ドラク・フェスタ《3》
「……ん、寝てるね」
スー、スーと寝息を立てる、ユウヒ。
無防備で、元魔王とは思えない、あどけない少年そのものの寝姿。
そのベッドでは、どうやら眠気が出てきてしまったらしく、彼とほぼ同じような格好で千生が眠っており、血は繋がっていないはずなのに本当に兄妹のように見える。
その内、彼女をリュニとも会わせてあげたいものである。
二人の可愛らしい寝姿にクスリと笑うと、フィルはゆっくりとその枕元に腰掛ける。
そして片腕を伸ばすと、起こさないよう優しく、そっと彼の黒髪を撫でた。
破天荒で、ちょっと抜けていて。
よく笑って、よく失敗して、快活な少年らしい性格。
だが――この人の本質は、やはり『王』なのだ。
彼の芯の部分には、その王としての信念が、決して揺るぐことなく毅然と存在している。
己が力を以て阻むもの全てを薙ぎ払い、何があろうがただ真っ直ぐとだけ道を切り開き、他を守る。
続く者達は、彼の背中に、確かな光を見るのである。
前世にて、ただ敵同士として斬り結んでいた頃ですら、その輝きを感じられたくらいなのだ。
世界の多くの種族を敵に回してなお、何故あそこまで魔族達が精強であったのか、今ならばよくわかる。
彼らは無条件に、心の底から信じていたのだろう。
彼が放つ光に付いて行けば、間違いないのだと。
そんなユウヒだからこそ、刀の幼女の時も、鬼族の少女のことも、必死になって当たるのだ。
まるで我がことであるかのように本気で、平気で無茶をして。
また、そうして周囲が守る対象であるからこそ、自身へと向けられる感情に気付き難く、鈍感になってしまう訳だ。
不器用で、だが気高いその生き方に、自分も――。
「…………」
誤魔化すように、少し赤くなってしまった頬をポリポリと掻く。
――あの鬼族の少女も、この人の真っ直ぐな眼差しに惹かれているのは、間違いない。
しかし、彼女の胸に秘められた煮え滾る感情もまた、生半可に忘れることなど出来ない非常に強いものなのだろう。
あの、壊されたユウヒの機体の様子は、彼女の今をよく表していた。
頭の中がぐちゃぐちゃで、思考は揺れに揺れ、いったいどうすればいいかわからず子猫のように迷ってしまっているのだ。
ここしばらく一緒にいたが、自分では、その心の重しを軽くしてあげることは出来なかった。
他力本願もいいところだが……やはりそれは、ユウヒにしか出来ないことなのだ。
「……だから、どうか、お願い」
――君のその光で、シオルを温めてあげて。
そう胸中に抱きながらフィルは、二人に毛布を掛けてやると、この後に控えている自らの試合に出るべく、部屋を後にした。
* * *
「――ユウヒ君、最終確認。スラスターの調子は?」
修理が完了した自身の機体に乗った俺は、可変式ウィングに魔力を流し込み、軽く飛んで動かし、感じを確かめる。
違和感は……ない。
魔力もスムーズに流れ込んでいる。
「問題ないっす! 流石っすね、こんな短時間で」
これを直してくれていたレツカ先輩とデナ先輩は整備スタッフであるため、俺以外の生徒の機体調整も多数受け持っていた。
優先的に俺の機体修理を行ってくれたのは間違いないだろうが、それでもそれだけの仕事量の中、こんな短時間で修理を完了させてくれたのは、流石としか言えない。
「フフ、ま、これが仕事だからね」
「うむ、君があれだけ頑張っていたんだからね。なのに、私達の方が間に合わないとあっては、不甲斐なさ過ぎる」
顔に若干疲れを見せながらも、不敵に笑ってそう答える二人。
……ウチの学園にこの二人が在籍していることは、優秀な選手が数多いることよりも大きいかもしれないな。
「いやー、正直俺としては、機体無しのユウヒがどこまで戦えるのか、もう少し見てみたくはあったな。試合だった故、見たのは録画でだが、すごい立ち回りだったじゃないか」
と、そんなことを言うのは、アルヴァン先輩。
彼は今日出る試合が全て終わったので、こうして俺の試合を見に来てくれていた。
そして彼の次に言葉を続けるのは、同じように試合を見に来てくれたらしい、レーネ先輩。
