命を懸ける理由《2》
「全く……とんだ一日だ。耐え続け、何年も掛けて立てた計画が、まさか学生に崩されるのだからな。本当に、やってくれたものだ、小僧!!」
男は、その言葉尻と共にイルジオンを急加速させ、フィルを思わせる鋭い斬撃をこちらに放つ。
あの機体……カルーシ型イルジオンを基にはしているようだが、思った通り専用機であるらしく、各部にかなりの手が加えられているのがわかる。
「とんだ一日ってのは、こっちのセリフだがなッ!! ただなぁ、何よりも言いてぇのはなぁッ!!」
俺は――奴の攻撃を、避けなかった。
その鋭さ故、強化した俺の魔力障壁に刀身の半ばまでが食い込むが、そこで止まる。
驚愕の表情を浮かべるジジィを、俺は、千生ではなく、拳で殴り飛ばした。
「――ガキを戦争に利用してんじゃねぇッ!!」
魔力を込められるだけ込めた俺の拳は、男の魔力障壁を貫通し、顔面を殴り抜く。
口の中を切ったのか、奴は血を混じった唾を吐きながらも、なお戦意を滾らせたまま、反論するかのようにさらにサーベルを振るう。
「彼女の両親は腐った権力者に嵌められて死んだッ!! ならば彼女も我らの同志、貴様こそ知ったような口を利くでないわッ!!」
数度の斬り合い。
たとえ俺の魔力障壁に攻撃が阻まれようとも、何度も斬撃を打ち込むことでその強度を弱らせようとしているようだ。
男の老練な剣技は洗練されており、相手の意識の間隙を狙う技の数々に、生きた年月の確かな長さを感じさせる。
また、自分達のトップが戦っているからか、俺を追って来ていた六機はこちらに手を出さず、ただじっと戦いの行方を見ている。
部下が見ているところで悪いがな、お前みたいな実力者とは、何度も戦ったことがあるんだ。
それくらいじゃあ、負けてやんねーぞ。
ガキィ、と火花が散り、鍔迫り合いになる。
どうやら向こうの剣も、アダマンタイト辺りの希少鉱石が使用されているらしく、打ち合った感触から相当に硬いことがわかるが――俺の武器は千生だ。
同じオリハルコン製でもなければ、受けるのは不可能である。
一瞬拮抗したものの、しかし千生の刃は奴のサーベルへと食い込み、そして斬り飛ばした。
「何ッ!?」
「オラァッ!!」
そのまま力任せに振り抜き、魔力障壁を斬り裂き、機体側面にあるシールド生成装置を完全に破壊する。
奴の体表面を千生の刃が浅く薙ぎ、鮮血が舞う。
よろけ、飛行戦艦の装甲の上に降り立つ男。
俺もまた、その前に降りる。
すでに空は闇に包まれている。
周囲を照らすのは、星々と船が漏らす明かりのみ。
だが……それでも奴の顔は、よく見えた。
「復讐は結構だ、じーさん。だが、もっと別の作戦を選べ。そのやり方は良くねぇ。アンタらの部隊の練度なら、もっと他の戦い方が出来るはずだ」
「……フン、もう一人の少女にも似たようなことを言われたわ。だが、いったいお前達に、我々の何がわかると言うのだ」
「わかるさ。同じ穴の貉だからな」
俺も、フィルも、戦争を駆け抜けた身だ。
だから、平和なこの世界が、愛しいのだ。
苦しむ少女に、ただ平和に生きてほしいのだ。
その俺の言葉に、男はしばし考えるような素振りを見せてから、問い掛ける。
「……何故、貴様はここまでの危険を、冒したのだ?」
俺は、間髪入れずに答える。
「シオルに、『助ける』と約束した」
「…………シオル、か。少し待て」
すると、奴は首元の無線機で何事かの通信を入れた後、俺へと問い掛ける。
「小僧、お前は……お前にとってシオルは、どういう存在なのだ?」
「あん? そりゃ、大事な奴だ」
「……あの子のために、命を掛けられるのか?」
「たりめーだ」
「……そうか」
と、少しして現れる、何か軍用リュックのようなものを持ったイルジオンの一機。
奴はそのリュックを受け取ると、こちらにポンと投げ渡す。
「あの子の私物だ、持っていけ。――我々の仲間に、彼女はいなかった。彼女はただの学生だ。親がおらず、学園の奨学金で暮らしている少女。いいな?」
「……あぁ」
そういうことにしておくのが……シオルにとっては、いいのだろう。
「我々はもう、シオルを守れん。だから、お前が守れ。ありとあらゆる悪意から」
「アンタに言われずともそうするよ」
もういいだろうと、千生をブレスレットにしまい、肩を竦める。
「……小僧、名前は」
「ユウヒ=レイベークだ」
「ならば、レイベーク。聞け」
「何だ」
復讐に燃えた男は、ただの父親であるかのように。
瞳に慈愛を見せ、言った。
「――シオルを、頼んだぞ」
俺は、頷く。
「あぁ」
すると奴は、ニヤリと笑って俺に背を向け、ただこちらを見守っていた部下達を率いて飛行戦艦の中へと戻っていく。
俺はもう、その背中を追わなかった。
* * *
「状況報告」
「ハッ。……残念ながら、五名の同志が倒れましたが、それ以外の者は全員撤退が完了しております」
「……わかった。後程名簿を。艦のダメージコントロールは」
「現在六割方が終了、重点的にやられていた砲周りはまだまだ修理に時間が掛かりそうですが、破壊された推進器の応急処置はすでに終了しております」
「ならば良い。早くこの空域から離脱するぞ。王国軍に捕捉され、追い掛け回されたら敵わん」
「了解。ステルス航行、開始します」
瞬間、彼らの船、『レークヴィエム号』が空に溶け込み、外からは見えなくなる。
「――それにしても大佐、何やら嬉しそうですね。もしや、シオルのことですか?」
「……フン、嬉しい訳があるか。全く、想定より遥かに疲れた一日だった。作戦成功まで、あと一歩のところで子供達に阻止され、さらに説教までされ。友人の娘も託したが、まるで自身の子供を嫁にやったような気分だ」
「ははは、ま、ですが……我々と共にいるよりはいいでしょう。それに大佐、あなたも今、良い顔をなされていますよ。昔見た、英雄の顔だ」
部下の言葉に、ヴォルフは少し押し黙った後、口を開く。
「……別の作戦を考える。我々は止まる訳にはいかん。ここからだ、ここからもう一度行くぞ」
「了解、どこまでもお供します」
――彼ら『第00旅団』による襲撃作戦は、失敗に終わった。