閑話:帰省《3》
今日一日、俺達は地元を楽しんだ。
何にもない道を談笑しながら歩き、駅前の方で少し店を見たりしてから、飯処で休憩。
こんな片田舎でも、やはり誰かと共に回れば楽しいらしい。
見慣れた風景がやけに新鮮に見え、時間は簡単に過ぎ去っていき、辺りはすでに夜と化していた。
ホタルの淡い光と、街灯。星の光。
虫の鳴く声と、自然のせせらぎだけが聞こえ、人の営みを感じさせない風景が広がっている。
そんな世界の中を、三人で家へと向かって歩く。
フィル一家も、今日はウチで食べることになっているので、フィルも帰る先は一緒だ。
多分、そのままウチに泊まるんじゃなかろうか。
「――シオル、フィル」
と、俺は、二人へと声を掛ける。
「ん?」
「?」
「あー……まだ、しっかりと言ってなかったと思ってな。だから今、言っておこうと思って」
俺の言葉に、少し真剣なものを感じたのか、彼女らはこちらを向く。
俺もまた、二人をしっかりと見据え、口を開く。
「俺もさ、二人のことがすげー大事だ。二人大事っつっちまうと、とんだ浮気野郎って感じがメッチャあるんだが、けどそれが確かな思いだ。二人のことは、他とは一線を画す程には、重きを置いてる。千生とか、家族とか、そういうものと同じくらいには」
フィルはもう、言わずもがな。
シオルに関しては、まだそんな関係を深めたといえる程の付き合いではないだろうが、けどここまで来て「じゃあ、さようなら」と放っぽり出す訳がないし、今後仲良く出来りゃあいいと思っている。
「だから……あー、ぶっちゃけ俺も、女性関係にはほとんど慣れてなくてな」
前世でそんなことをしている暇はなかったし。
それなりに、周りに女性がいたことはいたが。
「色々怒らせることもあるかもしれん。嫌な思いをさせることもあるかもしれん。それでも、二人には、これからもずっと一緒にいてほしい。――一緒にいてくれ」
一緒にいてくれないか? ではなく、一緒にいてくれ。
ここで、彼女らの気持ちを問うような言葉を言うのは、卑怯だし逃げだろう。
俺はもう、その気持ちを、理解しているはずなのだから。
「……それはつまり、告白ってことだね?」
「えー、あー……そうなりますね」
「ふーん、怒らせることがあるって思ってるんだ?」
「い、いや、なるべくそうしないようには気を付けますが、もしかすると、そういうことをしてしまう可能性もあるという話でして……」
「ほー。本当に、浮気男みたいな言い草だねぇ?」
「そ、それは全面的に申し訳ないと言いますか、今後態度で本気の具合を見せていきますので、出来れば許していただきたいと言いますか……」
「フフ……冗談だよ」
しどろもどろになる俺を見て、フィルはクスリと笑った後。
内心の感情が滲み出るような、透き通るような綺麗な微笑みを浮かべ、眼の端にキラリと光るものを滲ませる。
「とっても嬉しい。本当に、嬉しいよ、ユウヒ」
俺の片腕を取り、指を絡ませ、自身の胸へと掻き抱く。
繋がれた指と、体温。
心拍が跳ね上がり、だが同時に、心が落ち着くような不思議な感覚。
「……鼓動が速いぜ。緊張してんのか?」
わざと叩く俺の軽口に、フィルもまたわざと冗談めかした口調で、答える。
「それは君も一緒でしょ? 何なら比べてみる?」
「おう、いいとも――って、し、シオル、大丈夫か?」
俺達の隣で、無言でキュッと唇を締め、ポロポロと涙を溢すシオル。
「……えぇ、大丈夫。ただ、嬉しくて。何だか、二人と会ってから、随分自分が涙もろくなった気がするわ。……その、私も、手を繋いでもいいかしら」
「あぁ、勿論だ」
俺はこちらからシオルの手を取り、指を絡める。
すると彼女は、繋がれていない方の手も乗せて両手でギュッと握り締め、自身の頬へと当てる。
泣きながら、大切なものでも扱うように。
滑らかな、柔らかな頬の感触。
「…………」
