旅行
明日から20時投稿に戻りやす。
道路を照り付ける太陽。
横を見ると、遥かなる大海原がどこまでも広がり、眩しいくらいの光を反射している。
気温は高く、肌に陽の熱を感じられるが、ただ海辺であるためか吹き抜ける風が心地良く、独特の潮の香りが鼻腔をくすぐる。
学園も海に面した地域であるため、毎日見てはいるのだが、それでもやはり気分が高揚するのを感じる。
俺は、海というものが結構好きなのかもしれない。
「うみ」
と、いつも何でも楽しそうにする千生が、眼前に広がる大海原を見て、俺とは逆にちょっと恐れるような表情でそう呟く。
……やっぱちょっと、恐怖心があるのか。
仕方ないことではあるだろうけどな。
俺は、彼女を撫でてやりながら、優しく言い聞かせる。
「大丈夫だぞ、千生。海は怖いところでもあるが、同時に楽しいところでもある。だから今日は、俺達と一緒に楽しいことを知っていこうな」
「あら、イツキちゃんは海が怖いのね。わかるわ、私も小さい頃は海が怖かったから」
共感の感じられる声音でそう言うのは、ネイア。
「へぇ? そうなのか。それにしちゃあ、今は海でのイルジオンの訓練とかも普通に参加してるが」
「私は獣人族だからね、獣人族は本能的に水を怖がることが多いのよ。勿論、種によって違ったり個人差があったりはするけれど。だから昔、故郷で頑張って慣らしたの」
なるほど……種族的な特徴か。
千生の方は、単純に何百年も海の中に独りで居続けたことがトラウマになっているのだろうが、それを克服したネイアがいてくれるのはありがたいかもな。
そう話していると、次にラルが千生を見ながら口を開く。
「……それにしても、いつ見ても信じらんねぇな。イツキちゃんが、本当は剣だなんてよ」
「悪いな、黙ってて。他言出来ることじゃねーからよ」
千生の正体は、対抗戦の際に緊急時であったためフィルがバラしたらしい。
フィルが必要だと判断したのなら、それが必要だったのだろう。
「そのブレスレットを、よくユウヒとフィルの二人で交換し合ってるのは見てたけど……そういう意味があったのね」
「あぁ、この子がこうして顕現していられる距離には限界があってな。だから、本体の大太刀が入ってるブレスレットから一定距離離れちまうとダメなんだ。悪いが、この件には関しては絶対に誰にも言わないどいてくれよ」
「言わねーよ。おめーもそうだが、フィルネリアを怒らせると怖ぇ――」
「ラル?」
「……な、何でもねぇ」
笑みを浮かべるフィルに対し、顔を強張らせるラル。
その彼の姿を見て、俺達は笑った。
――リュニが帰ってから、一週間後。
俺達は今、王都から一つ隣の田舎にある海水浴場へと向かっていた。
そう、今日はレーネ先輩の言っていた、慰安旅行の日である。
一泊二日の日程で、どうやら王家が個人的に所有しているプライベートビーチを開放してくれたらしく、故にウチの学園での貸し切り状態。
ホテルも金持ち客専用の高級ホテルを取ってくれているらしい。
現地集合なので、魔導列車で近くの駅まで移動して、残りはこうして歩いているのだが、恐らくもう少しで到着することだろう。
「――って、シオル、大丈夫か?」
「……知ってはいたけれど、やっぱりこちらの国は暑いわ」
口数の少なくなっていたシオルが、ポツリと答える。
……そう言えば、ルシアニアは雪国だったな。
今日は特に暑いので、ちょっと参ってしまったのかもしれない。
「シオル、少し休む?」
「いえ、大丈夫よ。ただ暑いってだけで、体調を崩した訳じゃないから。ありがとう、フィル」
彼女の言葉に、だがネイアがちょっと責めるような口調で口を開く。
「シオル、そういう時に遠慮しちゃダメよ。友達なんだから。本当に大丈夫ならいいけどさ」
「……えぇ、わかった。そうね、じゃあ着いたら少し休ませてもらうわ」
素直にそう答えるシオルに、ネイアは満足そうに頷いた。
