襲撃《1》
爆音。
刹那遅れ、停電。
夜の暗闇に呑まれ始めていた空模様であったため、周囲は一気に暗くなり、途端に観客席の方から漂うザワザワとした空気が、俺達のいるフィールドにまで届く。
この停電……今の爆発によるものか?
と、その時、何かが空を覆い始めたことに気が付き、俺は見上げ――そして、驚愕の声を溢した。
「なっ――飛行戦艦!?」
上空を飛んでいたのは、空中要塞とすら表現される、空を航行可能な戦艦。
全長二百メートルはあるだろうか。
まだ登場してからの歴史は浅いのだが、多数のイルジオンを搭載可能で、その隠密性の高さと強襲能力の高さからすでに軍の主力に据えられており、力のある各国がこぞって増やしている兵器である。
今までは、確実に姿が見えていなかった。
幻影魔法か何かで、空と同化していたのだろうか。
そして、そこから次々と降下しているのは――イルジオンかッ!!
そこでようやく俺は、この競技場が襲撃されていることを理解する。
ドラク・フェスタのフィールド内にも数機が降り立ち、知らされていない何かの催しとでも思ったのか、困惑の顔で抗議の声をあげた審判スタッフらしき男が、魔導ライフルの銃床で殴られ、気絶するのが視界に映る。
別のスタッフや、まだフィールドに残っていた学生の選手がそれを見て硬直し、彼ら全員を制圧するためか、さらに別の数機が現れ――そこに、俺が突っ込む。
片手でシオルを抱いたまま大剣を振り抜き、一機を吹き飛ばして廃墟の壁に激突させると、返す刀で近くにいたもう一機へと攻撃を放つ。
ソイツは機体をスライド移動させ、俺の一撃を避けるが、逃がしはしない。
もはや激突するかの勢いで急加速し、追撃。
二撃目は防御されず、ヒット。
重量級のその攻撃は、魔力障壁を破って機体に到達し、俺が大剣を振り抜くのと合わせてソイツは吹き飛んでいく。
近くの脅威がなくなったことを確認した俺は、次に大剣へと魔力を溜め始め、空へと広域殲滅魔法を放つ準備をし――が、そこで、機体の動きを止める。
腕の中のシオルが、いつの間にか取り出した拳銃の銃口を、ピタリと俺の胸に当てていた。
その拳銃の弾は……ゴム弾、じゃあないんだろうな。
「おう、アイツら、シオルの仲間か?」
「……ごめん、なさい」
掠れた、消え入りそうな声で謝るシオル。
隠し切れない罪悪感を、その瞳に覗かせ。
現在俺は、彼女の身体をも覆う形で魔力障壁を展開している。
故に、今の俺では、ソレで銃弾を防ぐことも出来ない。
そうして動かなくなった俺のところに、さらに二機がやって来ると、こちらへと魔導ライフルを向ける。
「マイゼイン少尉を離してもらおう、少年。ゆっくり武器を捨て、機体を降りろ。悪いが、こちらもあまり余裕がない。変な動きを見せれば、躊躇せず撃たせてもらう」
「全く……大したものですね、隊長。あんな鈍らで、ウチの二人をそうも簡単に落とすとは」
マイゼイン少尉、ね。
――今は、従うしかないか。
俺は無言でシオルを降ろし、競技用の大剣を地面に捨てると、機体から降りる。
俺から離れると、シオルもまた壊された機体から降りる。
「フィールド制圧完了。次に移ります。――おい、この少年を裏に連れていけ。他の選手なんかと一緒にして暴れられたら敵わん、拘束してどっかほっぽり込んでおくんだ」
「了解」
「……私も行きます」
隊長と呼ばれた方の男が首元の無線機で通信を入れた後、そう言ってこの場を去って行く。
そうして俺を裏へと連行していくのは、もう一人の軍人らしき男と、シオル。
背中で両腕を縛られ、銃を突き付けられながらフィールドを出て、そのまま関係者用の通路へと連れられて行く。
どうやら非常電源が点灯したらしく、通路を照らす薄い明かり。
周囲から無くなる、人の目。
俺は、他者が二人だけと判断した瞬間に、口を開いた。
「おっさん、一人だけか」
「黙って歩け。それと、俺はおっさんって歳じゃねぇし、一人でもねぇだろ」
「そうか、おっさん。子供相手に撃つつもりがないんだろうが……悪いな」
「あ? 何を――」
彼がその言葉を言い終わらない内に、俺はグンと態勢を低くし、突き付けられていた魔導ライフルを後ろ回し蹴りで蹴り飛ばす。
男は慌てて腰からナイフを引き抜こうとするが、それよりも俺の方が行動が速く、魔力をたっぷりと込めていた肘打ちを打ち込む。
これは、原理としては『魔力刃』と同じものだ。
魔力で以て干渉し、攻撃するのである。
男もまたイルジオンに乗っていたため、魔力障壁は張られていたが、それを貫通して俺の肘打ちは水月へと届き、彼は声もなく気絶した。
カランと転がったナイフを後ろ手に拾った俺は、その握り手の方をシオルへと向ける。
「悪いシオル、この拘束、解いてくれないか? 俺一人だと時間掛かりそうだ」
何事もないかのようにそう言うと、固まっていた彼女は、少しして俺の後ろに回り、拘束を解きにかかる。
「……私が、攻撃するって思わなかったの?」
