襲撃《3》
――その時、セイリシア魔装学園に割り当てられていた控室にいたのは、試合終了後ユウヒを労ってやるためにそこで観戦していた、彼と顔見知りである者達。
だが、突如ドアを蹴破って中へと侵入してきた、一般人の恰好に扮したその部隊に反応出来たのは、元軍人である教師のガルグと、フィルの二人だけだった。
「動くな――」
「フッ――!!」
侵入者が言い終わらない内に、ガルグはその巨体からは想像も付かない機敏さで瞬く間に距離を詰めると、先頭にいた男の顎をアッパーでかち上げ、一撃で意識を飛ばす。
そして、衝撃で身体が浮いたその男の胸ぐらをガッとを掴むと、そのまま盾にして突撃を開始。
先頭の男の後ろにいた二人の侵入者は、正面からまともに突進を食らい、勢いよく壁に激突して動かなくなる。
ドサリと床へ崩れ落ちる、三人分の音。
ただ、侵入者はまだおり、さらに追加で現れた二人が、ガルグへと向かって引き抜いたナイフを振るい――というところで、フィルが割り込む。
彼女は自らの分身を何体も出現させると、それをガルグと侵入者との間に挟み込み、敵が動揺したところでサイドから攻撃を仕掛ける。
ガルグ程一撃に重みはないが、しかしフィルは人体の急所をよく知っていた。
一人目の顎をパシンと叩いて脳を揺らした後、分身で掻き乱すことで二人目の背後に簡単に回り込むと、その首筋へ手刀を叩き込む。
自身の攻撃に男性程の重みがないことを前世から理解している彼女は、自らの魔力を相手に流し込み、相手の肉体の魔力循環を乱して昏倒させる、『魔浸透』と呼ばれる技を肉弾戦においては必ず使用していた。
魔力の循環が狂った生物は、必ず不調を来す。
人体の急所でその攻撃をやられた侵入者達は、ガクンと膝から崩れ落ち、白目を剥いて動かなくなった。
――そうして、十秒にも満たない内の濃密な攻防の中で、二人は侵入者達の撃退に成功する。
「最新式のサブマシンガンが二挺に、ハンドガンが三挺、マキナブレードナイフが五本……フン、完全な屋内戦装備か。よくもまあ、これだけ持ち込めたものだ。エルメール、助かった。私だけではキツかっただろう」
手際良く縛り上げ、解除させた武装を確認しながら、ガルグはフィルへと声を掛ける。
「いえ、僕も先生がいなければ危なかったですから。こちらこそありがとうございます」
と、彼らの次に口を開くのは、その段階に至ってようやく動くことが出来たアルヴァン。
「……先生は勿論だが……フィルネリアも、大したものだ。不甲斐ないばかりだが、状況に圧倒されて、こちらはただ固まっているだけしか出来なかったよ」
「……いえ、僕はたまたま、出入り口に近い位置にいましたから」
こういうのは、慣れの問題だ。
場数を踏んでいるかいないか、というだけの違いであり、元軍人のガルグや自分のような者は、不穏な空気を感じ取れば勝手に身体が戦闘態勢に入るというだけのことである。
ただ、自分がそれを言っては嫌味になると判断したフィルは、声に多少の悔しさを滲ませる彼に、ただ曖昧に答える。
「それよりお前達、すぐにこの場から移動するぞ。このままここに留まっていては、後続が来る可能性が高い。――どうやら、この競技場は戦場になってしまったようだ」
深刻な顔をするガルグに、フィル以外の生徒達は非現実的な状況に圧倒され、押し黙る。
部屋を包み込む緊張。
数秒がそのまま経った後、二年の少女、カーナが恐々と問い掛ける。
「せ、先生、相手は……」
「……あの空に飛んでいる飛行戦艦と、今の者達の動き。恐らく、どこぞの軍隊だろう。我々のところにこうして来た以上、他の控室や観客席などにも兵が送られている可能性は非常に高い。すでに制圧された可能性もある」
カーナの次に、アルヴァンが問う。
「……ウチの学園の、専用機持ち達の機体は全員分持って来ていたようですが、もしや先生方はこうなることを察していたんですか?」
「確証があった訳ではない。だが、対抗戦に向け幾つかおかしな動きがあったことは確認していた。……ここまで大きく動いてくるとは、流石に予想外が過ぎるがな。まさか、本当にこのような事態になるとは」
彼は、準備が足りなかったことを悔いるような顔をした後、言葉を続ける。
「とにかく、急いでイルジオンに乗れ。他の生徒達も気になるが……今は、我々がここから脱するのが先だ」
そうして彼らは、急いで脱出準備を開始する。
アルヴァン、カーナ、フィル、ラル、ネイアの機龍士科の五人は置いてあった自身の機体に乗り込み、逆に機体を持っていないレーネ、デナ、レツカの三人は、全く手慣れていない様子で侵入者から奪った拳銃を装備する。
武器を持っていないのは、彼らと共にいた千生のみ。
「機体のない三人は、必ず我々の後ろにいろ。そのハンドガンは、基本的には撃つな。本当に護身が必要な時だけ使用しろ。レイベークの妹も、彼女らにしっかり付いて行くんだ」
「先生、途中でアルクス、回収出来ませんかね」
アルヴァンの専用機である『アルクス』は、ここには置いておらず、ユウヒ達と同じように駐車場のトラックに積まれたままになっていた。
自らの愛機を求むアルヴァンの言葉に、だがガルグは首を振る。
「……難しいだろう。とりあえずはホテルへ向かおうと考えているが、お前の専用機が乗ったトラックは逆方向にある。無理に回収しに行くような、危険を冒す訳にはいかん」
「……わかりました。惜しいものですね、あるのに取りに行けないとは」
「そういうものだ、戦場とはな」
そう会話を交わす二人の横で、デナが顔に緊張を浮かべながら千生へと話し掛ける。
「イツキちゃん、絶対に私達から離れちゃダメよ? ずっと一緒に――」
「あ、待ってください」
フィルはそう言葉を挟むと、火災などの万が一があった時のために、壁の端の方に張られていた避難誘導マップをベリッと剥がし、確認する。
――この状況、ユウヒならどうする?
