妹、襲来《2》
――リュニは、俺達の様子見がてら、とにかくセイリシアの都会の街並みを満喫してみたかったらしい。
先程、「……都会ガールになるのだ……!」とか何とか言っていた。
我が妹よ……我々の実家がド田舎なのは確かだが、なんつーか、マジで田舎者っぽい感じするから、ちょっとやめてくれ。
「……それで、にぃ。結局この子はどこの子? シオルさんとの子?」
準備を終え、栄えている駅前の繁華街へと行く道すがら、リュニがそう問い掛けてくる。
「んな訳あるか。あー、説明すると難しいんだが……ちょっと特殊な種族の子でな。縁があってウチで預かることになったって感じだ。……というか、お前が相手だからぶっちゃけるが、この子は親がいない」
「……そうなの?」
俺の言葉が流石に予想外過ぎたらしく、衝撃を受けたような顔で千生を見るリュニ。
「ん。おや、ゆーと、ふぃー」
「そういう訳だから、さっき言ってた妹分じゃないが、お前にも仲良くしてやってほしいんだ」
するとリュニは、何だか泣きそうな顔でコクリと頷く。
「……わかった、いっぱい仲良くする」
「おおあね、よろしく」
「……うむ、我が妹分。よろしく。姉として是非とも慕って。……姉、やっぱりいい響き」
「……お前、自分も喜んでんじゃねーか」
俺は苦笑を溢す。
まあ、リュニは末っ子だしな。
そうやって年上ぶれるのは、嬉しいものなのかもしれない。
「……それより、にぃ。あれ、食べてみたい。奢って」
「おおあね、うまうま?」
「……うまうま。食べたことないから知らないけど、きっとうまうま」
「お前、買ってやるけど、仮に美味しくなかったとしても残すなよ。――フィル、シオル、お前らも食べるか?」
俺は振り返り、一歩後ろで一緒に付いて来ていた二人に声を掛ける。
「ん、せっかくだしね」
「私も、こちらの食べ物には興味がある。どんなものがあるのか知りたい」
「……シオル、一緒に暮らしてわかったけど、結構偏食だもんね。一人暮らしの時は何食べてたの?」
「レーションとか、栄養剤とか」
「……よし、ユウヒ。今日のお昼は色んなものの食べ歩きにしよ。リュニちゃんが来てるのもあるけど、シオルにももっと、食というものを知ってもらわないと」
「あー……了解。そうするか」
シオル、とりあえず食べられればいいという感じで、食に拘らない性質であることが、ここ数日で判明している。
流石、軍人達に囲まれて育っただけあるというか、何と言うか。
まあ、俺とフィルに比べ、自身の作る料理が大分不味いということに気が付いてからは、「料理……覚えるわ!」と燃えてはいたのだが。
どうも、俺より飯が不味いという事実には、応えるものがあったらしい。
自分で言うのもアレだが、俺、意外と料理は得意なので。
シオルさんには、是非とも頑張っていただきたいところです。
と、こちらの視線に気付いた彼女が、その言いたいことにも気付いたようで、ス、と視線を逸らす。
「……い、今は勉強中だから」
「おう、頑張ってくれ」
俺は笑って、彼女らと共に繁華街を楽しみ始めた。
* * *
「……妹、垂れてる。拭いてあげる」
「ん、おおあね、ありがと」
「一応言っておくが、リュニ。お前も垂らしてるからな」
「……え?」
「袖だ、袖」
――二人の世話をするユウヒを見ながら、フィルとシオルは会話を交わす。
「彼は……本当に面倒見が良いのね。昔からなの?」
「そうだね、昔からああかな」
――昔からというか、前世からの気質だけどね。
内心でそう思ってると、シオルはフィルの顔を見ながら言う。
「そう……あなたも、やっぱりそういうところが好きなの?」
「え!? あ、ええっと……そ、そんなこともあるような、ないような、いや、あるんだけれど、といった感じと言うか……」
かあっと顔を赤くし、しどろもどろになるフィルに、シオルは生暖かい目を向ける。
「……あなた、普段大人びてるけど、結構初心なのね」
「うっ……」
何にも言えなくなり、言葉を詰まらせるフィル。
その可愛らしい姿にシオルはクスリと笑い、と、次に真剣な顔を浮かべる。
「……フィル。本当に、ありがとう」
「ん? 何が?」
「あなたからすれば、私は急に横からしゃしゃり出てきた存在。なのに、あなたは温かく受け入れてくれた。それが、私は、本当に嬉しかった。だから……ありがとう」
真っ直ぐ向けられる彼女の感謝の心に、フィルは照れくさそうにポリポリと頬を掻く。
「ん……シオルの気持ちは、よくわかるからね」
彼の光。
彼の温もり。
王の器と言うべきそれは、人を惹き付け、魅了する。
それに……この少女と話をしていてよくわかったが、シオルは似ているのだ。前世の自分と。
今世は違うが、前世ではこの身も親がおらず、教会付きの孤児院で育っている。
だから、彼女の孤独感はとてもよく理解出来るし、さらに彼の深い部分に触れ、その光に魅せられてしまったこともまた、よく理解出来てしまうのだ。
理解出来る以上、仲の良い彼女を拒絶することなど、もう出来ない。
「ま、まあ、そもそも僕、彼女でも何でもないから、受け入れるも何もないんだけどさ」
と、シオルは、今度は責めるような目でフィルを見る。
「……前から思ってたけど、フィル。あなた、脇が甘いわ」
「え、そ、そう?」
「もうちょっと、警戒した方がいい。私が言うのもアレだけれど、彼、あんなんだから、あなたがしっかり手綱を握らないと、次々に女が現れるわよ」
「つ、次々に」
「間違いないわね。私だと何様ってなっちゃうから、出来れば、あなたに是非正妻として頑張ってほしいのだけれど……」
「……が、頑張るから、シオル、お願い。協力して」
微妙に情けない声で助けを求める、元勇者。
物心付いた時から、戦ってばかりいた身である。
当然フィルは、勇者として培った圧をユウヒに放つことが出来ても、そういうものに対する経験値はゼロであった。
「……私も、全く経験がないから、何が出来るかわからないけれど……えぇ、わかった。一緒に頑張りましょ」
「……僕、シオルが来てくれて、本当に心強いって今思ったよ」
彼女らは、固く握手を交わした。
――ここに、ユウヒ共同戦線が張られたことを、彼だけは知らない。