見回り《1》
明日からなるべく八時投稿に戻します!
けど、今後時間に間に合ってなかったら、あぁ、まだ書き終わってないんだなと思ってくれ。
学区祭が近付くにつれ、セイリシア魔装学園内は盛況さをどんどんと増していった。
対抗戦の時も中々に騒がしかったが、こっちは学園内のほぼ全員、いや学園外の者達すらも参加するためか、あの時よりも学園を覆う熱量は上だと言えるかもしれない。
学区祭本番よりも、この準備の時期が一番楽しいと言う友人すらもいたが、その気持ちも正直よくわかる。
日常から非日常へとシフトするこの混沌とした空間が、心をワクワクさせるのだ。
俺もまた、どことなく気分が高揚しているのを感じる。
前世じゃあ祭りなんて滅多にやれなかったから、空き時間や授業終わりに集い、ガキみたくはしゃぎながら準備を進めていくのが、どうしようもなく楽しい。
こういうのにあまり参加したことがないのは、フィルも同じだろうし、シオルもまたそうだろう。
あの二人も、俺と同じくそういうものを楽しむだけの余裕は、今までなかっただろうからな。
……いや、俺とフィルはこちらの世界に来てから色々と楽しめるようになっているから、多分シオルが一番、こういう祭りとは無縁だったのではないだろうか。
彼女には当日、是非とも心から楽しんでもらわないとな。
と、周囲を見回して祭りの準備の空気を楽しんでいた俺を、メガネを掛けた切れ長の目をした男子生徒が、厳しい口調で注意する。
「おい、レイベーク。あまりキョロキョロするな。仕事中だ」
「うす、すんません」
「キルゲ、あまり言ってやるな。ユウヒは今回が初めての学区祭なんだ、そりゃあ色々興味も引かれるだろうさ」
共にいるアルヴァン先輩が、メガネの男子生徒――キルゲ先輩をそう窘める。
彼の名は、キルゲ=エーロンド。
三年の機龍士科で、俺達と同じく専用機持ちの先輩だ。
こんな感じでよく注意してくる、一言で言って口うるさい人なのだが……正直俺は、この先輩が嫌いじゃない。
というのも、キルゲ先輩は他者に厳しいが、それ以上に自分に厳しい人だからだ。
要するに、何事にも手の抜けない、ストイックな人なのである。
と言っても、別に冗談がわからない訳ではなく、普通にふざけたりもするのだが。
専用機持ちであるため対抗戦の選手としても出場しており、その頃にキルゲ先輩のことは知ったのだが、彼の練習風景を見てそのことはよくわかっている。
まあ、言葉がキツいことは確かなので、あんまり人に好かれないであろうタチであることは、否定出来ないのだが。
また、『エーロンド家』は伯爵家であり、なので彼もまた俺と同じく貴族の跡取りという訳だ。
アルヴァン先輩に聞いたところ、その家庭の教育方針でそんな厳しい人になったのだとか。
「アルヴァン、お前は甘い。今は当日のために見回りの順路を教えているところだろう。しっかり覚えさせんと、本人が一番苦労することになるぞ」
「大丈夫っす、ここまでの順路は記憶してるんで。あ、キルゲ先輩、これ、先輩んとこの出し物っすよね。なかなか楽しそうじゃないっすか!」
壁のポスターを指差すと、彼はため息を吐き出す。
「……ハァ、全く。俺を前にして、そこまで我を通せるというのも、珍しいものだな」
「はは、何だ、キルゲ。自分がとっつきにくい人間だとは自覚しているんだな?」
「……フン、事実は事実であろうよ」
「けど俺、先輩のことはそんな嫌いじゃないっすよ? 面倒見良いし。なんで、先輩のクラスに遊びに行ったら相手してくださいよ」
「わかったわかった、だから今はこっちに集中しろ」
呆れたようにそう言うキルゲ先輩に、アルヴァン先輩がからからと笑った。
――今、俺達がしているのは、見回りである。
いや、正しくはキルゲ先輩の言ったように、その順路の確認か。
