命を懸ける理由《1》
「――先生、やっぱり、このまま行くことは出来ません」
すでに出口が見えるような位置まで辿り着いていた彼らの中で、突如、アルヴァンがそう言った。
「……皆を置いて、か?」
「はい。先生も、同じ気持ちなんでしょう? 先程からずっと、表情が険しい。本当はみんなを救いに動きたいのに、俺達がいるからそれが出来ないんですよね?」
「…………」
ガルグは、答えない。
それはつまり、図星であることを示していた。
「ですが、敵は競技場内だけで、外には展開していない様子。ここまで来れば、後は逃げられるはずです。先生、俺だけでも戻ります。後輩達が残っているのに、俺が逃げることは出来ません」
彼の言葉に続くのは、ラル。
「……それなら、先輩。俺も戻ります! 俺は盾しか張れないっすけど、守るだけなら、気張ってみせます!」
同級生の言葉に、ネイアはコクリと頷く。
「……そうね。正直、怖いけれど……ユウヒとフィルに、そしてイツキちゃんも頑張ってるんだものね。それは……逃げられないわよ」
「……う、うぅぅ、後輩がそう言うなら、私も逃げられないじゃないですかぁ!」
そう、割と正直な感情を吐露する二年の少女カーナの後に、レーネが決意を固めた顔を浮かべる。
「……私も、行きます。イルジオンも戦う技術もないけれど……それでも、避難誘導くらいは、出来るはずだから」
彼女の言葉に続くのは、デナとレツカ。
「……うん、それくらいなら、私達でも出来るかも」
「うっ……肉体労働は得意じゃないが、先輩達がそう言うなら、私も動かないといけないじゃないか……」
「お前達……」
生徒達の言葉に、ガルグは少し感じ入ったような声を溢す。
だが……それは、危険な選択だ。
彼らの気持ちが如何に嬉しくとも、子供達の命を預かる身として、それを許容する訳にはいかないのだ。
故にガルグは、「ダメだ」と言おうとし――その時だった。
ドォン、という砲撃らしき音。
それが連続し、同時に何か壊れるような音も聞こえる。
気付かれないよう意識を配りながら、ガルグが近くの窓からチラリと外を確認すると、空に浮かぶ飛行戦艦の一部が爆発する様子と、何やら慌ただしく動き始めるイルジオンの部隊の様子が視界に映る。
「これは……ははは、そうか。ユウヒ君、カノン砲を使ったのか!」
音の正体に気付いたレツカが、愉快そうに笑い声をあげる。
「……? レツカ、これ、ユウヒ君の攻撃なの?」
「あぁ、デナ先輩。彼の提案を基に造ってみた試作品があったんだ。フフ、まさか本当に使うとは。あとで使用感を聞かねばな」
「レツカちゃんは相変わらずねぇ……」
少し緊張が解れた様子で、そう会話を交わすイルジオンを持っていない組の三人。
――これは、チャンスか。
刹那の間に思考を巡らし、そしてガルグは言った。
「……わかった。今の内に、避難させられるだけ避難させるぞ。機体に乗っていない三人は、ここに残って逃げてくる者達の誘導を。それ以外の四人は私に付いて来い。だが――これだけは誓え。私が撤退の指示を出したら、何があっても必ず逃げろ。必ず、だ」
『了解!』
そうして彼らは裏で、人質を逃がすために動き始めていた。
* * *
VIPルームに飛び込んだフィルの行動は、素早かった。
彼女の得意魔法である幻術を発動し、自らの分身を幾つも発生させ、突っ込ませる。
第00旅団の者達は反射的に銃を向けて発砲するが、それが学生であることに気付き、一瞬狼狽え迎撃の手が止まる。
だが、そんなことは全く気にせずフィルは、自身の分身を盾にしながら、イルジオンの可変式ウィングを思い切り噴かし急加速することで、瞬く間にヴォルフへと肉薄する。
そのまま、手にしたナイフをその首筋へと振るい――という寸前で、ピタッと止まる。
彼女の頭部へと真っ直ぐ向けられている、拳銃。
それを構えているのは、ヴォルフ本人。
互いに互いの急所を握り、二人は停止する。
