妹、襲来《3》
うし、間に合った!
「……おー、ここがにぃ達の学園。おっきぃ」
午前中から昼過ぎまで繁華街を彷徨った後、次にリュニが行きたがったのは、俺達の学園だった。
人の姿はチラホラと見られるものの、やはり学園対抗戦が終わった後の夏休みであるため、熱が消え切ったかのように閑散としており、周囲には静けさが漂っている。
どことなく、寂しさの感じられる光景だ。
「おっきいでしょ。どこかの誰かなんか、迷って入学式すっぽかしたんだよ」
「へぇ、そんな奴がいたのか。そりゃあ豪気だな」
意味ありげな視線をこちらに送るフィルにしれっとそう答え、と、次にシオルが口を開く。
「……その話、私も聞いたわ。入学式の日に、迷ってハンガーに辿り着いて、そのままイルジオンで出撃したって」
「どうやったら、そんなことになるんだかって感じだよね」
「……にぃ、入学式、すっぽかしたんだ」
「ゆー、すっぽかし」
千生と手を繋ぎながら、呆れたような表情で俺を見るリュニから、視線を逸らす。
昔と比べ、随分と感情がわかりやすくなったものだな、我が妹よ。
「オホン……それより、せっかくだ、リュニ。今話に出た格納庫でも、見に行くか?」
「……格納庫?」
「あぁ、イルジオンが納められてるところだ。お前もイルジオンは知ってるだろ?」
「……ん。知ってる。見てみたい」
そうして俺達は、格納庫へと向かい――。
「お?」
「あら?」
「ユウヒ君?」
中に誰かいると思って見ると、知り合いの二人組。
デナ先輩とレーネ先輩の二人だった。
「こんちわっす。先輩達もいたんすね」
何か用事でもあったのだろうか。
ちなみに、俺は整備部に入っている訳だが、夏の間は特に活動がない。
学園が請け負っている海の警戒区域も、今の時期は軍が見てくれているので、機龍士科としても特にすることはない。
なので、来たければ来てもいいが、特にやることもないぞ、というのが今の状況である。
「ちょっと用事があってね。あなた達の方は……見ない子がいるわね?」
リュニを見て、そう言うレーネ先輩。
「コイツは、本物の実の妹です。学園が見たいってんで、案内してやろうかと。ほら、リュニ、挨拶しろ」
「……リュニール=レイベークです。兄がお世話になっています」
ペコリと頭を下げるリュニ。
おぉ……しっかり挨拶出来るようになってて、兄は嬉しいぞ。
「ご丁寧にありがとう。レーネ=エリアルよ。こっちはデナ=ロンメル」
「リュニちゃんでいいのかな? よろしくね。……どちらかと言うと、お世話になってるのは私達の方だけどね。君のお兄さん、色々すごいから」
「えぇ、もう、本当にすごいわよ。今のところ、尽く常識を破っているからね」
「常識と同じくらい、機体も壊してるわね」
「……せ、先輩方、それくらいで勘弁してほしいっす」
俺の言葉に、二人はカラカラと笑う。
「そうだ、せっかくだからリュニちゃんに、簡易機体乗せてあげたら? ここに一機あるから。一緒に見てあげてたら、事故も起きないだろうし」
「……! にぃ、乗ってみたい!」
デナ先輩の提案に、リュニは目を輝かせる。
「お、そうかそうか、興味あるか。んじゃ、用意してやるからちょっと待ってろ」
イルジオンの簡易機体は、安全マージンを多く取ることを意識して設計されているので、仮に頭から落下しても無傷でいられるくらいには、安全性が保たれた造りをしている。
それに、リュニは幼い頃から俺達の魔力鍛錬に遊び半分で付き合っており、魔力量が平均よりもかなり高いので、操作に関しても問題ないはずだ。
「それじゃあ、私が調整してあげるわね」
「すんません、先輩。ありがとうございます」
「いいのいいの、これくらいは手間でも何でもないし」
と、そう会話を交わす俺達を見て、ピク、とフィルとシオルが反応する。
「じゃ、じゃあ、僕がリュニちゃんのこと、見ててあげるよ! しっかり安全でいられるようにね!」
「……わ、私も」
「? あぁ。頼むぜ」
どうしたんだ、急に……?
