ドラク・フェスタ《1》
魔王の武器はね、魔王の武器だからそりゃ喋るさ。
――国境沿いを警戒をしていた、セイローン王国軍のある軍基地にて。
「……ん?」
男が発した怪訝そうな声に、隣に座っていた同僚が問い掛ける。
「どうした?」
「いや……何かレーダーに反応があったと思ったんだが、すぐに消えちまった」
「……消えた?」
「あぁ。恐らく魔物か何かだろうが……待機中部隊に告ぐ、レーダーに反応があった。以下の座標に急行し、確認を」
指示に従い、その日の警戒担当であったイルジオン部隊の一つが確認に向かうが、彼らは何も発見することなく、しばらく周辺空域を探索した後に「異常なし」と報告して基地へと帰る。
ソレに気付く者は、まだ、いない。
* * *
翌日。
「さ、みんな、今日も頑張るわよ!」
朝、ホテルの食堂にて朝食を食べていると、レーネ先輩が気合いの入った声を響かせる。
このホテルに一般客はおらず、食堂もセイリシア魔装学園の貸し切りとなっているため、この時間が半ば朝の集会として使われているのだ。
「新人戦、一年生がたくさん頑張ってくれたものね! 今日からの本戦の方も、みんなしっかりやるわよ!」
「あぁ、これだけ後輩が良い成績を残してくれたんだ。彼らに負けんよう、我々も頑張らないとな。……と言っても、本戦の方で活躍してくれそうな一年もいるが」
ニヤリと笑い、こちらを見るのは、アルヴァン先輩。
「ま……期待に沿えるよう、やれるだけ頑張らせてもらいますよ」
俺は苦笑と共にそう答え、コーヒーを啜る。
あ、美味ぇ。
コーヒーが上手い飯どころは、良い飯どころだ。
「……ユウヒ君、流石に落ち着いてますね。私、もうすでに心臓がバクバクなのに……」
と、近くに座っていた二年整備部の先輩、カーナ先輩が、緊張を顔に浮かべながらハァ、と一つため息を吐き出す。
アルヴァン先輩は勿論のこと、彼女もまた対抗戦の選手として選ばれているのだ。
「大丈夫っすよ、カーナ先輩。先輩の実力なら、何も心配することなく一位取れますって」
彼女が出るのは、本戦のブレイク・スティープルチェイスだ。
この少女の実力は、高い。
特に機体の操作テクニック、判断力の速さなどは俺も見習うべきところが多く、専用機こそ持っていないものの、文句なくセイリシア魔装学園の主力選手と言えるだろう。
そう、励ましたつもりだったのだが、彼女はさらに縮こまった様子を見せる。
「うぅ……ユウヒ君が無自覚に圧力を掛けてくる」
「とりあえずカーナ、早く朝食を食べるといい。君はただでさえ食べるのが遅いんだから」
呆れた様子でカーナ先輩へと声を掛けるのは、レツカ先輩。
「だ、だってレツカ……緊張して食べ物があんまり喉を通らなくて……」
「……君は実力はあるんだが、その肝の小ささがね」
「ひ、ひどい。けど、否定も出来ない……」
「ほら、しっかり食べないと力が出ないぞ。朝食は肉体のパフォーマンスに直結する、早く食べろと言ったのは私が悪かったから、よく噛んで飲み込むんだ」
「ん、そうする……」
仲が良いらしい二人のやり取りに笑っていると、俺の対面で朝食を食べていたネイアが口を開く。
「ユウヒ、フィル、頑張ってね。アタシとラルはもう終わったから、あとは気楽に観戦するだけだけれど、二人は今日からの方が本番でしょ?」
「おう、じっくり戦い方を見させてもらうぜ。特にユウヒは……やらなきゃいけねーことがあんだろうし」
ラルの次に口を開くのは、フィル。
「僕は、仮に当たるとしても決勝戦だから……お願い」
「……あぁ」
――シオルに、会わないとな。
気にしてはいたのだが、結局昨日は一日、彼女に会うことは出来なかった。
しかし、今日はその機会がある。
ドラク・フェスタ本戦。
試合時間が長く取られているため、今日と明日の二日に分けて行われるのだが、俺が一回戦を突破すれば、今日行われる最終試合で彼女と当たることがわかっている。
俺はもう一度、彼女に会わないといけない。
会って、話をしないといけないのだ。
そうして朝食を終え、それぞれが競技のための準備に向かい始め――俺は、知ったのだった。
