専用機
「その二機の内、黒い方がユウヒ君の、白い方がフィルネリア君の機体だ。大体要望通りになっているはずだが……気に入らないところなどがあれば変更するから、よく確認してくれ」
一機は、光を吸い込む程の、千生の本体の大太刀と同じような圧倒的な黒。
そこに、濃い血のような赤のラインが入っており、禍々しくも見えるような色合いをしている。
もう一機は、白を基調とし、空のような青でところどころがカラーリングされ、俺とは逆に全体的に神聖っぽい感じの色合いだ。
機体の塗装は、大体こういう色にしてほしいという要望を予め言ってあったのだが、その時俺が黒にすると言ったところ、「じゃあ僕は白」とフィルが言って、こういう対称的な色合いになった。
「うわ、ユウヒ、色合いが禍々しいよ。魔王みたい」
「おう、俺に相応しいだろ? そういうお前は、色合いが光サイドって感じで、勇者みたいだな」
「僕に合ってるでしょ?」
そんな冗談を言い合いながら、俺達は機体の細部を確認する。
形状は二機とも、一目で専用機であるとわかるくらいには特徴的だ。
俺の機体の方で最も存在感を放っているのは、背面の可変式ウィングだろう。
通常機のものよりそれが一回り大きく、恐らく「速く」という俺の要望が強く取り入れられた造りをしているのだと思われる。
アルヴァン先輩が乗っている専用機、『アルクス』もスピードを意識したものになっていたが、コイツは彼の機体よりもスラスターがデカく、さらにスピード特化になっているのがわかる。
いや、だが、使われている素材が素材なので、恐らくスピード以外にも優れた点は多々あることだろう。
フィルの方は、俺のと兄弟機といった感じであまり変わらない外観をしているが、異なっている点は可変式ウィングが通常機とほとんど変わらない形状をしているところだ。
彼女の要望は「魔力運用のやりやすさ」なので、表には見えない内部構造に重きが置かれて造られているのだと思われる。
「いやぁ……最高っす。何も言うことなんてないっすね。あとは実際に乗ってみたいと何とも言えないところはありますけど」
「僕も、外観に関しては何も問題ありません。これでお願いします」
「ん、なら、良かった。乗ってみての調整は今後行おうか。それと、機体名は両方ともまだ決めてないから、自分達で決めるといい。機龍士にとって、それが顔になるから、よく考えないとあとで後悔するぞ」
機体名か。
そうだな……。
「俺は――『禍焔』で」
名前の由来は、俺が前世で愛用していた大剣『禍罪』、そこから取ったものだ。
――禍すら滅す、黒焔。
俺の愛機として、これからこの機体には頑張ってもらうとしよう。
「じゃあ……僕は、『デュラル』で」
「お、フィル、それ……」
「うん、君と同じように、僕も愛剣のもじり。もう無くなっちゃったから、名前くらいはね」
フィルが前世で使用していた聖剣の名は、『デュランダル』。
やはり彼女の方も、共に戦場を駆け抜けた武器には思い入れがあるのだろう。
「ふむ、わかった。その名で二機とも登録しておこう」
「お願いします。あと……レツカ先輩、気になってたんすけど、この辺りに置かれてる装備は?」
「それらは、ユウヒ君の案を聞いてから造ってみた試作品だ。換装するのではなく、イルジオンに乗ったまま後付けで装着する追加武装だな。勿論、そこにある大砲も装着出来るぞ。小型ながら、戦艦の装甲すらも撃ち抜ける高貫通力を持ち合わせ、そして着弾点にて装備者が設定した魔法を発動可能な優れもののカノン砲だ。魔力の多いユウヒ君ならば、きっと上手く活用出来ることだろう」
コンテナ内の奥に置かれていたのは、シオルが持っていた対物魔ライフルをさらに一回り大きくしたような形状のカノン砲。
イルジオンで運用するのも一苦労な重量であることが、触れておらずともわかるようなサイズで、故に重量を分散するため下半身の装甲パーツと一体化させる機構が組み込まれているようで、まさに俺が求めた追加武装といった趣である。
「……先輩、発明の女神って呼んでもいいっすか……?」
「フフ、よせ。流石に私も照れる」
「何で二人とも、そんなに大砲に執着してるの……?」
カッコいいからです。
いやぁ、それにしてもこの短期間で、この数の試作品を造り上げるのか。
あのカノン砲以外にも、面白そうなものが数多あることだし、先輩も楽しくなって思わずいっぱい造っちゃったのかもしれない。
この人、俺と同種だし。
「……けど、先輩、わざわざここまで持って来てくれたんすか? そりゃ、早く機体が見れたのは嬉しいっすけど」
対抗戦に、専用機は使えない。
なので、ぶっちゃけ持って来てくれても意味はないのだが……。
