宮廷《1》
「おぉ……ここが」
俺が一人でやって来たのは、学区から三駅程隣にある区画。
セイリシアの中心――『政区』である。
中心といっても、それは立地的な話ではなく、セイローン王国という国の『心臓部』、という意味だ。
全てはここで決定され、そこから噛み合った歯車が次々と動き出すように、国全体が動くことになる。
きっと、セイローン王国の者に『セイリシアの中心地は?』と聞けば、皆がこの場所を思い浮かべることだろう。
また、ここにいる者は、ほぼ二種類に分けられる。
すなわち、政治関係者と、観光客である。
現在、俺の眼前に見えているのは――城。
なかなか凝ったデザインで、美麗な彫刻が施されているのがわかり、上にも横にもデカく造られている。
この辺りで最も敷地が広く、多分緑の量もまた最も多いことだろう。
敷地内には、小型の人工林があり、庭や川までもが造られているのだ。
あれは、この国の国会議事堂である。
かつて城が担った『防衛』という役割は、現在は完全に消失しており、あの城もただ政治の場と観光資源という役割のみを果たしている。
旧時代的だとか、もっと未来的な議事堂を、とかの批判が出ていた時期もあったようだが、そういう批判を全て跳ねのけ、数百年前から屹然と存在し続けているらしい。
補修などは勿論何度もされているだろうが、この辺りじゃあ、最も古い建物がこの議事堂だという話だ。
「立派なもんだな、千生――って、今千生はいなかったか」
最近はずっと一緒にいるので思わず話し掛けてしまったが、ブレスレットごとフィルに渡してあるため、俺のところには今いないのだ。
彼女と共にブレスレットに入れていた身分証も、すでに首から下げている。
誰も聞いていなかったろうが、気恥ずかしさからガシガシと首後ろを掻いた後、俺は正面のゲートへ向かう。
そこにいた警備員に身分証を見せると、幾つか魔法を用いて確認されたようだが、特に何も言われることなく「中の受付に話を」と言われ、あっさりと敷地内へと入る。
ゲートから一本真っ直ぐ城へと繋がっている、左右に庭の広がった綺麗な通りを進み、開け放たれた城の中に入る。
それからすぐのところにあった中央広間の、総合案内所みたいなところで軽く事情を説明すると、待合所で待っているように言われ、設置されている座り心地の良さそうなソファへと腰を下ろす。
平日だからか観光客はほとんどいないようで、いるのは高級そうなスーツに身を包んだ、政治家らしき者や警備員らしき者達ばかり。
子供は皆無だ。
もしかすると、俺だけかもしれない――なんて思っていた、その時だった。
「……もしかして、ユウヒ=レイベーク先輩ですか?」
声の方向へと顔を向けると、そこに立っていたのは、学生服を着た見知らぬ少女。
赤に近いような髪色のショートヘアに、こちらを見詰める、クリクリとした大きな瞳。
その眼の印象が強いからか、『美しい』よりは『可愛い』という言葉の方が合っている少女で、どことなく顔立ちに幼さを感じさせる。
ただ、その眼の光の強さというか、意思の強さというか、それだけが大人びて見え、一本芯のようなものもまた同時に窺える。
歳は、俺より三つ下のリュニと同じくらいだろうか。
先輩っつーことは、俺にとって後輩に当たる存在なのだろうが……俺、こんな後輩は知らんぞ。
恐らく中等部の学生だと思うが、近しい歳の年上は、皆先輩と呼んでいるのだろうか。
……いや、考えてみれば、学生ってのはそういうもんだったな。
「? あぁ、そうだけど」
「おぉ……あなたがあの、変人と噂の!」
何だコイツ。
「初対面の相手に、会って二言目で変人とは、ご挨拶だな。つーか、俺は見ず知らずの奴に噂される程の有名人じゃあねーぞ」
「いやいや、何を言っているんですか。有名ですよ、先輩。とっても強いらしい魔物を倒したって話だったり、例のテロリスト騒ぎのあった対抗戦でなんかすごい活躍してたり。そりゃあ、芸能人とかではないですけど、私みたいなただの学生でも、名を知っているくらいには活躍していらっしゃるじゃないですか」
……なるほど、そのいずれかで俺の名前を知った、と。
「……それだったら別に、変人じゃないだろ」
「いやぁ、どうでしょうかね。聞いた限りの話では、十分変人の部類だと思いますよ? あ、勿論良い意味で、ですが」
俺の噂はいったいどうなっているのか。
