シオル=マイゼイン
――その後、セイローン王国軍が競技場に到着し、事態は終息した。
学園魔導対抗戦は当然ながら中止となり、その日生徒達は大事を取って帰宅ではなく、元の予定のまま全員ホテルに宿泊。
医療関係者がケガや精神面のケアを行った後、翌日順次帰宅という運びになった。
ただ、驚異的だったのは、一般人や警備員などにケガ人はいても、死者は一人もいなかったということだ。
死者は全員シオルの仲間達だけで、やはり元々被害を最小限にするようには動いていたらしい。
また、彼らは上手く逃げ切ったらしく、飛行戦艦の追跡は空振りに終わったとホテルのテレビで報道されていた。
姿を消せるのは見たから知っていたが……どうやら、レーダーから逃れる術も有していたらしく、それが理由でセイローン王国内への侵入も成功していたようだ。
そういうのに詳しいレツカ先輩に少し聞いてみたところ、恐らく艦の能力だけでは無理だから、何か個人の魔法を拡張する装備を使用して、レーダーから消えているのだろうと言っていた。
彼らの作戦は失敗に終わった訳だが、しかしあれだけの数の精鋭がルシアニアに反旗を翻したとあり、彼の国の危うさも知れ渡ったことで、ようやく各国が協力して何かしら対処することになったようだ。
だから、彼らが当初望んでいた結果ではなかっただろうが……一面では、成功したと言えるのかもしれない。
そこまで見越して作戦を立てていた可能性は――ある。
自分達の脅威を見せつけるという目的は、間違いなくあっただろうからな。
そして、シオルは――。
「シオル……会えなかったね」
「……あぁ」
大分疲れを感じながら、駅から自宅へと帰る道すがら、フィルと言葉を交わす。
――彼女が『第00旅団』の一員であったことは結局最後までバレていなかったようで、警戒はしていたのだが、連行される、などといったことは特に起きなかった。
まあ、彼女が実際にやったことと言えば俺の機体を破壊したくらいで、実際の襲撃には全く参加していなかった訳なので、当然と言えば当然だろう。
彼女の仲間達ならば、彼女に不都合な証拠などは全て消去しているだろうしな。
彼らは精鋭だった、そこに抜かりはないだろう。
シオルの私物が入ったリュックに関しては、その日の内に渡した。
ぽろぽろと涙を溢す彼女としばらく一緒にいたのだが、しかし彼女に少し元気が出てきたところで、それぞれの学園の都合で別れてしまい、その後会えないままで終わってしまったのだ。
もう特に事情がある訳じゃないから、そんな焦らなくても大丈夫だろうと思っていたら、いつの間にか彼女は、向こうの学園の生徒達と共に去ってしまっていたのである。
「……ルシアニアが危ねぇってことがわかった訳だし、シオル自身も優秀だから、もしかするとまだこっちの国で学ぶかもしれないってガルグ先生は言ってたが……どちらにしろ、このままバイバイってのだけはあり得ねぇ」
「うん……幸い、今は夏休みで時間があるし、お金もレヴィアタン討伐ので入ってるしね」
「あぁ、取れる手段はそれなりにある。……思ったんだが、俺ら、早いところ連絡が取れる小型端末を持っとくべきかもな。今までは『家に電話あるし、別にいらねぇだろ』って思ってたが……」
「あー、そうだね。僕も別にいいかなって思ってたけど、やっぱあった方が良さそうだね。まあ、今回に関して言うと、シオルも持ってないみたいだからそれで連絡を取るのは無理だったろうけど。……もう、どうして何も言わずにいなくなっちゃうのかな」
と、そう話しながら我が家のアパートに辿り着いたところで、俺達はそのことに気が付く。
「……あれ? 電気付いてる?」
「あ? ホントだ、もしかして消し忘れ――フィル、誰かいるぞ」
念のため魔力を薄く流し込んで索敵したところ、家の中に誰かがいるのがわかる。
空き巣かと警戒する俺だったが――感じる魔力の質に覚えがあり、力を抜く。
この感じは……。
俺は、鍵を開けて扉を開き――するとすぐに、二本の角を生やした少女の存在が、視界に映る。
「……し、シオル?」
それは、鬼族の少女、シオルだった。
「おかえり」
「あぁ、ただいま――いや、そうじゃなくて」
思わず反射的にそう答えてしまってから、俺は問い掛ける。
「あの……とりあえず色々聞きたいことはあるんだが、ウチ、鍵掛かってましたよね? というか、ウチの位置も知ってたんすね……?」
「私は潜入を任されていた軍人よ。このアパートの鍵くらいなら、道具があれば開けられるわ。住所は、事前調査で」
……な、なるほど。
確かにシオルなら、それくらいは出来るのか。
――いや、問題の本質はそこじゃないんだけれども。
と、俺の次に、呆気に取られていたフィルが口を開く。
「……シオル、一旦国に帰ったんじゃ……?」
「留学生としてこちらに残ることになったの。色々交渉はしたけれど、セイリシア魔装学園の生徒の育成能力が高いから、そのカリキュラムを学んでルシアニアに持って帰る代わりに、もっと学んで来いって」
「……そうか。それは……良かったな。なんつーか……普通に嬉しい」
「……うん、僕も、嬉しいけれど……」
嬉しいのは嬉しい。
が、今の状況がわからず、俺とフィルが微妙に怪訝な顔をしていると、シオルは言葉を続ける。
