ドラク・フェスタ《4》
――いつか見た、冷たい瞳。
口を開くことなく、無言で俺を見据えている。
「全く……大変だったぜ、お前とこうして話すのは。たった一日会ってなかっただけだが、もう随分と話してないようにすら感じるぞ。……と、あぁ、この機体を壊したの、お前だろ? 先輩達に結構迷惑掛けたんだから、あとで謝っとけよ」
殊更軽い口調でそう言うと、シオルはポツリとだけ答える。
「……もう、私に関わらないで」
「関わらないで、とはご挨拶だな。俺はこんなにお前と関わりたいと思ってるのによ。――わかった、じゃあお前が俺に勝ったら、もう関わらないでいてやる。だから、逆に俺が勝った場合は、何でも一つ言うことを聞いてもらおうかな。色々やってくれたんだし、それくらいは呑んでくれてもいいだろ?」
「…………」
シオルは、その言葉には答えず。
代わりに、固まっていた指を動かして引き金を引き、対物魔ライフルの弾丸を俺へと放った。
鬼族の少女の魔力の高まりを感じ取っていた俺は、瞬時に自らの身を大剣の刀身へと隠すことで防御する。
シオルの攻撃を食らうのは危険だ。
彼女は魔電磁パルス弾を放つことが可能であり、魔力障壁上でもそれを食らってしまうと、機体がほんの一時的にだが動かなくなってしまう。
と、俺が防御に移った一瞬でシオルは一気にビルから飛び降り、飛んで逃走を開始する。
やはり、判断が速い。
逃げに徹した時の彼女まで追い付くのは骨だな。
――さて、どうするか。
彼女を追い掛けながら、俺は思考を巡らす。
狭く入り組んだ、廃墟の建物の間を、低く飛んで駆け抜けるシオル。
こういう入り組んだ地形は、俺よりもシオルの方に有利に働く。
開けた空ではなく低く飛んでいるのも、まず間違いなく彼女自身がそれを理解しているからだろう。
以前使った広域殲滅魔法、『風伯』なんかを放てば高空に浮かせられるかもしれないが、一度見せた魔法である以上、すでに何らかの対策を持っていてもおかしくない。
というかまあ、広域殲滅魔法は、仮に威力を落としていてもルール違反で失格になりそうなので、使う気はないんだがな。
そうして思考を巡らしている時、建物の陰からこちらへと急接近する一機のイルジオンが視界に映る。
どうやら、漁夫の利を狙った別の選手がいたらしい。
「はぁっ!!」
グン、と加速し、シオルを追い掛ける俺に向かって振るわれる剣の煌めき。
だが、俺の魔力障壁の強度を知らないその選手の攻撃はガキンと弾かれ、驚愕に目を丸くするのがわかる。
悪いな、シオルとの戦闘に入った時点で、すでに強化してあったんだ。
振るった剣が変に止められたせいで、動きが一瞬停止するその選手の前で、俺はグルンと回転し、遠心力を乗せた一撃を放って吹き飛ばし――その時、俺の魔力障壁に一発の非致死性ゴム弾がヒットする。
――シオルかッ!!
その弾には、どうやらMEMP弾の効果が乗っていたらしい。
一番警戒しなければならなかった攻撃を食らったことで、俺の機体の全ての機能が停止し、自由落下を開始する。
刹那、追撃の弾丸。
跳弾させたようで、何もない壁側から襲い来るその攻撃は、だが機体の魔力障壁が破られたと理解した瞬間に、自らの魔力のみでそれを張り直していたため、どうにか防ぐことに成功する。
危ねぇ、五秒も経ってないくらいの時間だが、確かに今、魔力障壁が消えていた。
ドラク・フェスタのルールは、万が一にでも事故を起こさないよう、厳格に定められている。
もう数秒魔力障壁無しのまま時間が経過していたら、失格になっていてもおかしくないだろう。
「ハハハ、今のは良い不意打ちだったぞ、シオルッ!!」
すでに再起動したイルジオンを駆り、俺は笑って、逃げる鬼族の少女を再度追い掛け始める。
――よし、一つ思い付いた。
シオルの攻撃のリズムは、大体理解した。
彼女の基本戦略は以前と変わっておらず、今回もヒットアンドアウェイを徹底している。
現在、彼我の距離は二十メートル近く。
加速は俺の方が速く、故にこのまま鬼ごっこをしていれば、三十秒程でその背中に追い付けるだろう。
だから恐らく、シオルはここで仕掛けてくる。
差し掛かる狭い十字路。
そこで彼女は、対物魔ライフルを下に向かって撃ち、同時に発生し始めた煙が一瞬で拡散し、その姿が見えなくなる。
どうやら、スモーク弾を放ったらしい。
――ここだ。
俺は煙の中へと突っ込むことはせず、一旦冷静に手前で立ち止まると、上空へと上昇する。
すると、その十字路を直進せずに曲がっていたらしく、何かトラップを仕掛けながら煙の中を抜け出すシオルの姿が視界に映る。
彼女を視認すると同時、俺は発動直前の段階で待機させていた、その魔法を発動した。
瞬間、現れるのは――もう一人の俺。