何だか焦った様子の二人に対し怪訝に思っていると、横で目を丸くしていたデナ先輩が、何やら理解したような顔でクスリと笑い声を溢す。
「ん、そうね。簡易機体は安全だけど、初めて乗る時はやっぱ怖いものだからね。しっかり見てあげて」
――その後、デナ先輩の調整した簡易機体に乗り込んだリュニが、おっかなびっくりの様子で浮くのを見ていると、ふとレーネ先輩が話しかけてくる。
「そうそう、ユウヒ君、ちょっといいかしら」
「? はい、何すか?」
「私とデナがここにいる理由でもあるんだけれどね、実はウチの学園の、対抗戦に出場した生徒達を集めて、海に行こうと思ってるのよ。ユウヒ君達も来ない?」
「お、マジすか! 行きます行きます、特に予定がある訳じゃないんで」
多分、ラル辺りと遊んだりするか、一回実家に帰るくらいだしな。
今こうしてリュニが俺達の様子を見に来ているが、流石にあのテロリスト騒ぎで、ウチの両親もフィルの両親も相当心配したようなので、一度帰って来いと言われているのだ。
……シオルと千生、どうすっか。
いや、千生は確実に連れて行くが、シオルは……流石に俺達だけ帰って、一人置いてくってのもなぁ。
となると彼女も連れて帰省することになる訳だが、俺は彼女のことを、何と説明するべきなのか。
胃が痛い。
そりゃ、俺もシオルは嫌いじゃない。
ぶっちゃけ、顔もスタイルも超好みだし。
好かれているってのも、普通に嬉しくはある。ただ、急に妾が、とか言われても、ちょっと反応に困ってしまうというのが、正直な気持ちなのだ。
フィルが正妻ってのは……その、何だ。
まあ、うん……そうなる、のかもな、って思いはぶっちゃけあったので、そっちは別にいいのだが。
……割と真面目に、二人のことも考えないとな。
多分、逃げ場、もうねーだろうし。
一呼吸し、大分ずれてしまった思考を俺は脳内から追い払うと、レーネ先輩へと問い掛ける。
「あと、先輩、フィルも多分参加するって言うと思うんすけど、シオルと千生も連れてっていいっすかね?」
「えぇ、勿論大丈夫よ。事前に参加人数を教えてくれれば、君のホントの妹ちゃんも大丈夫よ」
「いやぁ、流石に俺の妹には遠慮させますよ。というか、その頃には実家に帰ってるだろうし。幾らくらい用意しときゃいいっすかね」
「それは、ウチの家を通して陛下が自腹で払って下さることになっているから、問題ないわ。あんなことがあって、学生にとって大切な対抗戦も中止になっちゃって、せめてもの思い出作りにってことで」
あぁ……なるほど、そういう感じなのか。
実は、セイローン国王には、あの騒ぎの後に会っていたりする。
二言三言会話を交わし、礼を言われ、後日向こうの準備が整った後に、正式に王城にて話をすることになっているのだ。
実は俺も、一つ話があるため、ちょうどいい機会だと言えるだろう。
そうして、彼女から旅行の詳しい話を聞いていると、リュニの歓声が聞こえてくる。
「……す、すごい!」
見ると、少しコツを掴んできたらしく、空中に浮かんだリュニが横へと移動を始めているところだった。
「おう、呑み込みが早いな。格納庫は広いが、色々と物も置いてあるから、ぶつからないよう気を付けろよー」
「……ん!」
リュニは高揚を感じさせる声音で返事をし、その後魔力切れが訪れるまで飛び続けたのだった。
うむ、流石我が妹。
やはりお前も、イルジオンに興味を持ったか。
目指す道がどうであれ、兄はお前を応援しているぞ。
* * *
夜。
俺が風呂に入っていると、脱衣所から声を掛けられる。
「……にぃ、一緒に入っていい?」
「ん、リュニか。あぁ、まあいいぞ」
俺が答えると、すぐにガラリと戸が開けられ、全裸のリュニが入ってくる。
「……にぃ、頭洗って」
「そう言うと思ったよ。じゃ、ここ座れ」
俺は苦笑と共に湯舟を立ち上がると、風呂椅子を置いてそこに座るようリュニに促し、俺自身は風呂桶を椅子代わりにして座る。
シャワーを手に取り、俺の前に座ったリュニの頭を濡らし、それからシャンプーをしてやっていると、我が妹は口を開く。
「……今日、色々見て、思った。にぃは、やっぱりすごいんだね」
「おう、見直したか?」
するとリュニは、ふるふると首を横に振る。
「……すごいのは知ってた。だから、見直した、じゃなくて再確認」
「はは、そうか。ま、俺はお前の兄だからよ、誇れる兄としてカッコいいところを見せられるよう、頑張ってるんだ」
「……ん。なら、私も誇れる妹として、頑張る」
リュニはそう言って、見上げるように首を曲げ、俺のことを見る。
俺は笑みを浮かべ、言葉を続ける。
「ほら、前向いてろ。洗えないだろ」
「……ん。次、私がにぃを洗ってあげる」
「いや、もう洗ったんだが」
「……なら、二度洗い」
「わかった、わかった。じゃあ頼むぜ――」
――翌日、リュニは午前の間に実家へと帰り……。
「リュニ、ユウヒとフィルの様子はどうだったか?」
「……ん。子供が出来てた。私の新しい妹」
「……え?」
「……あと、新しい彼女さんもいた」
「……は!?」
「……でも、相変わらずすごくて、元気だったから、問題ない」
「――ゆ、ゆ、ユウヒッ!!」
その後、鬼のような剣幕の電話が俺の親父から掛かってきたことは、言うまでもないだろう。