……悔しいのは、あんまり否定出来ないのかもしれないと、自分自身もちょっと思っているところか。
とりあえず、この話題はこちらに不利であると判断した俺は、誤魔化すように別のことを問い掛ける。
「それよりお前、学生だろ? 今日は平日だぞ、学校はどうしたんだ」
「それはお互い様ですよ。先輩こそ、こんな平日にこんなところで油売ってていいんです? おサボりさんですか?」
「違ぇよ、俺は用事があってここにいるんだ。聞いて驚け、なんと国王様からのお呼び立てだ」
「へぇ? パ――陛下から?」
冗談めかした俺の口調に、意外そうな表情をする少女。
「ぱ? ……あぁ、だから別に、サボってる訳じゃねぇ。そっちと違ってな」
「まあ、そうですね。私の方はただ無断で休んだだけなので、サボりというのを否定は出来ませんが」
当たってんのかい。
そこは、俺みたいに用事があるとかじゃないのな。
「――レイベークさん、いらっしゃいますか?」
と、どうでもいいようなことを話している内に、秘書のような恰好をした女性に名前を呼ばれる。
「おっと、悪いが後輩、お喋りはここまでだ」
「そうですか……残念ですね。では、また」
小さく頭を下げる暫定後輩に軽く手を振り、そうして俺は彼女と別れたのだった。
……そういや、名前、聞いてなかったな。
いったいこんなところで、何をしていたのだろうか。
* * *
――宮廷内の、応接室らしき一室にて。
「すまんな、少年。平日に呼び立てて。どうしても今日でないと時間が取れなかったのだ。とりわけ今は、君も知っていると思うが、ルシアニア関係で非常に忙しくてな」
「いえ、事情はわかりますから」
俺の目の前に座っているのは、セイローン王国の王、ラヴァール=ヘイグヤール=セイローン。
――王、か。
こうして近くで見るとよくわかるが、この男からは、確かに王の風格を感じる。
前世にて、何人か出会ったことのある、人の上に立つ者の器だ。
強い自信を窺わせる、その眼がそう思わせるのだろう。
そして、部屋の端に立ってこちらを注視している、スーツ姿の男達。
恐らく国王のSPなのだろうが……気になるのは、その魔力がすでに、臨戦態勢へと入っていることだ。
その気になれば、即座に魔法を行使出来る状態で待機しているのだ。
コイツら、俺を警戒してんのか?
それとも、威圧が目的か?
何を考えているのかよくわからないが――当然、不快だ。
言わば、拳銃の銃口を向けられているに等しい。
そんな状態で笑顔を浮かべられるのは、異常者だけだろう。
幾ら国王の護衛とて、どう考えても、来訪者に対する態度ではない。
身体から無駄な力が抜け、カチリと自身の意識が一つ切り替わるのを感じる。
日常から、戦いに臨む時のものへ。
そんな俺の内心をわかっているのかわかっていないのか、国王はあくまで親しげな様子で言葉を続ける。
「君達のおかげで、こちら側に死者を出さず、あの事態を無事に治めることが出来た。大人達が上手く動いてやれず、申し訳ない」
「いえ、あの時学生は、マークが甘かったですから。やれることをやったまでです」
自身でも少し、声音が冷たくなっているように感じるが、まあいいだろう。
ただ向こうは、それを緊張しているとでも勘違いしているのか、特に気にした様子もなく言葉を続ける。
「フッ、そうか。戦いの技術はセイリシア魔装学園で学んだのかな?」
「そうですね、イルジオンの技術はそこで学んでいる途中です」
イルジオンの技術は、な。
「うむ、あの学園は教育施設としては非常にレベルが高い。これからもよく学び、その類稀な実力を伸ばすといい」
そう、短い世間話を終えた後、彼は少し声音を真面目なものに変え、言葉を続ける。
「さて、君が代表して話をするとのことだったので、このまま本題に入らせてもらおう。政府としては、君達には感謝の念しかない。これに対し、ただ感謝状のような紙切れを渡すだけでは、あまりにも不誠実に過ぎる。故に、何か君達に望みがあったら聞こう。学費の援助など、大体のことは叶えてあげられるだろう。無論、無ければこちらで――」
「では一つ、お願いがあります」
国王の言葉を遮るように、わざとそう言うと、彼はピクリと眉を動す。
「……ふむ、聞こう」
俺は男の目を見据え、薄く笑みを浮かべ、言った。
「ある犯罪者、捕らえてもらえますか?」