確認出来たのは、シオルの機体を壊し、彼女を抱えて何かを語りかけているところまでだった。
それ以降はモニターが切れ、わからないが……ただ、あの幼馴染のことだ。
大人しく捕まっている、ということだけは確実にあり得ないと断言することが可能で、きっとすでに、知らないところで暴れているのではないだろうか。
そうであれば、恐らく今、彼は自分との合流を目指して動いていると思われる。
こちらには今、自分と千生、そして専用機のトラックの鍵を持ったレツカ先輩がいる。
彼と自分に、イルジオンと武器があるのならば、軍隊が相手でも戦える。
――なら、僕も、ユウヒとの合流を目指すべきだね。
ただ、真っ直ぐこの控室にやって来る可能性は低い。
こうして自分達が、後続を恐れ移動することを、彼も予想すると思うのだ。
となると……。
「……レツカ先輩、専用機のトラックの鍵を貰えますか?」
「え? あ、あぁ……」
レツカからトラックの鍵を受け取り、フィルはガルグへと言った。
「先生、僕は千生ちゃんと二人で、ユウヒとの合流を目指します」
彼女の無謀にも聞こえるその言葉に、ラルとネイアがすぐに反応する。
「なっ、何言ってんだ! おめーが強ぇのは知ってるが、流石に危険だ! 相手は軍隊だぞ!?」
「それに、イツキちゃんを連れてくって……」
友人達の心配の声に、フィルは少し悩んだ顔を見せた後、ソレ――腕のブレスレットから、千生の本体である大太刀を半分だけ抜き放った。
「千生ちゃん、お願い、戻ってくれる?」
「ん」
千生はコクリと頷き、するとすぐに彼女の身体が光へと変換され、大太刀に吸い込まれて消える。
その様子に、一度ユウヒに見せられているレーネ以外の皆は、呆気に取られて固まった。
「えっ……い、イツキちゃんが武器に吸い込まれた……?」
「……ビックリするわよね、アレ」
「れ、レーネ……知ってたの? 彼女のこと……」
「ちょっとあってね」
そんな会話を交わすデナとレーネの横で、フィルはガルグへと言う。
「ガルグ先生、ユウヒから聞いています。あなたはこの剣が何か、知っていますね? この子は『インテリジェンス・ウェポン』がヒトの形を取った存在。正直に言って、この中で誰よりも強いのは、間違いなくこの子です。心配は要りません。僕の方も……まあ、特にそういうのはありませんが、大丈夫です」
ガルグは、珍しく迷ったような姿を見せた後、問い掛ける。
「……何か、策があるのだな?」
「何が出来るかはわかりません。ですが、ユウヒは必ずこの状況を打開するために動きます。こういう時、僕の幼馴染は絶対にジッとなんてしていませんから」
「……まあ、そりゃそうだろうな」
「それは……間違いないわね」
思わずといった様子で同意する友人達にクスリと笑みを溢し、フィルは言葉を続ける。
「だから、僕はそのサポートをしに行こうと思っています。今は、敵に全てを持って行かれている状態。どこかでこの流れを変えないと」
ガルグは、しばし押し黙った後、コクリと頷く。
「……わかった、ならこれを持っていけ」
「いいんですか?」
「競技用の一式だけで行かせられるか。せめてそれくらいは装備しておけ」
「……ありがとうございます、助かります」
彼に渡されたサブマシンガンの一挺と、マキナブレードとして造られているナイフを、フィルは手慣れた様子で装備する。
「……全く、お前やレイベークを見ていると、時折私と元同業なんじゃないかと思ってしまうぞ」
「フフ、ただの学生ですよ、僕達は」
内心で「正解」と思いながら、そうして彼女は、大太刀に戻った千生と共に彼らと別行動を始めたのだった。
それぞれが、それぞれの考えの下に、動き出す。