これは、フィルが得意とする幻術と同じ魔法である。
彼女に教わり、最近になって俺も使えるようになったのだ。
ただ、かなり難易度の高い魔法であるため維持するだけでも難しく、ぶっちゃけこれを使っていると機体操作もギリギリになるレベルである。
しかも、本人と全く見分けが付かない程の、複雑な動作をさせることが可能なフィルの分身と違って、俺のは「指定ポイントに前進・停止・武器を振る」くらいの、本当に簡単な動作しか行わせることが出来ない。
自分で使えるようになってよくわかったが、何体も何体も分身を生み出し、そして同時に操るフィルは絶対人間じゃない。
多分アイツ、脳味噌もう一個持ってると思う。
ただ――そんなフィルより数段劣った幻術であったとしても、全ては使い方次第である。
たとえば、出現位置。
離れると無理だが、これくらいの距離ならば、シオルの前に生み出すことも可能だ。
「ッ――!!」
煙の中から出た瞬間、目の前に出現した俺の姿を見てシオルは驚き、ほぼ反射的に対物魔ライフルを放つ。
彼女の動きが、刹那の間、止まる。
その特大の隙を見逃さず、俺は一息の間に上空から距離を詰めると、彼女の機体の可変式ウィングのみを狙って大剣を振り下ろした。
急降下の勢いと、全体重を大剣に乗せ、真っ直ぐに。
刃に感じる抵抗。
後に、破砕音。
魔力障壁を破った刃が、そのままウィングへと到達し、バラバラに粉砕する。
そして俺は、降り抜いた大剣から手を離すと、推進力を失って落下し始めたシオルへと両腕を伸ばし、いわゆるお姫様抱っこの形で彼女を抱きかかえた。
「うし、俺の勝ちだな」
「……まだ、魔力障壁は張れる」
「おう、じゃあ、この状態から続けるか?」
ニヤリと片方の口端を吊り上げると、彼女は少しだけ唇を尖らせ、拗ねるような口調で口を開く。
「……あの分身の魔法、あなたが使うの、初めて見たわ」
「最近使えるようになったんだ。いやぁ、一発で上手く刺さって良かったぜ。あれが上手くいかなかったら、試合終了までお前と鬼ごっこするハメになってたかもしれねぇしな」
肩を竦めて答えてから、俺は言葉を続ける。
「そんじゃ……俺が勝ったことだし、さっきの約束通り、一つ俺の言うことを何でも聞いてもらおうかな」
「……何?」
こちらが一方的にしただけの約束だったが……自棄にすら聞こえる声音で、そう問い返すシオルに。
俺は、言った。
「――俺に、『助けて』って言え」
グ、と彼女の唇が締められる。
ジワリとその瞳が潤んだかと思うと、ツー、と目の端から、雫が一滴だけ零れ落ちる。
「…………でも」
「自分はそうしてもらうのに値しない存在、ってか? けど、今回はお前がどう思ってようが、関係ねぇぞ。だって、賭け事の結果だかんな。ほら、言え。助けてって」
「…………」
ボロボロと。
一つ箍が外れたかのように、ボロボロと瞳から涙を溢し、その端正に整った顔を歪める。
唇を震わせ、ギュッと俺の訓練服の裾を掴み――そして、シオルは言った。
「…………たす、けて」
俺は、ニッと笑い、頷く。
「あぁ、任せろ」
――ドォン、と遠くからデカい爆発音が聞こえ、競技場全体の照明が停電したのは、それから数秒後のことだった。
* * *
「――大佐! シオル=マイゼイン少尉の敗北を確認しました!」
モニターを確認していた情報官の言葉に、高級将校らしい軍服を身に纏った、大佐と呼ばれたその初老の男は、ゆっくりと頷く。
彼は大きく息を吐き出すと、傍らに設置されている無線機を手に取った。
「諸君、第一作戦の失敗を確認した。よって、これより第二作戦へと移行、現時刻を以て発動とする。所定の行動を開始せよ。繰り返す、現時刻を以て作戦を発動する。諸君、一般人に扮するごっこ遊びの時間は終わりだ」
その通信が入ると同時、彼らは一斉に動き出した。
ある者達は、競技場へと繋がるケーブルを切断し。
ある者達は、陽動用に設置した爆薬のスイッチを入れ。
ある者達は、観客席を立ち上がり、隠し持っていた武器を手に移動を始め。
そしてある者達は、ソレからの降下を開始する。
「今後我々は、学生の大会を襲った卑劣なテロリストとして、歴史に名を刻まれるだろう。唾棄すべき、愚か者として世界に知れ渡るのだ。だが――諸君らの気高きその魂を、我々だけは知っている。自らの名誉を犠牲にしても為さねばならぬことがあると、行動を起こしたことを知っている」
初老の男は、静かな、だが確かな熱を感じさせる声音で、言った。
「胸の内を焼き焦がす、このどうしようもない怒りと痛みに耐えるのは、これで最後だ。――さあ、行くぞ、同志達よ。死した全ての者達の、誇りを取り戻すために」
今章終了! 次章に続く!
今話を書きたいがために、始めた学園魔導対抗戦だった。
読んでくれてありがとう!