ドラク・フェスタ《2》
「……本当は、教師としては止めなければならないのだろうが……やるのだな?」
真摯な顔で俺を見下ろすのは、生徒達の総責任者であるガルグ担任。
「やりますよ。こんぐらいのハンデなら、まだ何とかなるんで」
ルール上も、問題はない。
敗北条件は、戦闘不能状態に陥ることと、魔力障壁が張れなくなることの二つ。
イルジオンに乗っていないことは反則ではなく、そして俺は自身で魔力障壁を張ることが出来る。
ならば、戦える。
すると彼は、小さくため息を吐く。
「普通、生身でイルジオンと戦うことをハンデとは言わん。無謀と言う。が――ふむ、私も、お前のことが少しわかってきたようだ。無理であることをやれると言い張るような男ではないだろう。わかった、大会スタッフには私の方から話しておこう」
「助かります」
コクリと頷き、ガルグ担任が去って行った次に、デナ先輩が諦めたような顔で口を開く。
「……ユウヒ君、君は、相変わらずね」
「すんません、先輩の組んでくれた機体、いつもいつも壊しちゃって」
「そんなのはいいのよ。機械っていうのはいつかは必ず壊れるものなんだから。けど……武器は大丈夫なの? ユウヒ君が使うの、いつもみたいに大剣なんでしょ?」
「それは大丈夫っす。慣れてるんで」
元々俺は、生身で大剣を振るっていたのだ。
むしろこっちの方が、自然とすら言えるだろう。
「? ゆー、つよいから、しんぱい、いらない」
と、俺の実力に全幅の信頼を寄せてくれているらしい千生が、何が問題なのかわかってなさそうな様子で、首を傾げる。
「……ん、そうだね、千生ちゃん。だからユウヒ、勿論余裕で勝ってね? 僕達を心配させないように」
俺の目を覗き込み、そう言うフィル。
「お、お前、この上さらに縛りを課してくんのか」
「当たり前でしょ、わざわざ生身で出るって言うんだから、それくらいはしてもらわないと。君が、一度こうって決めたら、それをもう変えないのはよく知ってるし、しかも目的がある今は、尚更テコでも動かないだろうけど……だからこそ、ケガとかしたらダメなんだから」
「……あぁ」
俺は笑い、片手で大剣を掴みながらもう片方の手でポンポンと千生の頭を撫で、控室を出た。
* * *
「――最後にもう一度だけ聞くが、本当に出るのだね?」
審判スタッフが、渋い顔でそう問い掛けてくるが、俺は気にせず頷く。
「出ます。ルール上は問題ないはずです」
制定されていないだけで、ルールの穴を突いたものであることは確かだけどな。
「……君に対する判定は、シビアに見ることになる。危険だと判断した瞬間、たとえまだ戦えようが失格とする。いいね?」
「わかりました。ありがとうございます」
こちらを心配しての言葉に礼を言い、俺は予め伝えられていたフィールドの開始位置へと向かう。
この競技は多人数が参加するバトルロイヤルであるため、開始位置をバラけさせてから始まるのだ。
ザワザワとした空気が収まらない、競技場内。
至るところから視線を感じる。
まあ、当然っちゃ当然だ。
イルジオンで競う競技であるはずなのに、俺一人だけ機体に乗っていないのだから。
――ドラク・フェスタにて用意されたフィールドは、『廃墟都市』をイメージして造られたものらしい。
学園にも同じような訓練所があったが、こちらはあれよりもさらに規模を増したものになっており、数多の建造物が乱立して非常に入り組んだ地形となっている。
この競技は戦わずとも最後まで生き残れば勝ちなので、これだけ入り組んでいると隠れ続けてやり過ごすような者が当然出て来るため、その対策として、一定時間ごとに出場選手の位置情報が設置されたモニターのマップに映ることになっている。
また、設定された制限時間内に試合が終わらなかった場合は、他選手の撃破数で競うことになる。
制限時間いっぱいを逃げて隠れるも良し、隠れた奴を追い掛けポイントとして狙うのも良し、という感じで戦略が分かれるのが、この競技の面白いところだと言えるだろう。
そして、今俺は機体にすら乗っていない、完全な生身であるため、本来ならば逃げて隠れるのを選択するべきなのだろうが――それは、性に合わない。
隠れるべき時だからこそ、突撃する。
逃げ腰のカモと見られれば殺到され、被弾は確実に増すだろう。
不利な条件がある今、それではダメだ。
たとえ機体に乗っておらずとも、「アイツはやべぇ」と思わせることさえ出来れば、相手は警戒するはずだ。
そうして、開始位置に着いてから少し待ち、数分後。
試合開始の号砲が高らかに鳴り響くと同時、俺は戦闘の意思を見せるべく走り出し――。
「バカが、舐めやがって!! まあ、こっちとしてはラッキーだったかッ!!」
――お、ラッキー。
機体に乗っていない俺を見て、カモとでも思ったらしい。