全然知らなかったのだが、専用機持ちは風紀委員会のような、生徒自治に関連する何かしらの組織に必ず所属しなければならず、それで俺もまた風紀委員会に参加することになったのだ。
同じく専用機を貰ったフィルもまた、そこに入っており、今頃他の先輩に順路を教わっていることだろう。
専用機を持つということは、この学園の生徒にとっての憧れであり、目指すべき場所である。
故にすでに専用機を持っている者達は、生徒達に目指すべき模範として見られねばならず、その力を適切に使えるようにと、そういう仕事が割り振られることになっているらしい。
そうして風紀委員会に所属することになった俺は、来る学区祭に向け、その際の見回る順路を先輩二人と共に確認している訳だ。
これで、学区祭当日はクラスの出し物、整備部での出し物、この見回りと、なかなか大変だ。
ぶっちゃけ面倒だが、そういう制度になっているのなら、仕方がない。
大人しく仕事をするとしよう。
ちなみに、仮に何か魔法を使って暴れているような生徒がいた場合、風紀委員はそれを止めなければならないため、俺達は三人とも『杖』を持たされている。
杖、と言っても木製の棒みたいなのを持っている訳ではなく、正しくは『魔法補助デバイス』である。
昔からの名残で、そう呼ばれているのだ。
手のひらに収まる程度の大きさをしたこれは、その名の通り、魔法発動を補助するための道具だ。
杖には大きく分けて二種類のものが存在し、術式の補助のみを行うデバイスと、物に予め刻み込まれている術式――『魔術回路』に魔力を流し込んで特定の魔法のみを発動可能なデバイスがある。
前者は汎用的に魔法が使いやすくなるというメリットがあり、そして後者は使用可能な魔法が限定されるが、しかしそれに限っては非常に素早く発動可能になるというメリットがある。
どちらがより優れている、なんてことはなく、現代の魔法士は場面場面によって両方ともを使い分けているのだ。
イルジオンにも両方のタイプの機構が組み込まれており、それを『魔導演算回路』が統制し、適切に魔力を流し込んで使用可能にしている。
魔導演算回路がイカれればその切り替えが出来なくなり、まともに飛べなくなってしまう、という訳だ。
「これー……渡されましたけど、使う機会本当にあるんすか?」
現在俺達が持っているデバイスは、特定の魔術回路が刻まれているタイプのもので、使える魔法は『スタン』と『バインド』の二つのみ。
スタンが対象に電撃を流し込み行動不能にさせる魔法で、バインドが対象を縛り上げるという魔法だ。
つまりこのデバイスは、捕縛することのみを目的とした杖、ということである。
「こうは言いたくないがな。正直、ある。俺も何度か使わなければならないことがあった」
「あぁ、アルヴァンの言う通りだ。この学園のみならず、当日は他所の者が学園内にやって来る。ここは高等部という子供のための教育施設だが、かなり本格的な魔法研究施設や外では見られん論文なども置いてあるため、それを目的にした犯罪者が這入り込むことがあるのだ。学生の施設だからこそ、警備が甘いだろうとな。お前も、油断はするんじゃないぞ」
「へぇ……なかなか面倒そうっすね」
なるほど、それで俺達みたいなのが風紀委員をやることになっている、と。
専用機持ちは、実力があるからこそ持たされている訳で、ある程度荒事にも対応出来るだろうと判断されているのだろう。
初めてレーネ先輩と会った時、生徒会や風紀委員会に関しての話をちょろっと聞いたことがあったが、やっぱ本当にそういうのがあるんだな。
――そうして、先輩達に風紀委員会に関して色々と聞きながら、見回りの順路を歩いていた時だった。
数人の生徒達が、何か揉めている場面に遭遇したのは。




