煮え滾るもの
感想で貰って、確かに魔力障壁の強度がなんか微妙だな、と思ったので、前話でその辺りの表現を少しだけ書き足しました。
助かる!
「――おめーなら、どうにかすんだろうとは思ってたが……ユウヒ、もう機体なくても、どうにかなんじゃねーか?」
「バカ言え、流石に疲れたわ」
ラルにそう言葉を返し、俺はフゥ、と一つ息を吐き出す。
――あの後、無事に一回戦は突破。
だが、実際のところ結構危なかった。
というのも、途中から選手の全員が、俺を見るや上空に逃げて遠距離攻撃だけに徹し始めたからだ。
俺も魔力を刃に乗せて飛ばす『魔力刃』を使ったりして攻撃はしていたのだが、やはりしっかり距離を取られてしまうと、地上からではほとんど出来ることがない。
魔導ライフルを持ってくりゃ良かったとも思ったが、俺、射撃は別に得意でも何でもないので、動き回るイルジオンに当てられる気もしないしな。
広域殲滅魔法を放てば上空まで攻撃を届かせられたかもしれないが、流石にそんな高威力のものを放ったら、即失格だろうし。
結局、制限時間内では決着が付かず、撃破数で二回戦へと参加出来る選手が決まることになり、最初に落とした三人に加え途中で一機倒していた俺は、その計四人の撃破数でどうにか突破出来たような感じだ。
油断して低いところを飛んでくれていたあの三人がいなかったら、普通に敗北していた可能性もある。
やっぱり、イルジオンが持つ機動力は強みだな。
流石に生身で戦うのは疲れた。
一戦しただけなのに、かなり体力を削られた感じだ。
と、ラルの次にネイアが口を開く。
「……けど、疲れた、の一言で済ませられるところが、ユウヒらしいわよね。そもそも普通に戦えてたところからして、こっちとしては呆れるしかないんだけど」
「おう、頑張ったぜ」
「着地忘れて、壁に激突するくらいには頑張ってたね」
「……それ、見えてたのか?」
彼らと共にいたフィルのその言葉に、恐る恐るそう問うと、千生が口を開く。
「どかん、って、いたそうだった」
「うん、やっぱりイルジオンに乗らずに出場してる君が異色に見えたみたいで、映像が君を中心に撮られててね。大画面にアップで映ってたよ」
ニヤニヤと笑うフィルに、俺は頬を引き攣らせる。
……マジか。
「……忘れてくれ」
「無理」
その時の俺の顔を見て、友人連中は思わずといった様子で笑い声をあげた。
ぐ……お、お前ら、覚えとけよ。
「フフフ……とりあえず、結構消耗したでしょ。ユウヒのもう一試合は夕方なんだし、一緒にホテルで休も。ちょっと……話したいこともあるし」
「けどフィル、お前試合は――」
「僕は二時間後だから、まだ全然大丈夫」
と、彼女の言葉に続き、この場所――セイリシア魔装学園の整備所兼控室の中にいたデナ先輩が口を開く。
ちなみに、他の知り合いの先輩方はいない。
彼らも何らかの競技で離れているのだろう。
「フィルちゃんの言う通りね。幾ら君とは言え、通常よりも消耗したことは間違いないだろうし、万全を期すために休んだ方がいいわ。幾ら君とは言え」
「先輩、『幾ら君とは言え』を二回言いましたね」
「三回くらいは言っておきたいわね。――機体は、次君が来た時までには絶対直しておくから。だから、こっちは気にしないで休みなさい」
その厚意に俺は、逆らわず頷く。
「わかりました、助かります――と、千生」
「いつきも、いく」
クイ、と俺の服を引っ張る千生。
「わかったわかった、一緒に行こうな」
「あ、ユウヒ、ブレスレット。次、僕が試合だから」
「オッケー」
千生の本体の大太刀が入っているブレスレットを受け取り、それから俺達は一言断って、控室を後にした。
――ユウヒ達三人が去った後、ポツリとラルが呟く。
「……前から思ってたけどよ。ありゃ、まんま子連れ夫婦だよな」
「距離感がもう、ね」
「あはは……」
二人の後輩の言葉に、デナは曖昧に笑った。
* * *
ホテルへと向かう道すがら、フィルは何度か躊躇うような素振りを見せてから、口を開く。