「アルヴァン、流石にユウヒ君でもそれはキツいわよ。……まあ、正直同感ではあるけれど。ね、カーナちゃん」
「え!? え、えぇ、まあ……気になると言ったら、気になりますけど……」
「ふむ、そうだな。ユウヒ君がいったいどれくらい戦えるのかは、確かに私も興味がある」
突然話を振られ、やはり同じように来てくれていたカーナ先輩が、ちょっと狼狽えながらそう答え、そしてレツカ先輩が同意するように頷く。
「……あのね、四人とも。そもそも生身で戦うことは危険なんだから。無茶言わないの」
四人の言葉を、呆れたようにそう窘めるデナ先輩。
そんな彼らの会話に苦笑していると、次に俺の友人達と千生がそれぞれ口を開く。
「あはは、まあ、先輩方の気持ちもわかりますけどね。――さ、そろそろだよ、ユウヒ。頑張って!」
「ゆー、がんばれ」
「おめーにとっちゃ、色んな意味で、ここが正念場だろーしな。しっかり見といてやるぜ!」
「そうね、ユウヒにとっちゃ二回戦突破くらいは訳ないだろうしね。妹ちゃんに、良いところ見せてあげな」
皆の応援に、俺は心からの礼を言い、そして整備所兼控室を出ると、続く通路から競技場へと出る。
今度はイルジオンに乗っているため、一回戦の時のように審判スタッフに声を掛けられることもなく、指示に従って所定の位置に着く。
――ドラク・フェスタ本戦、二回戦第一試合。
本日対抗戦にて行われる試合はこれで最後であり、空はオレンジ色に染まり始め、あと三十分もすれば完全な夜へと変わることだろう。
二回戦の出場選手は、新人戦では十名だったが、本戦では増えて十五名になっている。
また、新人戦は三回戦目が決勝となっていたが、本戦では四回戦まで行われ、それが決勝に当たり……いや、後のことは今、どうでもいいな。
「…………」
仄かに身を包む緊張。
大剣を握り直し、静かに試合開始の合図を待ち――そして、号砲が高らかに鳴り響いた。
瞬間、俺は一気に上昇を始め、高空へと飛び上がる。
途端に飛んでくる光弾や魔法を、避けるだけにして反撃せずに無視し、フィールド全体を観察する。
各選手達が、それぞれ有利な位置を取りに動き始める様子がここからだとよくわかるが……しかし、シオルらしき姿は見えない。
――俺がシオルなら、どこを陣地に選ぶ?
彼女は、完全な遠距離特化の戦闘を行う。
狙撃手は隠れて撃つのが基本であり、故にまず、自らが有利に戦える陣地を選ぶ。
それは、射線が通りやすく、すぐに逃げやすい場所だ。
可能性として高いのは、高所。
イルジオンに乗っていれば簡単に逃げることが可能で、戦場のどこでも撃てる高所は、狙撃手にとって戦いやすい環境の一つと言えるだろう。
そして、市街地を模したこの廃墟フィールドには、高所と言える建造物が幾つか建てられている。
すなわち、ビルである。
あまり見晴らしが良過ぎる場所だと敵からも狙われる可能性があるが、シオルの逃走技術が非常に高いことを、以前一度戦って俺は知っている。
彼女ならば、セオリー通りの位置取りをするのが最もその実力を発揮出来るだろうし、そのことは本人自身が一番理解していることだろう。
ただ、そこまでわかっていてもなお、隠れたスナイパーを見つけるというのは通常困難なのだが――今行われているのは、競技だ。
この競技では、設置された大モニターに映っているマップに、選手の位置情報を示す光点が一定時間ごとに表示される。
幾つか場所に目星を付けた俺は、マップに位置情報が映るまでその場で待ち――いた。
七階建て廃墟ビルがある位置に映る、一つの光点。
それを発見した瞬間、俺は一直線にそちらへと向かって飛行を開始する。
ただ真っ直ぐに飛んでいるだけで、回避機動も何も取っていない俺は、間違いなく絶好の的であろうが……しかし、進行方向からは一発も攻撃が放たれなかった。
そして――。
「――よう、シオル」
「…………」
――ゆっくりと降り立つ俺にピタリと対物魔ライフルの銃口を向け、だが引き金に乗せた指は固まったように動いておらず。
鬼族の少女は、そこにいたのだった。