離れて魔導ライフルでも撃ってりゃいいと思うのだが、わざわざこちらへと突撃してくるイルジオンの一機。
振るわれる機械剣、マキナブレードの一撃を、俺はヒョイと半身だけずらして躱すと、カウンターで大剣を叩き込む。
無論、相手もまた魔力障壁を張っているが、分厚い鉄板でも銃の口径によっては貫けるように、鋭さと重さのある斬撃ならば、イルジオンの魔力障壁をぶち抜くのは難しいことじゃない。
「ガッ!?」
向こうが勢いよく突っ込んで来ていたこともあり、どこぞの学園の彼はその一撃で失神したらしく、ズガガと地面を削って停止した後、動かなくなる。
……あ、コイツ、見覚えがあるな。
最初に、シオルを連れ去って行ったルシアニアの男子学生だ。
今の衝撃の感じ、多分骨まで折った気がするが……まあ、いいか。
他にも、いいポイントだと見て俺を狩りに来ていた選手が数人いたようだが、今のカモ、もとい優しい彼がやられてくれたおかげで、警戒して動きが止まる。
それを見て俺はニッと笑うと、足裏に魔力を溜め――そして、ぶっ飛んだ。
そう、飛ぶ、じゃない。
ぶっ飛ぶ、だ。
俺が使ったのは、風魔法。
暴風による風圧を利用した、言わば爆弾の爆風で身体を浮かせているような状態である。
だから、出来ることは直線上にぶっ飛ぶだけで、イルジオンに乗っている時と違って流線的には曲がれないし、姿勢制御もままならないが――それでも、不意打ちは可能だ。
「何っ!?」
「オラァッ!!」
まさか俺がこんな方法で飛んでくるとは思わなかったらしく、回避の遅れたその一機に向かって、大剣を振り抜く。
魔力障壁が破れ、肉体に刃が届く感触。
競技用のこの大剣は刃を潰してあるため、真っ二つに斬り裂くことはないが……多分こちらも、今ので戦闘不能だろう。
後遺症を残してほしくないので、医療スタッフ、早く回収してやってくれよ。
そうして二機を連続で撃墜した俺は、空中でさらにもう一度同じ魔法を発動し、今度は横向きにぶっ飛ぶ。
角度を少しでも間違えればあらぬ方向へ行ってしまうところだが、腐っても俺は元魔王だ。
狙い通り、近くにいた別の一機へと正確にぶっ飛んでいき、再度大剣を振り抜く。
「くっ……!!」
今度の奴は、俺の攻撃に合わせマキナブレードを挟むことで防御してくるが――甘い甘い。
俺の武器は、重量武器なのだ。
それは、スレッジハンマーでの一撃を剣で正面から受けようとすることと同じである。
フィルであれば、長剣だけで相手の力を完全に受け流すような超絶技巧の技も使えるが、それだけの剣技がないのならば、避けずに防御するのは悪手だ。
何の障害もないかの如く、俺の大剣はマキナブレードを圧し折ると、そのまま前の二機と同じように魔力障壁をぶち抜き、墜落させる。
――よし、この感じで行けば何とかなりそうだな。
正面からの戦いでは、イルジオンの機動性を活かされて俺が圧倒的に不利だろうが、意識外からの攻撃を常に行っていれば、まだまだ戦えそうだ。
幸い、このフィールドは遮蔽物が多く、不意打ちには適した地形となっている。
せいぜい、掻き乱しまくってやるとしよう。
空中を飛びながら、そう俺は思考を巡らし――そこで一つ、あることに気が付く。
……あー、どうやって着地しよう。
「ぬわああああ!?」
完全にそのことが頭から抜けていた俺は、全く減速せずにドガンと廃墟の一つに激突し、壁を破って転がっていき、盛大に砂埃をあげながらようやく停止する。
「い、痛ぇ……」
ギリギリ、風魔法のクッションを挟むことで減速はしたが……今の、魔力障壁無かったら全身骨折しててもおかしくないな。
あとで、フィル辺りに笑われそうな気がする。
こんな自滅で、戦えないと判断されて失格判定になったら最悪なので、俺は頭をふるふると振ってすぐに身体を起こし――視界の端に映る、光の軌跡。
「ッ――!!」
飛んでくるエネルギー弾が、俺の魔力障壁に一発ヒット。
すぐにその場から逃げ、遮蔽物に身を隠すことで射線を切ると同時、連続でガガガ、と壁に弾の当たる音。
チラリと確認すると、上空で魔導ライフルを構え、俺を狙っている機体が見える。
やる。
ああして、冷静に距離を取られてしまうと、俺としてはほとんど打つ手がない。
仮に地表からぶっ飛んで行っても、その間にしこたま弾を食らって落とされるのがオチだろう。
ただ、あんな見晴らしの良い位置だと、他の選手にも狙われそうなものだが――いや、しっかり周囲にも意識を配っているのがわかる。
攻撃が来ても、迎撃出来る自信があるからこその位置取りか。
……なるほど、流石本戦選手というだけあって、一筋縄では行かないようだ。
いいじゃねーか。
だんだん、楽しくなってきた。
今の俺が、生身の状態でイルジオンという機械を相手にどれだけ戦えるのか、試してみるとしよう――。