「おう、お前が、そんな簡単に物事を割り切れる性格をしてるんだったんなら、そんなに悩むことはなかっただろうしな」
「……そんな、不確かな理由で」
「けど、当たってたろ?」
クスリと、小さく笑う声が後ろから聞こえる。
「えぇ、そうね。私は、あなたを撃てないわ。……ん、解けたわ」
「おう、サンキュー」
俺はシオルと向き直ると、真っ直ぐにその瞳を覗き込み、問う。
「シオル、教えてくれ。お前と、彼らの目的は何だ?」
「……今大会における目標は、交流にやって来ているルシアニア連邦議員ロドリゴ=ヴラヴァツキの誘拐。最終的に目指すのは、現ルシアニア連邦政権の転覆」
彼女は、ポツポツと言葉を続ける。
「私は……両親が、政府高官に嵌められて死んだ。ただ金のために、無意味に死んだ。他のみんなも一緒。友人、恋人、家族、それぞれ誰かしらをルシアニアという国に奪われ、今日までを生きてきた。だから、みんな、そのために命を懸ける」
……やっぱり、復讐が目的だったか。
先程のおっさんの様子からも、彼らがただのテロリストではないことはわかっていた。
彼は、魔導ライフルの引き金に指が掛かっていなかった。
震え、銃口が揺れていた。
つまり、子供に銃を向けるのを躊躇う程には善良で、だが学生の大会の襲撃に踏み切る程度には、彼らは重いものを抱えている、ということだ。
「この大会で行動を起こした理由は?」
「ルシアニアを諸外国と対立させ、外国資本を抜くのが目的、と聞いているわ。あとで、横やりを入れられないために」
「……あの飛行戦艦なんかは、ルシアニア連邦の?」
「えぇ、盗んだものよ」
――なる、ほど。
少し、見えてきた。
ここは、セイローン王国内だ。
故に、仮にシオルの仲間達が議員誘拐に成功した場合、ルシアニア連邦は「そっちの警備はどうなっている!」と糾弾し、逆にこの国は、恐らく「そちらの国の問題をウチに持ち込んだな!」といった感じで糾弾し返すのだろう。
普通ならば後者の言い分の方が弱いが、ただ実際に飛行戦艦まで現れたとなれば、ルシアニアの杜撰さも酷いと言わざるを得ない。
しかも、イルジオンまでたんまり現れている。
これらが全てルシアニア内部で調達されたものだとすれば、その責任は重いだろう。
弱みを見せれば、食われるのが国際社会というものだ。
責任の擦り付け合いは確実に発生し、ルシアニア連邦とこの国は対立することになるだろう。
そして……恐らく諸外国は、セイローン王国を支持すると思われる。
何故なら、ウチの国の方が、力が強いからだ。
そうなればルシアニアは孤立気味となり、「あの国は危険」と判断されれば投資家は簡単に資本を抜き、少なからず弱体化する。
対立が深ければ深い程、ルシアニア内部での争いごとに諸外国が手を出してくる可能性は低くなり、あとは満を持して行動を起こし、現政権転覆に動く、と。
先の先までを見越した作戦の、一手目がこの大会の襲撃、という訳だ。
「シオルの役目は?」
「三位以内にまで勝ち残り、表彰されること。けど……それが失敗したから、第一作戦は破棄され、第二作戦が発動した」
……表彰されれば、お偉いさんと話す機会が出る。
その誘拐対象の議員に、簡単に近付ける訳か。
襲撃よりは、スマートに事が運ぶだろうな。
と、思わず険しい表情を浮かべていると、彼女はふるふると首を横に振る。
「そんな顔をしないで。第一作戦を望んだのは、私。みんなが危険だと止める中で、やると言い張った。けれど……結局、私は迷ってばかりで、中途半端にしか事を為せなかった」
自虐的な、疲れたような声音。
「胸の内に煮え滾る強いものがあっても、踏み出せず、中途半端で。みんなの辛い気持ちをわかっても、でも死んでほしくもなくて。……もう、どうしたらいいのか、わからなくなってしまった」
「……大丈夫だ」
俺は、ポンと彼女の頭に手を置き、ワシャワシャと撫でる。
「お前を助けるって決めた。だから、お前こそそんな顔すんな。俺は強いからな、どうにかしてやる」
そう言ってワシャワシャワシャワシャと撫で続け、と、だんだん顔が赤くなっていったシオルがポツリと呟く。
「……あ、あの、恥ずかしいのだけれど……」
「おう、恥ずかしがらせてやろうと思って」
――所詮この身は、ただの学生だ。
前世と違い、国家の問題に手を出せるような権力など到底持っておらず、ここまで事が大きくなると、どちらが正義なのか、なんてことが語れる次元の話でもない。
そうである以上、俺が出来ることなど非常に少ないが――しかし、今この時だけであれば、それなりにやれることはある。
この、競技大会の場に限って言えば、ただの一学生であっても状況を動かすことが出来る。
何故ならば、ここは政治が絡まない、戦場だからだ。
「……わかった。よし、シオル。追い返そう、彼らを」
作者は、SFアクション系の作品が大好きです。
やっぱ、未来兵器って心躍るよね……。