妹、襲来《1》
朝。
「……んあ……?」
何だかすごいベッドが固いと思いながら目を開けると、すぐに俺は、自身が寝室ではなくリビングの床で寝ていることに気が付く。
……そうだ、俺は今、ソファがベッド代わりだったな。
どうやら、寝ている間に落ちてしまったようだ。
シオルが我が家にやって来てから数日が経ち、彼女用の寝具はすでに買ったものの、まだ届いていないため未だ俺はソファで眠っているのである。
と、俺は、誰かが同じ毛布に包まり、眠っていることに気が付く。
時折、大太刀から抜け出した千生が潜り込んでくることがあるので、最初は彼女かと思ったのだが――千生よりも身体が大きく、それは違うということにすぐに気が付く。
――俺の毛布の中に潜り込んでいるのは、シオルだった。
「いっ……!?」
少女の甘い香り。
触れた肌から感じられる温もり。
慌てて起きようとするが、彼女はガッチリと俺の服を掴んで離さず――そして、眼の端からツー、と涙を溢していた。
「…………」
怯えるような表情で、小さく丸まり、俺へと縋り付くその姿。
……普段は平静を装っているが、内心では、やはり不安があるのだろう。
親がおらず、そして保護者もいなくなり、俺達に受け入れられるかもわからず。
大人びて見えても、それでもまだ十五か十六だ。
寂しく思う気持ちは、確実にあることだろう。
少し躊躇してから、手を伸ばし、鬼族の少女の髪を梳くように撫でる。
「……大丈夫だ。俺は、ここにいるぞ」
幼子をあやすように、ゆっくりと撫でてやっていると、だんだんと表情が和らぎ、心なしか呼吸も穏やかになる。
……この少女には、何か、支えとなるものが必要なのだろう。
そうして、少女の頭を撫でてやっていたその時――ピンポーン、と家のチャイムが鳴る。
……?
こんな朝早くから、何だ?
シオルはその音で目が覚めたらしく、ゆっくりと上体を起こし、そして俺と目が合う。
「……ん……ゆう、ひ? おはよう……」
「おう、おはよう」
どうやらこの少女、朝は相当に弱いらしい。
半分閉じているような瞳のまま、こちらを見て首を傾げ、そして言った。
「……夜這い?」
「違います」
何てことを言うんですか、あなたは。
あと、どちらかと言うと、毛布に入り込んできたのは、あなたですからね。
「あー……とりあえずシオル、誰か来たみたいだから、離れてもらってもいいか?」
「ん……」
俺の服を握っていた手を彼女は離し、だが、俺が向かう前に、ガチャリと開けられる玄関の扉。
驚いていると、入ってきたのは――俺の、実の妹。
リュニール=レイベーク。
「……にぃ、フィル、久し――」
挨拶をする途中で、リュニは一点を見て固まる。
彼女の視線の先にいるのは、シオル。
「……りゅ、リュニ?」
「……に、にぃが……」
我が妹は固まり、震え、そして言葉を続ける。
「……にぃが……浮気……!」
「ち、違うわ! ……いや、見方によっては、違くないのか?」
「……ふぃ、フィルのお父に、連絡しなきゃ……!」
「ま、待て! リュニ、それだけは待ってくれ!!」
それをされると、社会的ではなく物理的な死が俺に訪れる可能性がある!
* * *
『――二日だけ面倒見てやってくれ。テロリスト騒ぎもあって何だか本当に大変だったようだし、リュニも二人のことを心配して、父さん達の代わりに朝から行って様子を見てくると張り切ってな』
「……親父、そういうの、先に言っといてくれないか?」
『ははは、言ってしまったら、お前達の普段が見れないから、とリュニに言われてな。どうだ、驚いたか?』
「そりゃ……驚いたに決まってるだろ」
電話越しで、愉快そうに笑う我が父親に、俺はため息を吐く。
朝から一騒動である。
同棲している相手がいる兄が、別の女を家に呼んで寝てた、と思われたんだからな。
俺としては色々とツッコみたい点があるものの、対外的には何一つ間違っていない状況だったのが最悪である。
しかも、途中で千生が起き出してからは、さらに大騒ぎになり――。
「……私が大姉。イツキは、妹分」
――現在、刀の幼女の前で腕を組み、ふんぞり返る我が妹。
「おおあね」
「……ん、よろしい。妹分として、姉を敬うように」
「うやまう」
そんなアホなことを千生に言い利かせ、リュニは満足そうに頷く。
どうやらそういう形にすることで、納得が行ったらしい。
ちなみに千生は、どうも何かのごっこ遊びだと思っているようで、無表情ながらもどことなく楽しそうである。
「……全く、にぃは女誑し。フィルと私がいながら、新たに彼女と妹を作るなんて」
「本当だよね」
「い、色々事情があるんだ、事情が」
親父との電話を切った俺は、そう言い訳する。
「……事情があっても、半年も経ってないのに普通はそうはならない。明らかに、にぃが原因の部分も大きい」
「間違いないね」
全面的に妹の肩を持っているフィルが、うんうんと頷く。
こういう時の女性陣に、下手に反論してはダメだ。
大人しく聞き入れる姿勢を見せないと、さらにダメージを負うことになるのである。
と、彼女らの言葉を聞き、微妙に居心地の悪そうなシオルが、頭を下げる。
「その……ごめんなさい」
「あ、違う違う! シオルは悪くないから。悪いのは口が軽いユウヒだから」
「……ん。フィルがそう言うなら、間違いない」
どうやらリュニの中では、実の兄よりもフィルの方が信用度が高いらしい。
全然関係ないことなのだが、リュニ、昔と比べて本当に普通に喋るようになったよな。
このままでは旗色が悪いと判断した俺は、とりあえずこの場を誤魔化すべく、オホンと一つ咳払いする。
「それよりリュニ。お前、こんな朝早くからこっちに来たのは、間違いなくどこかへ遊びに行きたいからだろ?」
「……む! どうして、バレた?」
「俺はお前の兄だぜ? 妹の企みくらいお見通しよ。だから、とりあえず一時休戦ということで、不毛な言い争いはこれくらいにしようじゃないか。さあ、言ってみたまえ、行きたい場所を。是非とも兄が連れて行ってやろう」
「……むむむ、策士。仕方ないから、その提案に乗ってもいい」
「うむ、兄は聞き分けの良い妹を持てて嬉しいぞ」
そう話す俺達を見て、シオルがポツリと呟く。
「……仲が良い兄妹なのね」
「あはは、それは間違いないね。一緒にいればわかるけど、かなり似てる兄妹だよ」
「おでかけ、いきたい」