襲撃《2》
感想、ありがとう、ありがとう。
それが起きた時、セイローン国王及び各国の重鎮達は、VIPルームにて観戦しているところだった。
停電から数秒し、非常電源が点灯する。
警備に当たっていた、現在では唯一であるセイローン王国の騎士団――近衛騎士団の者達は、これが襲撃であると理解した瞬間、即座に動き出していた。
「皆様、我々の指示に従い、すぐに非常口からの脱出をお願いします!! ――お前達、出入り口を固めろ、決して敵を中に入れるな!! 応援は!?」
近衛騎士団団長の怒鳴り声に、スーツ姿で銃を携えている団員の一人が、言葉を返す。
「駄目です、電波妨害を受けているらしく、通信が繋がりません!! ケーブルの類も、恐らく全てやられたかと!!」
「チッ……仕方あるまい、我々だけで――」
爆発。
通常出入口の扉が吹き飛ばされ、その前を守っていた団員数名がそれに巻き込まれ、吹き飛ぶ。
刹那、中へと入り込んでくるのは、一般人の恰好をしながらも、およそ一般人には似つかわしくない洗練された動きの男女数名。
その手には小型の拳銃や暗器の類が握られ、騎士団員への攻撃を開始し――が、彼らもまた、やられるばかりではなかった。
爆発で耳と視界が鈍くなりながらも、即座に迎撃に入り、魔導ライフルで侵入者へと攻撃する。
発生する銃撃戦。
一瞬、戦況は膠着状態に陥るが……その均衡は、すぐに崩される。
貴賓席の、競技場を一望可能な窓ガラスがバリンと破壊され、そこからイルジオンが五機、侵入する。
それでもなお、近衛騎士達は抵抗を続けたものの――趨勢は、明らかだった。
「そこまでだ。武器を捨て、全員椅子に座れ」
「クッ……!」
これ以上は無駄に死ぬだけだと判断した騎士団長は、悔しさを滲ませながらも部下に指示を出し、武器を捨てさせる。
そして、その部屋にいた者達は、焦燥、緊張、恐怖、多様な感情を顔に浮かべながら、それぞれVIPルームの椅子へと座った。
「近衛騎士団の者達、倒れた者への最低限の応急処置を認める。だが、おかしな動きは見せるな。死者を増やしたくないのは、我々も同じ。大人しく治療だけ行うことだ。――大佐、VIPルームの制圧、完了しました」
侵入者の一人が、そう通信を入れてから数分後、割れた窓から新たに這入り込んでくる――イルジオンに乗った、初老の男。
「! き、貴様は……!」
そう驚愕の声を漏らすのは、VIPルーム内にいた重鎮の一人、ルシアニア連邦議員ロドリゴ=ヴラヴァツキ。
「……ロドリゴ殿、あの男をご存じで?」
「いっ、いえ……」
セイローン国王ラヴァールの言葉に、ロドリゴは口ごもりながら否定し――だが、初老の男自身が彼へと答える。
「それは、私自身がお答えしましょう。私はルシアニア連邦軍所属、ヴォルフ=ラングレイ大佐であります。当然その男も、他のルシアニア連邦の者達も私のことは知っているでしょう。我々の国の問題に、皆様を巻き込んだこと、深くお詫び申し上げます」
彼が小さく頭を下げると、ロドリゴは立ち上がり、口角泡を飛ばして怒鳴る。
「ふ、ふざけるな!! 貴様は軍事物資の窃盗容疑で、すでに軍籍を剥奪されている!! 貴様はただの賊、勝手に連邦軍を名乗るでないッ!!」
「ふむ……そうですな。では、ヴォルフ=ラングレイ元大佐と名乗りましょう」
「きっ、貴様……馬鹿にしているのかッ!?」
ヴォルフは一つため息を吐き出すと、冷めた目でロドリゴを見やり――そして、手にした拳銃で躊躇なくその両足を撃った。
二発分の銃声の後、舞う血飛沫。
悲鳴。
「止血を」
クイと顎で指示し、男の部下が乱雑な手つきで応急処置を始める。
その様子を見て、とりあえず殺す気はないらしいということを理解したラヴァールは、険しい表情で口を開く。
「……問おう、ヴォルフ=ラングレイ。我々の国の問題、と言ったな。つまり……これは、ルシアニアの軍部の反乱、ということか?」
「軍部……? あぁ、いえ、それはどうでもよいことです」
「何……?」
「誤解無きよう言っておきますが、軍部もそれ以外の全ても関係ありません。我々はただ、我々のためのみに行動しております。……そうですな、少し、ルシアニアという国のことを話すとしましょう」
男は、独白を始めた。
「帝政が終わり、ルシアニアは共和国へと至りました。初めは、確かな崇高な目的の下に皆が動き、そしてそれが達成された時、心から喜んだものです。死した同志達よ、成し遂げたぞ、と。ですが……政府高官は、自分達が国を動かす権力者となったことで、わかりやすく腐ったのですよ。『皇帝』という、押さえ付けるものがなくなったことで」
静かな声の中に滲むのは、抑え切れない憤怒。
「欲に溺れ、権力を欲し、肥え太った豚の如くどんどんと醜くなっていきました。この男、ロドリゴ=ヴラヴァツキはその象徴とも言える存在。多くの不正を働き、多くの犯罪を犯しております。かなり巧妙にやっている故、表にはほとんど出て来ておりませんがね。そんな者達が、現在ルシアニアという国を回しているのです」
「ち、違う、私はグッ――!?」
否定を口にするロドリゴを、近くいたヴォルフの部下が躊躇なく殴り飛ばす。
確かな憎悪を感じさせる拳で、ガ、ガ、と数度殴り、黙らせる。
その狂気に、室内にいる者は一様に戦慄を覚えていた。
「この男のような者が蔓延ったせいで、格差は帝国時代よりも酷くなり、富めるものだけが富み、弱者は顧みられることもなく死んでいく。……決して、こんな腐った政府のために、私の仲間達は死んだのではない。ならば、それを是正するのが生き残った者の使命でありましょう」
――危険だ。
この者達の存在は、セイローン王国に必ず良くない影響を及ぼす。
彼らの姿に、重い脅威を感じながら、ラヴァールは問い掛ける。
「……なるほどな。その理想は理解した。理想は、だ。所詮、お前達はテロリスト。どれだけ気高い理想を抱いていようと、学生の大会を襲撃するような者達の言葉を、いったい誰が聞く?」
「えぇ、その通り。我々はただのテロリストであります。故に、テロリストらしく事を為し、要求させていただくとしましょう。――我々の名は、『第00旅団』。死者によって構成される軍隊」
ヴォルフは、拳銃の銃口をラヴァールへと向け、そして部下が持ってきた無線機のマイクを彼へと渡す。
「この男、ロドリゴ=ヴラヴァツキの身柄はいただく。すでに異常を察知して動いているセイローン王国軍に、撤退するよう連絡を。要求を断る場合、こちらもそれなりの措置を講じます。現在この競技場は我々が掌握していること、重々ご理解いただきたい――」