「……ね、ユウヒ。機体、壊したの……多分、シオルだよね」
「……あぁ、俺もそう思う」
確証はない。
確証はないが、しかし、ほぼ間違いないだろうと思っている。
「……僕ね、シオルみたいな子、前世で何度か見たことあるんだ。胸の奥深くに煮え滾るものを秘めて、ソレを達成するためだけに生きるような、そういう子」
彼女の言葉に、俺は頷く。
「――復讐、だな」
いつかの訓練で、シオルが俺に向かって「……あなたは、何が理由で、力を求めたの?」なんて風に問い掛けてきたことを覚えている。
彼女の場合は、ソレが理由で、力を求めた。
だから俺を見て、自分と同種なのかと思って、あんなことを聞いたのだ。
ある程度、察しは付いていた。
「うん、僕もそう思う。どんなことがあったのかは知らない。けど、多分シオルは今、自分の胸の内で燃え盛る復讐心と、ただの学生として生きる日常の穏やかさの狭間で、揺れてるんだと思う。ユウヒの機体の、あの中途半端な壊し方は、その表れ」
フィルは、こちらを見上げる。
「ユウヒも、それがわかってるからこそ、そんなに必死になってるんでしょ? あの子を、日常の穏やかさの中に留めてあげたくて」
「……そんな、上等なモンじゃねぇさ」
――よく、復讐は何も生まない、などと言う。
ソレはくだらない、非生産的なことだ。
死者はそんなことを望んでおらず、あなたに穏やかに生きてほしいはずだ。
聖人面した誰かが、諭すような口調でそう言い聞かせる。
クソッタレだ。
ソイツらは何も分かっちゃいないし、黙ってろと顔面を殴り飛ばしてやりたいとすら思う。
ソレは、胸の奥でマグマのようにグツグツと煮え滾り、その熱で以て心を焦がし続ける。
たとえどれだけ時間が経とうとも決して治まることはなく、自らの精神に一本の剣を突き刺されているかのような感覚は残り続けるのだ。
確かに、湧き出でる憎悪を胸の奥に押し留め、ソレを忘れて生きることが出来るような者は立派だ。
間違いなく、人から称賛されるべき存在だろう。
しかし――その生き方を他人に押し付けるのは、話が違う。
どれだけ他者からは哀れに見えるとしても、自らの心に深く突き刺さった剣を抜き去り、ただの何の変哲もない一人の存在として生きるためには、それなりの『儀式』が必要になるのだ。
そう、復讐は死者のために必要なのではない。
今を生きる者のために、必要なのである。
だから……その者の復讐を止める、なんて他者が言うのはお門違いも甚だしく、「くたばれ」と中指を立てられても文句は言えない。
そのことは、前世で長らく戦火の中に身を置いていたから、よく知っている。
聞いたことはないが、恐らくフィルも、ソレを知っているのだろう。
だが、それでも。
それでもやはり、気になるのだ。
何故なら――俺は、彼女の友人なのだから。
「……ただの、恩着せがましい自己満足だ。シオルのためですらない、俺のための、どうしようもない偽善だ。だから、そんな大層なモンじゃねぇ」
「……うん。でもね、それでもシオルとは、そうやって一緒にいてあげることが大事だと思うんだ。無責任なことを言うようだけど、その役目は僕じゃなくて、やっぱり君じゃないと駄目なんだと思う」
「……あー、そうか? 俺としては、そういうのはお前の方が適任だと思うんだが……」
するとフィルは、今までの真面目な顔から一転し、呆れたような表情を浮かべ、ジト目で俺を見る。
「……本当に、これだからユウヒは」
「な、何だよ?」
「ハァ……ほら、部屋、着いたよ。君はもう休んでなさい。お昼ご飯とかは僕が持って来てあげるから」
「い、いや、それくらいは自分で――」
「いいの! お昼、何食べたい?」
「あ、あー……お前に任せるよ」
「わかった。それじゃあ、また来るから。千生ちゃん、ユウヒがちゃんと休むよう、見ててくれる?」
「ん、みてる」
フィルは「お願いね」と千生に言うと、この場を去って行ったのだった。
……解せぬ。