閑話:そして英雄は死者と化す
――その頃、ルシアニアという国は完全な独裁国家であった。
皇帝という独裁者によって全てが決定され、歯向かう者に訪れるのは、死である。
世界の制度がどんどん近代化しているのにもかかわらず、この国だけは何も変わらず、前時代的な権力構造のまま停滞していたのだ。
故に男は、戦った。
ソレを打ち倒すことこそが正義であると信じたから、仲間達と共に戦場を駆け抜け、戦った。
その過程で多くの血が流され、数多の仲間が倒れ、そして数え切れない程の悲劇が起きた。
だからこそ、革命が達成された時、男は涙を流し、歓喜に震えたのだ。
――あぁ、同志よ。友よ。お前達の死に、報いることが出来たぞ、と。
だが……革命後も、生活が良くなることはなかった。
最初こそ国中がその熱に浮かれ、「今後この国は良くなる」という希望に溢れていたが、時間が経つにつれ不満の声はだんだんと増えていき、そして希望が失望へと変わっていく。
数年は、我慢した。
政治体制が一変したのだ、そう簡単ではないことは初めからわかりきっていたこと。
当然混乱は出てくるだろうし、多少黒い部分も必要になるものだろう、と。
しかし、混乱は収まらなかったのだ。
待てども待てども新政府が対応に動くことはなく、ただ焦れるだけの日々が流れ――そして、その日が訪れる。
革命祝勝日、と名付けられた革命の達成を祝う記念日に上官から官邸へ呼ばれ、向かい、男は目撃する。
――信念を持った政治家ではなく、醜い、肥え太った豚どもの姿を。
酒に溺れ、女を侍らし、食い物を貪る。
死した者達への敬意を払うという名目の集まりであるにもかかわらず、そんなことなど露程も会話に出て来ず、口を開けば金、金、金。
政治家達は、もう、ただ自らの欲を満たすためだけに、政治を行っていたのだ。
なまじ、『皇帝』という絶対権力者から恐怖で抑圧され続けたからこそ、それがいなくなり、自らがトップに立つ権力者集団となったことで、欲望を抑える箍が外れてしまったのだろう。
幾つもの不正や犯罪行為が横行し、それを知らぬは、ただ国を信じて働いていたその男のみだったのだ。
自浄作用など、もはや毛程も働かない程に政府中枢は腐り切っていたのだ。
ルシアニア帝国、その最後の皇帝は恐るべき暴君であったが、国を発展させる意志は持っていた。
この者達には、それがない。
呆然と固まり、それから男は、血が出んばかりに拳を握り締める。
――違う。
こんな、こんなことのために、仲間達は死んでいったのではない。
彼らが持っていた気高き魂に、この者達は唾を吐きかけ、土足で踏みにじっている。
落胆
絶望。
後、憎悪。
革命は、まだ、成し遂げられていなかったのだ。
ならば、死した者達の代わりに生き残った自分が、それを達成しなければならない。
いや……自身もまた、すでに死者なのだろう。
あの戦いの中で『英雄』と呼ばれた男は死に、ここにいるのは、もう、ただの亡霊なのだ。
「…………」
踵を返し、胸に燃え上がった憤怒と共に、官邸を後にする。
数日後、男――ヴォルフ=ラングレイは、幾つかの部隊を連れ、軍から行方をくらました。