その周囲では、フィルの動きに呼応し、付けられていた手枷を密かに外していた近衛騎士の数人が、一瞬で武器を拾い上げて構え、逆に第00旅団の者達はフィルや近衛騎士達へと魔導ライフルを向ける。
そうして状況は、一瞬で膠着状態へと陥る。
場を支配する、肌を刺す重い緊張感。
束の間の静寂。
ユウヒの砲撃音も聞こえず、彼が次の行動に入ったことを理解したフィルは、ヴォルフの首筋にピタリとナイフを向けたまま、口を開いた。
「初めまして。あなたがヴォルフ=ラングレイ大佐ですね?」
「……大したお嬢さんだ。全く恐れることなく、この状況でそれだけ動けるとは」
「慣れてまして」
ユウヒ以外には通じないであろうことを言い、フィルは肩を竦める。
「一応言っておくが、この拳銃の弾は魔力障壁も貫通する特別性だ。子供を撃ちたくはない、引きたまえ」
「なら、僕のもそうですよ。特殊な魔法が発動出来るよう、小細工してありますから。それに、引くのならば、あなた達が引いた方が良いでしょう。今、僕の仲間があなた達の船に攻撃を開始しています。このままでは、徒歩で帰ることになるかと」
「すでに部下は向かわせた。砲撃が止んでいるということは、私の部下が対処を完了させたということだとは思わないかね?」
「本当に?」
フィルの言葉の、すぐ後だった。
タイミング良く、飛行戦艦から何かが壊れるような爆音が聞こえる。
ユウヒが砲撃から切り替え、千生で攻撃を開始しているのだ。
「…………」
黙るヴォルフに、フィルはあくまで穏やかに、言葉を掛ける。
「時間が経つにつれ、あなた達はどんどん不利になっていく。僕は、このまま睨み合っていても構いませんが……そうしますか?」
「……この作戦は、君達が考えたものかね?」
「えぇ。あなた達のことをよく知っている少女から、色々教えてもらえましたから」
「……何?」
名前は出さず、だがどちらもが、同時に同じ少女の姿を思い浮かべる。
「あの子は、あなた達のことを心から心配していました。悩み、苦しみ、自らもまた復讐心に胸を焼かれながら、それでもなお、あなた達に生きてほしいと願っていました」
フィルは、語る。
「引いてください。引いて、もう一度作戦を立て直してください。戦いから生み出されるものは、平和ではなく恐怖と痛み、そして次の戦いだけです。皆最初は、良かれと思って行動し、そして失敗している」
「…………」
ヴォルフは、押し黙る。
子供の、ただの学生の言葉。
生意気な、と一喝してもいいような、知ったような口。
だが、彼は、その暗く秘めた瞳に、確かな葛藤の色を浮かべていた。
再度訪れる静寂。
どれだけ、その状態が続いたことだろうか。
ヴォルフは、構えた拳銃を握り潰さんばかりに力を籠め、ギリィと歯を食い縛り――やがて、フゥゥ、と大きく息を吐き出す。
「……撤退だ」
「なっ、し、しかし――」
「船だけは絶対に壊される訳にいかん。ロドリゴとは比べるまでもない。それに、最低限はすでに達成している。全部隊を撤退させろ」
「……ハッ!」
ヴォルフは拳銃を下ろし、問い掛ける。
「……最後に一つ。お嬢さん、どこの国の学生ですかな?」
「僕はセイローン王国の、セイリシア魔装学園に通っています」
「なるほど……ラヴァール陛下、やはりあなたの国は凄まじい。我が国も、是非子供達の教育に力を入れてもらいたいものです」
ラヴァールは、愉快そうに、本当に愉快そうに笑い、答える。
「クックッ……あぁ、私も私の国の凄さを今感じたよ。うむ、そうするのが良かろう。そういう面では、我が国も支援しようではないか」
「よろしくお願いしましょう」
――その会話を最後に。
第00旅団の者達は最後まで近衛騎士達と銃を向け合いながら、だがヴォルフだけは完全に背を向け、VIPルームを撤退していったのだった。
* * *
「――うおっ……やっぱすげぇな、この機体」
こんな時ではあるが、専用機での初めての飛行に、思わず口から歓声が零れる。
スピードが、今までのイルジオンとは段違いなのだ。
全身に掛かるGも凄まじく、また消費魔力も当然ながらヤベェ量になっている。