――自らの機体が、壊されていることを。
* * *
判明したのは、朝食後のすぐだ。
「いったい、誰がこんなことを……!」
強い憤りと悲しみを感じさせる声音で、デナ先輩が言葉を溢す。
――そこにあるのは、一目で破壊されていることがわかる、周囲にパーツが散乱した機体。
やられているのは、何かアクシデントがあった時のために用意されていた予備機の全てと、そして俺の競技用の機体だ。
セイリシア魔装学園に割り振られている整備所内自体はほとんど荒らされていないのを見るに、これをやった者の目的が、初めから機体の破壊であったことがわかる。
「…………」
俺は辺りを確認してから、次に機体の損傷の仕方を確認する。
どれも無駄な破壊の跡はなく、恐らく一撃で壊されたのだろうことが窺える損傷具合。
効率的な、理性的とすら言えるような手口だが――随分と、中途半端だな。
イルジオンの頭脳である、魔導演算回路。
予備の機体は、全て破壊されているのだが、俺の機体のソレにだけ、手が付けられていない。
俺のでやられている部位は、背面の可変式ウィング。
壊れたスラスターの破片や部品が床に転がり、内部の魔導線が幾本も露出しているものの、これならまだ、リカバリー可能な範囲だ。
予備機は恐らく修復に週単位で掛かるだろうが、逆に俺の方は、本気でやれば今日中に動かせるようにすることも可能だろう。
また、破壊されているのが、俺の機体以外は全て予備機であるという点も気になる。
出場不能に一人だけ追い込んだ、というのは、まだ理解出来るのだ。
恐らく、選手の一人が参加出来なくなるくらいでは競技に影響が出る可能性は低いが、二人以上の機体を破壊してしまえば、流石に延期や調査などが入り予期せぬ事態が起こり得ると思ったのではないだろうか。
もしかすると、何か実際にそういう前例でもあるのかもしれない。
つまり、ありがたいと言っていいのかわからないが、この破壊を行った者はセイリシア魔装学園内において、最も脅威なのが俺であると判断したのだと思われる。
対外的に見れば、ただの一年生でしかない俺を、だ。
故に、俺の機体と予備機を破壊して、出場出来ないようにしたのだろうが……その割には、肝心の俺の機体は中途半端な壊され方をしている。
まるで、本人の葛藤を示すかのように。
そもそも、俺の機体は新人戦で一度見せているのでわかるかもしれないが、他の予備の機体を、予備かそうでないかを見分けるのは、ウチの学園の関係者でないと難しいだろう。
これは誰々が使っているものです、なんて風に、書かれている訳じゃないのだから。
ということは、これをやった者は、こちらの内情をかなり深くまで知っていることになる。
…………。
と、俺が黙って思考を巡らしている横で、アルヴァン先輩が口を開く。
「これは……ウチの内部事情を知っている奴がやったんだろうな」
「なっ……じゃあこれ、ウチの学園の奴がやったってんすか!?」
俺と同じ結論を出したらしい彼の言葉に、ラルが食って掛かるような勢いでそう問い掛ける。
「わからん、あくまで可能性が高いというだけの話だ。だが……少なくとも、ただの部外者ではないだろう」
彼の言葉に、共にいたレーネ先輩がコクリと頷く。
「……そうね。とりあえず、ユウヒ君のことを大会スタッフに言って、何らかの対処をしてもらわないと――」
そのまますぐにでも整備所を出て行こうとする彼女を、だが、俺は止めた。
「いや、大丈夫っす」
「えっ、大丈夫って――」
何事か言いたげな彼女を遮り、俺は言葉を続ける。
「それよりデナ先輩、どれくらいで直りそうですか?」
「あ、え、えっと……魔導演算回路が無事らしいのは幸いだったけど、私とレツカで協力してやっても、多分……」
「どれだけ急いでも、三時間は掛かるな」
デナ先輩の言葉を引き継ぎ、レツカ先輩がそう答える。
……三時間か。
俺のドラク・フェスタ一回戦は、一時間後。
到底、間に合うような時間ではないが……。
しばし黙考した後、俺は深刻そうな顔をする皆に向かって、言ったのだった。
「――よし。俺、このまま出ます」