その時、俺はニヤリと笑って一旦二人から腕を抜くと、彼女らの腰へと両腕を回し、そして抱き寄せる。
「「あっ……」」
「いやぁ、最高の気分ですねぇ。女性二人に挟まれて」
「……もう、ユウヒ、調子に乗って」
「……ちょ、ちょっと恥ずかしいわね」
「おう、両側に女性を侍らせるってのは、全世界の男の夢だからな。君達のおかげでそれを達成出来て、嬉しい限りですよ」
「バカなんだから」
「……やっぱり男の子ね」
やれやれと言いたげな、それでいて子供を見る母親のような慈愛を瞳に見せるフィル。
恥ずかしそうに、だが心底嬉しそうに俺の肩へと頭を乗せるシオル。
そうして、三人でくっ付いたまま家へと帰り――。
「ただいま――って、うわ、酒くせぇ!」
「ウゥゥ……ユウヒ、シオルさんのことは、許そう。だが娘を幸せにしなければ、承知せんぞ……」
「あー、悪いがユウヒ、客室まで連れて行くの、手伝ってくれ」
どんだけ飲んだのか知らんが、プンプンと酒の臭いを漂わせ、アンデッドみたいな声音になっているフィルの親父に、肩を貸している俺の親父。
「ったく……おっさん、まだ晩飯前だぞ」
しょうがないので、親父が持っている反対側の肩に腕を回し、俺は口を開く。
「ウゥ、うるさい……」
「大人になれば、わかる。きっとお前にもそういう日が来るだろうさ」
こちらも若干酒の臭いを漂わせているが、あまり酔ってはいないようで、我が父は多少の赤ら顔で苦笑する。
……まあ、おっさんの気持ちは察せられるがな。
そりゃあ彼としては色々と複雑な思いだろうし、今日くらい酒に潰れてしまっても、仕方ないのだろう。
「……にぃ達、遅い。お腹空いた」
「すいた」
「悪い悪い、ちょい遅くなっちまった」
すでに晩飯の用意は出来ているようで、美味そうな料理が湯気を立て、リビングのテーブルに並んでいる。
シオルの分の椅子も、予めどこかの部屋から持って来てくれたようだ。
リュニと千生にそう答えると、次に我が母アンナと、フィル母ローラが笑って口を開く。
「フフ、二人とも、いっぱい遊んだものね」
「リュニちゃんは勿論、イツキちゃんもとってもいい子ねぇ。ユウヒ、しっかり面倒見てあげるのよ?」
「ん、そうするよ、ローラさん」
それから俺は、親父と共におっさんを客室に寝かせ、手洗いをしてリビングへと戻る。
「シオルの席は、じゃあここね。僕の隣」
「えぇ、わかったわ」
「シオルちゃん、もしかするとまだ遠慮があったりするかもしれないけど、そういうのは置いて、本当の家みたいにくつろいでくれていいからね?」
「はい……ありがとうございます、お義母様。とても嬉しいです」
「フフ、お義母様ね。何だか私も嬉しくなっちゃうわ」
「じゃあアンナさん、僕もこれからお義母さんって呼んであげよっか」
「フィルちゃんはもう、ほとんど娘みたいなものだから、あんまり新鮮味がないわねぇ」
「あー、ひどーい!」
そう言って笑う、女性陣。
「おっさん、一人だけ寝ちまって、可哀想に」
「お父さんは、自業自得だから仕方ないよ。ユウヒもお酒が飲める歳になったら、気を付けてね」
「お酒は……程々にしないと良くないわ」
「お、おう、気を付ける」
「はは……私も耳が痛いな。あぁ、ローラさん、デゴルトの奴が呼んでましたよ」
「あら、わかりました。ごめんなさいねぇ、主人が迷惑掛けて」
「いやいや、長い付き合いなので、これくらいは」
「お父さん、寂しくなっちゃったのかな」
「あの人、そういうところあるから、多分そうでしょう。私は気にせず、食べててくださいな」
「それじゃあ、お言葉に甘えて。親父も早く座ってくれ。そろそろリュニと千生が、餓死しちまいそうだ」
「……美味しそうなものが目の前にあるのに、食べられないのは、拷問」
「おおあね、がんばって。もうちょっと」
そうして俺達はワイワイと話しながら、皆で食卓を囲む――。