ある何でもない一日
――ある日の、午後。
「ねぇ、ユウヒ」
気の抜けた様子で、俺を呼ぶフィル。
「おう」
「ニワトリのモノマネして」
「こけー、こけー」
「上手い上手い。本物のニワトリみたい」
「おう、ありがとう。俺のことはニワトリ職人と呼んでくれていいぜ。じゃあ次、フィル。キリンのマネを頼んだ」
「きりんきりーん、きりんきりーん」
「似てる似てる。超上手ぇ」
「ありがとう。僕のことはジラフマスターって呼んでくれていいよ。これで千生ちゃんに、急にモノマネをせがまれても、それぞれ対応出来るね」
「そうだな」
「……二人とも、脳が死んでるわ」
ソファでぐでーっと座りながら、何の生産性もないクソ程どうでもいいような会話をフィルと交わしていると、呆れた顔でそう言うシオル。
否定はしない。
「あと、ニワトリはともかく、キリンは絶対そんな鳴き声じゃないから」
「そうなの? じゃあシオル、お手本お願い」
「おう、頼んだ、シオル」
「えっ」
俺達のキラーパスに、彼女は一瞬固まり、何度か口を開けたり閉じたりしてから、言う。
「……きぃ、きりーん」
「「…………」」
「……知らないわよ、キリンの鳴き声なんて」
顔を赤くし、拗ねるようにそう言う鬼族の少女。
そうね。
俺も知らないし。多分フィルも知らないだろう。
ちなみに今、千生は大太刀に戻って昼寝中だ。
どれだけ凄まじい力を有していようが、幼女は幼女なのである。
「……それにしても、ユウヒはともかく、フィルも、気が抜けてる時はそんななのね」
「ユウヒはともかく、ってところに俺としては物申したいものがあるんだが、一つシオルに教えておくと、だらーっとしてる時はコイツ、結構マヌケな感じだぞ」
「……いつもはしっかりしてても、やっぱり安心出来るところだとそうなっちゃうのね」
「二人とも、本人を前にして言うね」
「遠慮しなくていい、気安い仲ってことさ」
「物は言いようって言葉、知ってる?」
俺達の言い合いに、シオルは保護者のような顔で言葉を続ける。
「とりあえず、暇なのはすごくよくわかったから、二人とも、何かしましょ。そのままだと、溶けちゃいそうだし」
「俺の名はソフトクリーム。特技は人の口の中で溶け、相手に美味しい思いをさせることだ」
「ソフトクリームとアイスクリームって、何で名前を分けられてるんだろうね」
「……いえ、もうダメそうね」
すまん、確かに今、脳死で喋ったことは認める。
あと、フィルの方も、ダメそうだな。
もはや、脊髄で喋ってやがる。
俺は笑い、シオルへと言葉を返す。
「ま、今日はもう、このままゆっくりしようぜ。ほら、お前もこっち来いよ」
「シオルもおいでよ」
自堕落モードに入り切っている俺達の言葉に、彼女は諦めたように一つため息を吐くと、フィルとは反対側の俺の隣に座る。
「もう……イツキちゃんがいないと、二人とも気が抜けるんだから」
「おう、お前もグータラしていいんだぜ」
「……そうね」
と、そう言ってシオルは、俺の片膝に頭を預ける。
「え、お、おい」
「あ、じゃあ僕も」
次にフィルが、もう片方の俺の膝に頭を乗せる。
そうして、俺の膝の上の狭いところで二人は顔を見合わせ、笑う。
俺は何も言えず、苦笑を溢した。
――それからしばし、俺達は無言になる。
網戸だけをした、開かれた窓から入り込む、一陣の風。
外では太陽がジリジリと大地を照り付けているが、この部屋は風通しが良いため、あまり熱が籠ることもなく、涼しい。
回る扇風機。
外を魔導車が走る音と、何かの虫が鳴く音。
何もない、何でもないような日だが……胸の内に生じる、満たされるような感覚。
夏の風情か。
きっとここならば、夏だけでなく冬の風情も、春と秋の風情も、全てを感じられるのだろう
脚に感じるフィルとシオルの心地良い重みと感謝に、俺は小さく笑みを浮かべ――。
「――ゆー、おきて」
「ん……」
「ゆー、おきて。ごはんのじかん、だよ?」
身体を揺すられ、俺はゆっくりと瞼を開く。
目の前にいるのは、昼寝から起きたらしい千生。
どうやら、眠ってしまっていたらしい。
「……おー、千生。はよ」
「ゆー。おはよ、ちがう。いま、こんばんは、のじかん」
「え? ――うわ、や、やべぇ、寝過ぎた!」
壁の時計を見ると、いつの間にか時刻は、二十時近くになっていた。
窓の外は、完全に夜の暗闇に染まっている。
「お、おい、二人とも起きろ!」
慌てて膝上の二人を揺するが、起きない。
「起きろって、今日眠れなくて夜更かしすることになるぞ!」
「んぅ……」
「……温かい」
俺の脚に頭をグリグリとするフィルに、俺の胴にギュッと腕を回すシオル。
完全に寝惚けている。
「わっ、ま、待て、こら、起きろってーの!」
その後、どうにか彼女らを起こすことに成功すると、やはり同じように慌てる二人と共に、すぐに晩飯の買い物へと向かう。
俺は、彼女らとそんな夏の日常を過ごす――。