慣らし運転《2》
慣らしを行っていたのは学園付近の空であったため、すぐに一度戻って装備を更新した俺達は、再度海上を飛んでいく。
『……専用機だから、というのもあるだろうけれど、流石の速度ね』
共に飛んでいるのは、シオル。
俺達を待ってちょうど格納庫にいたので、彼女もまた共に出撃することになったのだ。
乗っているのは、セイリシアの通常機であるエール型イルジオンではなく、ルシアニア連邦で運用されている『カルーシ型イルジオン』だ。
カルーシ型は拡張性が非常に高いのだが、彼女の機体もまたかなり手を加えられているようで、相当なカスタムを施されているのが一目見て理解出来る。
専用機、とは言えないだろうが、限りなくそれに近い状態ではあるだろうな。
デナ先輩を含む機工科の生徒達が面白がって、色々装備を確認したり、シオルに許可を貰って幾つか解体したりしていた。
あの機体は、彼女が本格的にこちらの国に留学することになった段階で、国許で使用していた一機を向こうの学園が送ってくれたそうだ。
向こうの学園は、随分とシオルを大事にしてくれている……と言うか、大きな声では言えないのだが、どうやら彼女が所属する学園の理事長は、例の第00旅団の団長、ヴォルフ=ラングレイと親交があるのだそうだ。
多分、何か言い含められているのだろう。
ちなみに今、他の生徒は出撃していない。
魔物の推定脅威度が『Ⅲ』であるため、三人でもどうにかなるだろうという学園の判断だ。
「シオル、少し速度落とすか?」
『いいえ、ユウヒとフィルと共に行きたいもの。このままでいいわ』
「……わかった、お前がそう言うならそうしよう」
『フフ、そうだね』
彼女の決意らしい言葉を聞き、俺達はスピードを落とさず、そのまま海上を飛んでいく。
まあ、実は最初からすでに多少落として飛んでいるのだが、それを言うのは野暮だろう。
機体性能に差がある以上、速度に差が出るのも当たり前の話だしな。
『ユウヒ、ようやく魔導ライフルでの実戦だね』
「おう、二人に鍛えられたかんな、今こそその成果を見せる時!」
『ん、楽しみだわ』
そう、俺は今、いつものように千生を入れたブレスレットを腕に嵌めているが、実は珍しく魔導ライフルも装備している。
ここのところ、ずっと射撃訓練を行っていたので、良い機会だからその成果を試そうと思うのだ。
ブレスレットの中から流れ込んでくる、『いつき、つかってくれないの?』という意思に何度か折れそうになったが、とりあえず「今日だけ、今日だけだから」と説得し、こうして出撃してきたのである。
――と、それから少しして、ピクリとシオルが何かに反応を示す。
『二人とも、いたわ』
「お、シオル、こっからもう見えんのか?」
『ん~、僕もまだ見えない』
『鬼族は身体能力には自信があるから。このままの方向、多分二人にもすぐに見えるわ』
その彼女の言葉通り、数分もせずに遠くにある点が俺達にも見えてくる。
――魔物は、『レッサー・ワイバーン』。
亜龍種と呼ばれる、『龍種』の近親種として扱われている魔物だ。
ただ、近しくはあっても龍種と亜龍種の間には比ぶべくもない強さの差が存在し、しかもコイツは『レッサー』なので、その中でも相当弱い。
具体的には、同種の中でもかなり体内魔力量が低いのだ。
それでも昔は脅威度『Ⅳ』はあったそうだが、イルジオンという兵器が生み出され、コイツらの強みである『翼』をヒト種が獲得したことでそんなに脅威ではなくなり、今では『Ⅲ』に落ち着いているのである。
機動性が高いのを除けば、ただの火を噴くトカゲだしな。
コイツ程度の火じゃあ、イルジオンの魔力障壁は突破出来ないし。
「レツカ先輩、目標を確認、攻撃開始します」
『了解、君達ならば大丈夫だとは思うが、油断だけはしないように。危険と判断したらすぐにこちらに連絡を入れ、逃げてくれ』
慣らしを行っていた時からの流れで、そのままサポートに付いてくれている彼女に連絡を入れ――そして俺達は、戦闘を開始した。
と言っても、フィルとシオルは攻撃は基本的に牽制のみで、いつもより大分動きが大人しい。
俺が訓練の結果を発揮出来るよう、抑えてくれているのだ。
二人の武器はいつも通りで、フィルがマキナブレードに魔導ライフルの二つ、シオルが対物魔ライフルである。
万全のお膳立ての中、俺はこれまで学んだ教えを脳内で反芻しながら、魔導ライフルの弾をばら撒く。
射撃訓練とは違い、動いていないと当然向こうからも攻撃が来るため、俺は飛んで逃げながら銃撃を続け――。
「…………」
が、当たらない。
全然狙い通りに弾が飛んでいかない。
自分も動き、相手も動き、そのせいで上手く狙いが定まらないのだ。
銃使ってる奴らは、全員こんな中で弾を当ててんのか?
