーズに進めるために、役割分担してわざとそうしているようだ。
あの年齢で、自身を完全な『悪者』として扱えるとは、大したものである。
キルゲ先輩、俺が思っていた以上に大物なのかもしれない――なんて、呑気に思っていた時だった。
具合の悪そうな女生徒の顔が、俺の視界へと入ると同時、意識が一瞬で戦闘態勢へと移行する。
――マズい。
自意識とは別に動いているように見える、女生徒の魔力の循環。
それが一つの魔法を形作り、彼女の肉体を支配している。
洗脳魔法だ。
何がどうなってそんな状態になっているのかはわからないが、あの魔力状態では、もはや本人の自意識は存在していないと思われる。
あとは、術者の思い通りに動くだけ。
「離れろッ!!」
そう、俺が声を荒らげるのと、ほぼ同時だった。
今までフラフラだった女生徒が、突如機敏に動き出したかと思うと、一番近くにいたキルゲ先輩へと襲い掛かる。
恐らく、何かしらの攻撃命令が洗脳魔法の中に入力されているのだ。
ただ、彼もまた風紀委員を任されるだけあり、驚きながらも瞬時にデバイスに魔力を流し込んで『スタン』を発動させ――が、不発に終わる。
「何ッ!?」
いや、魔法はしっかりと発動したが、ビリッと一瞬動きを止めただけで、彼女が再度動き出したのだ。
元々、意識がない状態である。
操り人形だけに攻撃を加えたところで、如何にその行動を止められようものか。
スタンが効果を為さなかったことで、どうしようもなく隙を晒してしまったキルゲ先輩へと、女生徒は攻撃した。
それは、噛み付き。
「ぐっ……!」
とっさに顔の前にやった先輩の腕へと女生徒の歯が食い込み、鮮血が迸る。
とても理性的とは言えない攻撃だが――いや、実際に理性が飛ばされた状態であるからこそ、そうなってしまっているのか。
本能が剥き出しの状態になっているから、ヒト種が獣だった頃から持っている原始的な攻撃方法、『噛む』という手段を用いているのだろう。
「キルゲ!!」
呆然と固まっている周囲の生徒とは違い、即座に動き出したアルヴァン先輩がキルゲ先輩から女生徒を無理やり引っぺがして押し退け、『バインド』を発動。
が、正直ちょっと怖い動きで彼女はそれを回避し、今度はアルヴァン先輩へと襲い掛かる。
しかし、彼は冷静だった。
「来いッ!!」
声を掛け、自らへと彼女の意識を集中させ――そこに、俺が突っ込んだ。
彼は、俺の動きが見えていたから、わざと気を引いてくれたのだ。
おかげで簡単に女生徒の背後へと回り込めた俺は、彼女の頭部へと両手を添える。
この少女は今、彼女自身の魔力が原動力として勝手に使用され、魔法が発動している。
だから洗脳を解くには、その魔法の構造を崩してやる必要がある。
使うのは、フィルが肉弾戦においてよく使用するもので、『魔浸透』と呼ばれる技。
自身の魔力を相手へと無理やり流し込み、相手の魔力循環を狂わせる攻撃だ。
俺の十八番の一つである『魔力刃』とよく似ているが、まあ実際ほとんど同じようなもので、ゼロ距離でそれを行うか、遠距離攻撃としてそれを行うかの差があるだけだ。
意識のある者にやれば体調を狂わせ、昏倒させることが可能なこの攻撃は、彼女のような洗脳下にある者にも有効に働く。
後遺症を残さないため、魔法の形だけを崩すよう慎重に、だが慎重にやり過ぎて洗脳の解除に失敗し、彼女を無駄に傷つけることにならないよう威力をミリ単位で微調整して、魔浸透を打ち込む。
何かの抵抗があった後、それが砕ける感触。
すると、少女は一瞬ビクンと身体を跳ねさせ、全身から一切の力が抜けてその場に崩れ落ちそうになるが、その前に腰へと腕を回し、支える。
「んっ……んぅ……」
魔法が解けたことで自意識が蘇ったのか、女生徒は数度瞳を瞬かせ、ぼんやりした様子で俺を見る。
「……あ、あれ? ここは……え、き、君、誰? 何で私、抱えられてるの?」
自身の状況に彼女は顔を赤くするが、正直その相手をしている余裕はないので、無視して問い掛ける。
「俺は一年のユウヒ=レイベークです。名前と学年を聞いても?」
「わ、私はアンリ=エクトル。二年です」
「先輩はどこの学園の生徒で、何の準備をしていましたか?」
「えっ、せ、セイリシア魔装学園の生徒で、学区祭に向けた準備を……あの、この質問の意味は……?」
記憶に混濁はなし。
よし、後遺症はないな。
俺の攻撃も合わさり、魔力の流れが多少乱れてしまっているが、一時間もあれば平常に戻るだろう。
「じゃあ、先輩、もう一つ。いったい、最後に何を覚えてますか?」
「最後……え、えっと、何か変な音が聞こえて、何だろうって思ったところで……」
音。
五感を用いて発動するタイプの洗脳魔法だな。
「何かを見たり、変な臭いを嗅いだりは?」
「え? してないけど……」
……音のみか。
聴覚や視覚、嗅覚などの五感に干渉し、発動するタイプの洗脳魔法は、普通複数の要素を用いて仕掛けるものであり、単一では効果が薄くなる。
音という要素だけでここまでやらせるのは、難易度が跳ね上がるのだが……。
「……レイベーク。今のは、やはり……」
近くの水道で血を流していたキルゲ先輩が、そう問い掛けてくる。
「……はい、洗脳魔法ですね。アンリ先輩は、多分その装置によって、誰かの洗脳下にありました」
今回の騒乱の原因らしい、生徒達が自作した魔道具。
それが、何かしらの洗脳魔法を発動したと見て、間違いないだろう。
この場にいた者達が、一斉に魔道具の制作をした生徒達の方へと顔を向け、厳しい視線を向けられた彼らは狼狽え、顔面蒼白になり――だが、俺は首を横に振る。
「先に言っておきますが、多分その人らじゃないです。この魔法は、学生が扱えるレベルのものじゃない。それこそ……」
そこで一度口をつぐみ、俺は別のことを言う。
「……いや、とにかく、まずはキルゲ先輩とアンリ先輩を保健室に連れて行きましょう。あ、そこの機械、壊さないでくださいね。害意を持ってそちらさんが何かを仕込んだとは全く思ってませんが、けどそれ自体に何かされている可能性はあるんで。誰か、先生を呼んできてください」
そうして、状況に呑まれていた各々もまた動き出す。
ある者は教師を呼びに行き、この場にいた数人の女生徒がアンリ先輩を心配そうに見ながら保健室へと連れて行く。
俺とアルヴァン先輩もまた、結構深く噛み痕の残っているキルゲ先輩を連れ、同じように保健室へと向かい――その時、人目を気にしながら、キルゲ先輩がポツリと俺に問い掛けた。
「……レイベーク。お前がさっき言い掛けたのは――『禁術』、か?」
「……やっぱり、そうなのか?」
こちらを見る二人に、俺は険しい表情で答える。
「……確証はないっすけどね。ただ、他者の意識を奪い、操るとなると、もうそのレベルと判断してもいいかと」
――禁術。
あまりにも残酷で、邪悪であるため、それを使ってはならないと国際的に定められた魔法である。