うむ、シオルも順調に仲良くなってくれているようで、何よりである。
――それから、十分程で俺達は目的地のビーチへと辿り着く。
すでにウチの生徒達が結構到着しているようで、各々好きに遊んでいる様子が窺える。
「お、来たわね、君達」
声を掛けてくるのは、海水浴場の入り口で名簿らしきものを持って立っていた、短いジーンズにシャツという薄着のレーネ先輩。
被った麦わら帽子がよく似合っており、あれだけドSな性格をしているのにもかかわらず、清楚に見えるから不思議である。
「あら、ユウヒ君。何か言いたげな視線ね。どうかしら、この恰好。似合ってる?」
「先輩、あんだけ良い性格してるのに、外面がすげー清楚に見えるの、不思議っすよね」
「私、君のそういうはっきり言うところ、嫌いじゃないわよ」
「……ユウヒはホント、ズバッと言いやがるよなぁ」
「怖いもの無しよね」
友人達の言葉に肩を竦めていると、レーネ先輩は苦笑して言葉を続ける。
「それじゃあ、一年生達。時間になったら呼ぶから、それまでは好きに遊んでてちょうだい。更衣室はあっち、コンビニはあっちね。何か他に気になることがあったら聞いて」
「先輩は?」
「私はみんなが揃うまでこのままね」
「……なら、これ、どうぞ。まだ口を付けてない、買ったばかりの奴なんで」
そう言って俺は、彼女にペットボトルを渡す。
「あら、いいの?」
「先輩が働いてくれてるんすから、これくらいはしないと」
「フフ……ありがと」
そうして、ニコッと笑う彼女と別れて海水浴場内へと入ると、フィルとシオルの二人がこそこそと話す。
「……やっぱり、気を付けなきゃいけないのは、彼のこういうところね」
「うん……僕もそう思う」
「? 何だよ?」
「「何にも」」
二人は、揃って首を横に振ったのだった。
* * *
パパっと着替えを終わらせた俺とラルは、砂浜に座って女性陣を待ちながら、どうでもいいような会話を交わす。
「ユウヒ、おめー、本当に女慣れしてるよな」
「あん? そうか?」
「あぁ。先輩とか含めて、おめー程女慣れしてる奴は見たことねーよ」
「……まあ、妹とフィルと一緒に育ったからな。自然と、機嫌の取り方を学んだというか。何て言えば、無難に場を切り抜けられるかっていうのを、それで学んだってのはあるかもしれん」
あとは、前世の経験か。
一応王をやってた身だし、兵に機嫌を損ねられたら終わりなので、必然的にその辺りの術は覚えたのだ。
「……なるほど、そういうもんか」
「そういうもんだ。けど、お前も、そういうのには慣れてる方じゃねーか?」
顔も良いし性格も良いので、この友人が女性から結構人気があることはよく知っているし、それを無難に対処していることも知っている。
俺からすれば、コイツの方が女慣れしてると思うんだが。
「いやぁ……とてもそうとは言えねぇ。多分、男と女ってのは、別の種族なんだろうってよく思うぜ」
「そりゃ、間違いないな」
「――お待たせー!」
その時、聞こえてくるネイアの声。
「お、来たか」
こちらにやってくるのは、水着に着替えた友人達。
フィルが、下がホットパンツのようになっている水着。
シオルが、少しフリルの付いたビキニ。
ネイアが、パレオのようなタイプの水着である。
うむ、三人とも素材が良いので、やはりとてもよく似合っている。
ここがプライベートビーチじゃなかったら、普通にナンパされてそうだな。
千生はワンピースタイプのもので、こちらも非常に可愛い。
「くぅ……」
と、そんな彼女らの中で、ちょっと落ち込んだ様子を見せているフィル。
――なるほど。
俺は、スタスタと近付いていくと、我が幼馴染の両肩にポンと手を置く。
「フィル」
「な、何?」
「俺は、いくらお前に胸がなくても、全く気にしないからな!」
「よし、そこを動かないで。今殴るから」
なっ……何故だ。
「……女慣れしてるってのは、俺の勘違いだったかもしんねーな」
ポツリと呟くラルの声が聞こえた。