初めて実戦で銃を撃っているが、よくこんな高機動の中で命中させられるものである。
マガジンを一つ使い切り、二つ使い切り、だが全然当たらず、ぶっちゃけちょっとイラっとし始めながらリロードしていると、見かねたシオルが声を掛けてくる。
『ユウヒ、落ち着いて。的は大きい、当てるのは難しくないわ』
「お、おう!」
内心で、シューターに対する畏敬の念を抱きながら返事をし――その時だった。
「ギャアアッ!!」
「おわっ!?」
恐らく奴は、いっちゃん弱いのが俺だと判断したのだろう。
翼を羽ばたかせ、突如急加速し、俺に向かって突進。
いつもなら簡単に避けられたであろう攻撃だが、慣れないことをしている最中だったせいか、俺は回避をミスって直撃。
こんな奴の突進を多少食らったところで、俺の魔力障壁は揺らぎもしないものの、変な角度で攻撃を受けたせいで姿勢制御が崩れ、下方向へ向かって加速してしまう。
『あっ!?』
『ユウヒ!?』
ザバァン、と水飛沫をあげ、俺は機体ごと海の世界に落ち、空中とはまた違った浮遊感が全身を包み込む。
魔力障壁があるため、海水が這入り込んでくることはないが……。
…………。
「――よし、わかった」
海中で体勢を立て直した俺は、可変式ウィングへとしこたま魔力をぶっ込み、一気に海上へと飛び上がる。
「わかった、わかったよクソッタレがよォッ!!」
「ギャアァッ!?」
そして――飛んでいたトカゲ野郎を、銃身で殴った。
速度の乗った一撃に、奴が悲鳴をあげ、吹っ飛んでいく。
次に、魔導ライフルをイルジオンの装甲と一体化しているホルスターにしまい、ブレスレットを起動して中から千生を取り出す。
「良い教訓をありがとよ、トカゲ野郎ッ!! 俺はもう二度と使わねぇよ、銃はよォッ!! なぁ、お前もその方が嬉しいんだろッ!?」
ワイバーンへと向かって、千生を振り抜く。
すると、今は抑えていないため彼女の刀身から勝手に魔力刃が放たれ、スパッと奴の翼の一部を斬り裂く。
血飛沫が舞い、悲鳴をあげるトカゲ野郎にどんどんと追撃を仕掛けていると、満足そうな千生の意思が俺の中へと流れ込んでくる。
『ん。バンバンより、いつき、つよい』
「そうだな、俺も二度とバンバンは使わねぇ! 悪かった、千生!」
『あはは……まあ、君はそれでいいのかもね。テストでは使わないとゼロ点だけど』
『……せめて、赤点にならないくらいには、頑張ってほしいわ』
「……じ、実戦では千生以外は使わねぇ!」
すんません、明日は投稿無理です!
明後日もちょっと厳しいかも。
別作品の原稿の締め切りががが。