「すでに、こちらでの生活用に借りていたアパートは引き払ってしまったから、今家がないの」
「え、そうなのか?」
「そう。あなたは、私を助けるって言ったわ」
「言ったの?」
こちらを見るフィルに、俺は答える。
「えー、言いました」
「あとは任せろ、とも言った」
「言ったの?」
「……言いました」
「以前には、お前のことを気に入ってる、とも言った」
「言ったの?」
「…………言いました」
「お前のことが大事、とも言った」
「言ったの?」
「………………言いました」
「私はもう、家も拠り所もない。だから――責任取って」
顔を俯かせ、ポッと頬を赤らめ、彼女はそう言った。
「……ユウヒ?」
「ヒィ……ッ!」
フィルの放つ圧力に、俺は悲鳴をあげる。
「何で悲鳴をあげるの? 僕は名前を呼んだだけだよ?」
「い、いやぁ、その……な、何と言いますか。あなたの魔力の高まりが、何だかものすげぇ圧になってる、といった感じで……」
「ふーん……? つまり、僕が怖い、と?」
「ヒッ、ま、全く滅相もございません」
とても良い笑顔を浮かべるフィルに戦々恐々としていると、シオルが彼女の肩にポンと手を置く。
「フィル、大丈夫よ。鬼族は少数種族。故に、種の存続のため、重婚は認められている」
「じゅ、重婚!? な、な、何言ってるの!?」
「……? あなたが正妻で、私が妾で全然構わないわ。彼も貴族家だから、そういう体裁にすれば問題ないはず」
……さ、さっきの「責任取って」っての、やっぱそういう意味だったのか。
「それに私は、あなたともいたい。初めての、親しいって言える友達だから。……いえ、その……迷惑なら、勿論諦める、けれど……」
「……もう。そこでそう言うのは、ズルいよ」
俺が固まってしまっている横で、とても不安そうな顔をするシオルを見たフィルが、苦笑を溢す。
「ん……わかった。せ、正妻! とかはともかく、僕もシオルと一緒にいられるのは、嬉しいからさ」
「え、ええっとですね――」
「ユウヒは黙ってて」
「はい」
何にも言えなくなる俺の肩に、一人でに大太刀から抜け出していた千生が、無言でポンと手を置いた。
千生……やはり俺の味方は、お前だけだ……。
「今後のことはとりあえず置いておくとしても、住むところがないんだったら、ウチで一緒に暮らそっか。明日にでもシオルの分の寝具も用意しないとね。とりあえずユウヒ、今日はソファで寝て」
「へい」
「ん……ありがとう」
申し訳なさそうなシオルに、俺もまた苦笑を溢し、彼女の頭を撫でる。
「……ま、お前の保護者やってたじーさんにも、お前を守るって言っちまってるからな」
「ユウヒはホント、その軽い口をどうにかしなよ」
「……い、いや、別に軽い気持ちで言った訳じゃねーんだけどよ」
俺なりに、それなりの覚悟を見せるつもりで言ったのだが……。
「そう? じゃあつまり、真摯な気持ちで『お前が大事だ』とか、そういう告白みたいなことを言ったってことだね?」
「ま、待て、それは揚げ足取りだ! シオルのことは大事だが、勿論お前のことだって大事だし、千生のことだって大事さ!」
「……何さ、その浮気男みたいな言い草」
唇を尖らせながらも、ちょっと顔を赤くするフィル。
よ、よし、矛先が多少だが鈍ったぞ。
「えへへ、いつきも、ゆー、だいじ」
「……私も、あなたが大事。だから、愛人でも何でもいいから、共にいたい」
「……千生はありがとうな。そして、シオルさん、あなたはとりあえず落ち着いてください。その、気持ちはとても嬉しいのですが、突然愛人とかどうとか言われても、というのが正直なところと言いますか……」
しどろもどろに言葉を連ねる俺を見て、シオルは愉快そうにクスリと笑う。
「……シオルさん、もしかして、からかってます?」
「そうね」
「……あのなぁ――」
「けど、気持ちは本気よ?」
「…………その件に関しましては、真剣に対応いたしますので、心の整理を付けるまででいいので、少し待っていただけないでしょうか」
「ん、待つわ。幾らでも」
そう言ってシオルは、本当に綺麗な顔で、微笑んだ。
真っ直ぐ向けられる彼女の華のような笑顔に、俺はドクンと一瞬心臓が跳ね――ゲシ、と足を蹴られる。
「……バカユウヒ」
「痛っ、ふぃ、フィル、待て、待ってくれ。お前のこともしっかり大事にするから――って、いったい俺は何を言ってんだって感じだが、けどそれは本気で思ってることだからよ!」
「いつきも、だいじ、して?」
「も、勿論だ、千生! お前のことはすげー大事だし、今後も大事にしようと思ってるからな」
「子供は……その、出来れば一人はお願いしたいわ。死んだ両親にも、報告出来るから……」
「シオルさん!? お願いだから、火災現場にミサイル打ち込むようなマネはやめてくれませんかね!? しかもサラッと重いし!」
「そう、僕は火災現場、と」
「ち、ちが、今のは言葉の綾だから――」
その後も俺は、冷や汗をダラダラと流しながら、女性陣のご機嫌伺いを必死に続ける――。
こうして、我が家に新たな住人が増えた。
……誰か助けてくれ。
今章終了!
学園対抗戦から、好きなものをぶっこみまくった回だった。
真面目な話が続いたから、次章は大分のんびりした話を書くかと。
今、作品内の季節は夏なので、夏らしい感じの話を書きたいね。