海《2》
――空が、オレンジに染まり始めた頃。
「みんなー! そろそろ切り上げて、晩ご飯の準備するわよー!」
友人や先輩方と目一杯に友情を深めた俺は、レーネ先輩の合図でビーチで遊ぶのを終了し、水着から着替えて晩飯の準備へと入っていた。
晩は、高級ホテルのすぐ隣に併設されている、キャンプ場でのバーベキューである。
選択肢としてはホテルのレストランでの食事というのもあったそうだが、生徒達のほぼ全員がこちらを選択したため、そういうことになったそうだ。
ま、実際のところ、俺もバーベキューの方を選んだのだが。
やっぱこういう時は、バーベキューじゃないとな。
「男どもが全員で何をやってるのかと思ったら……あれ、ユウヒ君が始まりだったのね」
「ははは、いやー、楽しかったな、ユウヒ。俺も、もうクタクタだ」
串肉を焼きながらそう口々に話すのは、ちょっと呆れた様子のデナ先輩と、朗らかに笑うアルヴァン先輩の二人。
あの逃走劇、途中から魔法の打ち合いになり、飛んだり跳ねたり波を起こしたり、陸じゃ出来ないようなことを皆でやりまくって、正直すんごい楽しかった。
やっぱ、思いっ切りふざけられる広い空間は、いいもんだな。
全身に感じる疲労感も、心地良いものである。
アルヴァン先輩もまた、途中から俺らと共に魔法合戦に参加し、かなりはっちゃけていたので、さもありなんといったところだろう。
「もう、私は怪我人が出ないか心配だったわよ。君達、遠慮なしにばんばん魔法放ってるんだもん。男の子の遊びって、過激なんだから」
ため息を吐くレーネ先輩に、俺は笑って謝る。
「すんません、レーネ先輩。楽しくなっちゃったもんで」
ちなみにだが、俺は友人達に捕まって深海に沈められることはなく、最後まで逃げ切りました。
フハハハ。
と、先輩達と談笑していると、俺の隣にいる千生が、ちょっとアワアワした様子で口を開く。
「ゆ、ゆー。やけてる。こ、こげちゃう」
「おっと、あぶね。教えてくれてありがとな」
俺が串を火から離すと、彼女はホッとした様子を見せる。
「ん。おいしいの、おいしくなくなっちゃったら、もったいない」
うーむ、お前は本当に可愛いな。
その俺達の様子を見て、アルヴァン先輩が口を開く。
「あー……その、今更なんだが、イツキちゃんは物を食べるんだな?」
「基本的には魔力だけで事足りるみたいなんで、俺達みたいに食事が必須って訳じゃないみたいですけどね。ただ、食べることは出来るんで、だったらなるべく一緒に食事した方がいいかと思ってまして」
千生自身、食べることは結構好きみたいだからな。
色々な食べ物を知って、是非とも食を楽しむ健啖家になってくれたまえよ。
「あぁ、それはそうだろうな。……イツキちゃん、こっちも食べてみるか?」
「たべる。ありがと」
アルヴァン先輩が取り分けてくれた別の肉を、千生は嬉しそうにもきゅもきゅと食べる。
「あれね。イツキちゃんは本当に可愛いわね」
「本当にねぇ。私の妹達にも、この子の純真さを見習ってほしいわ」
「でーも、れーも、かわいい、よ?」
「ありがと、イツキちゃん。これ、私のあげるわね」
「フフ、なら、お姉さんのもあげちゃうわ」
「おー、いっぱい、うれしい!」
「ほら、千生ちゃん、タレが落ちちゃうから、串持ったまま万歳しないの」
「む」
皆がくれた肉を見て万歳する千生を、そうフィルが窘める。
千生の可愛らしさに、俺達は笑い――その時、俺は、シオルの様子が少しおかしいことに気が付く。
「シオル……? どうした……?」
「……やっぱり、こういうのは、いいものね」
ポツリと、彼女はそう呟く。
「ん、そうだな」
「……私は……」
そこまで言って、シオルの言葉が止まる。
皆のことを眩しそうに、それでいて寂しそうに見詰める、鬼族の少女。
…………。
「――な、シオル」
彼女の顔を、覗き込む。
「俺達はここにいるし、お前もここにいる。一緒にいるんだ。どこにも行きゃあしないぞ」
俺は、シオルの前に串を差し出す。
すると彼女は、一瞬戸惑った様子を見せた後、可愛らしくパクリと一口分を食べる。
「美味いか?」
「……えぇ」
俺はニヤリと笑みを浮かべ――そして、彼女の身体を抱え上げた。
「えっ、きゃっ――」
「さ、せっかくのバーベキューだからな! 食べないと損だぜ。特にシオルには、飯というものが何たるかを、学んでもらわないといけないしな」
シオルを皆のいる真ん中まで連れてくると、焼いていた串の一本を彼女に持たせる。
周囲の皆の、生暖かいような視線に、頬を赤くするシオル。
「……お、お肉くらい、私も焼けるわ」
「おう、あなたが家で、二度くらい生焼けのまま肉を出してきた記憶があるんですが、俺の勘違いですかねぇ」
「フフ……それ、僕も覚えがあるかな」
俺の意図を察し、フィルがクスリと笑みを浮かべ、そう言う。
「……ばか」
ニヤニヤと笑う俺達に、シオルは拗ねたように唇を尖らせた。
* * *
空が完全に暗くなり、皆の食事が進んで、一段落してきた頃。
千生が眠くなってきたようなので、こっそりとブレスレットにしまった後、俺は食後の茶を飲んでいたフィルとシオルに声を掛ける。
「そうだ、フィル、シオル。一個、見せたいものがあるんだ。ちょっと来いよ」
「見せたいもの?」
「?」
俺は二人を連れ、バーベキュー場から離れると、浜辺の方へと向かう。
――よし、この辺りでいいか。
不思議そうな彼女らとも少し距離を取った俺は、ある魔法を手のひらの上に生み出す。
そして、腕を真っ直ぐ上へと向け、ソレを空高くへと放ち――次の瞬間、光の花びらが空に散り、刹那遅れてドォン、という音が辺りに響き渡る。
「うわぁ……」
「綺麗……」
小さく呟く、二人。
――俺が使ったのは、火魔法『ファイアワークス』。
つまり、花火である。
これは、信号弾として開発された魔法が元となっており、その色合いが綺麗であったことから、前世の技術者連中が余興で作り上げたものである。
俺もまた、この魔法が気に入り、覚えたのだ。
空へと昇り、弾け、華が咲く。
色とりどりの、美しい火の華。
「…………」
「…………」
バーベキュー場の方から、歓声が聞こえてくるが……二人は、何も言わない。
ただ、じっと空を見上げている。
闇と、光と。
俺と、彼女らと。
世界にあるのは、ただそれだけだ。
爆ぜる光と音。
それは夜空の星々に混ざり、そして、消える。
俺もまた、何も言わない。
空へと次々に花火を打ち上げ、二人の顔を照らし続ける――。