「あぁ、それは、理事長の要請だ。早いところ二人の専用機を、稼働出来る状態にしておけって言われているんだ。実は、対抗戦に参加している他の専用機持ち達の機体も持って来てある。理由は知らないんだが……もしかすると、何か乗る機会でもあるのかもしれないな」
……なる、ほど。
あのジジィが。
「……フィル、ラルの表彰式、何時からだっけ?」
「えっと、四十分後くらいだったはず」
四十分か。
まだ時間はあるな。
「先輩、時間ギリギリまで、調整お願いしてもいいっすか?」
「ん? あぁ、こちらもそのつもりだったから、構わないぞ。けど、そんな急がなくてもいいと思うが……」
「いや、なるべく早めにお願いしたいっす。細かい調整なんかは、ラルの表彰式の後でいいんで。フィルも、悪いが付き合ってくれ」
「……ん、わかった」
俺の言葉に、彼女は察したような顔でコクリと頷く。
「……まあ、君達がそう言うなら、わかった」
怪訝そうな顔をしながらも、レツカ先輩は調整のための機器を動かし始めた。
* * *
「チッ、クソ! 新人戦はほとんど取られたか……不甲斐ないったらありゃしないな!」
イライラした様子を隠しもしない上級生の言葉に、新人戦に出場した一年生達が縮こまる。
団体戦などないのだから、どんな成績であろうが他人には関係ないはずなのだが、生徒達のまとめ役をしている彼には、余程お気に召さなかったらしい。
学園の威信を見せる、という意味では確かに結果が出ていないので、その事実に腹が立って仕方がないようだ。
不満をぶつけるためだけに行われる、ただただ不毛な会議。
それが終了した頃は、もう夜も遅くなっており、蔓延するギスギスとした居心地の悪い空気を皆が感じながら、それぞれのホテルの部屋へと戻っていく。
シオルもまた、肉体的疲労よりも精神的疲労を感じながら自らに宛がわれている一室に入ると同時、ベッドにバタンと倒れ込んだ。
生徒数が少ないため、他国の学園とは違い、個室になっているのが今はありがたい。
こんな気分で、さらに相部屋などであったら、もう最悪だろう。
――大体いつも、この学園はこんな感じだ。
全体主義的な空気が蔓延し、個人の感情など簡単に切り捨てられる。
結果だけが全てであり、過程など見向きもされないのだ。
だが……それも、仕方がないのだろう。
ルシアニアは、他国と比べ、貧しい。
国の領土こそ大きいが、それに見合うだけの国力は存在せず、貧富の差もまた大きい。
数字だけ見れば、その経済力は周辺各国の中でも上位に位置するものの、しかし国民の規模からすれば非常に小さいのだ。
故に、誰も彼もが毎日を生きることに必死で、他人を気にするだけの余裕はない。
それは学生とて同じであり、今大会で良い成績を修められれば、国から少なくない報奨金が下り、未来が約束されることになっている。
格差が著しいからこそ、「自分達もまた裕福な生活を」という豊かさへの強い渇望があり、他国の生徒との競争よりも、自国内の生徒との競争の方が激しい訳だ。
自分は、それを変えようと思った。
そのために生きることが正義であると信じ、今日までを生きてきたはずだったのだが……もう、よく、わからなくなってしまった。
自分はいったい、何がしたいのか。
いったい何を望んでいるのか。
――いや。
今、自身の胸にある望みは、わかっている。
この心を温めてくれた彼と、そして初めて親しい友人になれたと言えるであろう彼女と共に、日々を笑い、生きることだ。
我ながら、随分と現金なものである。
辛い日々を耐え何年も生きてきたのに、たった一時触れただけの温かさに、心が強く惹かれているのだから。
彼のことを思い出すと同時、胸に込み上げる強い感情。
今すぐ全てを投げ出したとしても、彼と、そして彼女ならば、きっと何も言わずにこの身を受け入れてくれるのだろう。
だが――胸の内で煮え滾る、もう一つの思いもまた、拭い去れない確固たるものとして、自らの中に根付いているのだ。
これを忘れることは、今後一生、絶対に不可能なのだ。
「…………」
どれだけ、そうして横になっていただろうか。
もしかすると、少し眠っていたのかもしれない。
突如、ピピピ、と腕に付けていた時計が鳴り、深夜のその時刻を告げる。
どうしようもなくモヤモヤとした頭でも、しかし身体だけは訓練通り、命令通りに動き出す。
事ここに至って、もう、後戻りは出来ない。
シオルはむくりと起き上がると、部屋を出て外の様子を確認する。
通路に誰もおらず、周囲の全てが寝静まっていることを見て取ると、関係者用となっている非常階段を勝手に降り、そしてホテルを抜け出したのだった――。
ユウヒの機体の名は、例のあの子からも取ってます……(ボソリ)。