これ……今までと同じものだと思って飛ぶのはやめた方が良さそうだな。
何と言うか、俺が流し込んだ魔力が、そのまま百パーセント出力に変換されている感じがある。
今までの通常機、エール型イルジオンと比べ、出せる加速の限界値がべらぼうに高いのだ。
言わば、水の出る口が、蛇口から消火用ホースへと変わったような感じか。
これの性能を十割引き出そうとしたら、二十分もせずに魔力切れになってしまってもおかしくないな。
反応も良過ぎる程に良く、扱いを間違えたら自滅してしまいそうなくらいのピーキーな性能をしている。
これでいて、恐らく耐久性も通常機とは比べ物にならない程高くなっているのだろう。
流石、脅威度『Ⅹ』の魔物で造られた機体と言うべきか。
レヴィアタン、お前やっぱすごかったんだな。
胸に湧き上がる高揚と共に、飛行戦艦の位置する高度まで一気に飛び上がった俺は、千生の刃を装甲に突き立てる。
すると、鉄の塊だというのに面白いくらい簡単に刃が通り、そのままイルジオンで真っ直ぐ飛ぶと、抵抗などまるで感じず、バターでも切り分けるかのように斬り込みが入っていく。
「おぉ……すげーぞ、千生!」
『ん、よゆう』
どことなく自慢げな様子で、千生がそう言葉を返してくる。可愛い奴め。
禍焔と千生が揃った今の俺ならば、前世の俺を相手にしても勝てるかもしれない。
俺よ、その内下克上してやろう。
魔王の称号、譲ってもらうからな。
「フハハハ、今の俺こそが真の魔王に相応しい――っと、来たな!」
そんなバカなことを考えていると、迎撃のためだろう、眼下に覗く競技場から六機のイルジオンがこちらに向かってくるのが見える。
確か、ルシアニアの通常機は、『カルーシ型イルジオン』と言うそうだ。
セイローン王国のものとは違い、徹底的に機能を『削ぐ』ことを念頭に製造された、などという話で、外観もかなりシンプルな造りなのだが、その分整備が非常にやりやすく、低コストであり、魔力障壁無しで長時間泥水に漬けても余裕で動くなどという、頭のおかしな頑強さを有しているらしい。
そんな、戦いには勿論のこと、土木工事などの一次産業でも活躍出来る性能を有しているため、現在では世界中に広まっている傑作イルジオンだ。
が――遅い。
『クッ、何だアイツ、異様に速いぞ!?』
『進路を限定させろ、スピードで負けている以上、ただ追い掛けただけでは追い付けんぞ!!』
背後から聞こえてくる、怒鳴り声。
「ハハハッ!! おっさんども、もっと本気で追いかけて来いよッ!!」
ギュンと加速して追っ手から逃げ、俺は飛行戦艦へとちょっかいを掛け続ける。
特に、砲関連は念入りに、だ。
砲は幾つ壊れたとしても、艦の航行に影響を及ぼさないからな。
そうして鬼ごっこを続けていると、背後の六機とは別に、一機のイルジオンが下から上がってくるのが、高速の世界の中チラリと見える。
――速い。
禍焔が持つ機体性能のごり押しで、メチャクチャな軌道を描いて飛行戦艦の周囲を飛んでいるのだが、ピタリと俺の後ろに張り付き、ずっと付いて来ている。
恐らく、常に最短の経路を選択して飛んでいるのだろう。
この感じからすると、向こうもまた専用機だと思われるが……他の奴らとは、比べ物にならない程の機体操作の練度だ。
この相手に背を向けたままでは危険だと判断した俺は、逃走をやめ、後ろを振り返って迎撃に移る。
こちらが速度を落としたことで即座に距離を詰めてきたソイツは、腰から抜き放ったサーベルらしき剣を、腕の動きが見えない程の速さで一閃。
俺は、千生の刃を間に挟むことで防御すると、グルンとその場で回転し、横薙ぎの一撃を返す。
相手は、無理に受けようとはせず、イルジオンで後ろに飛んで距離を取り、回避。
――そこで俺は、ようやくソイツと正面から対峙する。
「よう、じーさん。アンタが親玉だな」
サーベルを構えているのは、初老の男――確かヴォルフ=ラングレイという名の、第00旅団を率いるトップ当人だった。
ピーキー過ぎてお前にゃ無理だよ。
何でもない。