友だからこそ
「アイツら、やりやがったな」
整備スタッフの生徒に教えてもらったその結果に、ラルはニッと笑う。
ブレイク・スティープルチェイス新人戦。
その男子新人戦にて、ユウヒが優勝。
女子新人戦にて、フィルネリアが優勝。
ネイアもまた、フィルネリアにこそ敗れたものの、女子新人戦で二位を記録したようだ。
さらにユウヒは、どうやら新人戦だけではなく本戦を合わせても歴代最速タイムを叩き出したらしく、その表彰もされたようだ。
フィルネリアもまた、今までの記録の中では最速タイムだったようなのだが、しかしユウヒには届かなかったために、表彰はされなかったらしい。
相変わらず、メチャクチャな二人である。
自分の競技が迫っていたせいで、彼らのそれぞれの決勝戦を見られなかったのが悔やまれる。
二人によると、ユウヒは肉体に関連した技能が得意で、フィルネリアは頭脳が絡むようなものが得意ということだったが……正直、大して差を感じないくらいには、二人ともどちらも非常に優れていると言えるだろう。
確かに、純粋なスピード勝負だったりするとユウヒの方が勝率が高く、逆に知能戦とかであるとフィルネリアの方が勝率が高いようだ。
が、それでもスピードが重視されるブレイク・スティープルチェイスでフィルネリアも優勝しているし、ユウヒも別に頭は悪くない――というか、普通にタメの中でも相当良い。
奴の期末試験の結果も良かったし。
あれは裏切りだ。
二人の基準が高過ぎるせいで、周りから見れば「いや、どっちも変わんねーよ」と言いたくなるのが実情なのである。
――対抗戦の準備が始まった最初の頃、一年でありながら本戦にまで出場するユウヒとフィルネリアに対して、実は悪感情が見られていた。
レヴィアタンを倒した、というのは学園内では広く知られたことだが、しかし実際にその存在を見ていない者達からすると、「学生が倒した」というバイアスが掛かってしまって、アレがどれだけとんでもない相手だったのかということを理解していない節がある。
また、二人は現在専用機を造ってもらっているところであるらしく、学園に二十名近くしかいない専用機持ちに異例の速さで仲間入りするようで、それも相まって「特別扱いをされている」、という偏見が蔓延していたのだ。
フィルネリアの方はどうも、その辺り上手く立ち回っていたようだが……逆にユウヒなんかは、周囲に全くと言って良い程頓着しない。
あの、よくつるむ男友達は、心が強い。
こう、と一度決めたらそれを必ず貫き、そのために自らの全てを賭すのだ。
レヴィアタンにすら屈さず、ぶっ殺しに突撃して行ったような男にとって、ただの学生から向けられる悪感情など、きっとそよ風にすらならないことだろう。
そういう姿勢が、尚更「生意気ではないか」という空気を上級生の間で醸成し、彼と親しい三年生である、生徒会長や専用機持ちのアルヴァン先輩などが窘めていたのを覚えている。
自分達の能力不足を棚に上げ、歳下に八つ当たりするなどそれでも上級生かよ、と腹が立ったものだが……しかし、鬱陶しいその嫉妬の空気も、実力を疑う懐疑的な視線も、二人の練習風景が広く見られた後に、勝手に霧消した。
皆、直接見て、理解したのだ。
あの二人が、嫉妬するのがバカバカしくなるくらいの、特別な存在であるということを。
同じ一年など、すでにユウヒとフィルネリアのことは別格として扱っている節があり、確かにその気持ちもよくわかるくらいにはぶっ飛んでいる二人なのだが――自分は彼らの友人である。
恐らく、タメの中で最も長く一緒にいる友人だろう。
そうである以上、特別だから敵わない、なんて諦めて、ただ羨望の眼差しを向けるだけというのは、格好悪過ぎる。
親しい友人であるからこそ、その残した結果に喜び、そして「今度はそっちが見てろよ!」と奮起し、どれだけ遠かろうが追いかけるべきなのだ。
ネイアもまた、きっと似たような思いを有していたのだろう。
だからこそフィルネリアに挑み、そして負けはしたものの、ブレイク・スティープルチェイス女子新人戦の中で、二位という好成績を収めることが出来たのだ。
「フゥ……」
一つ息を吐き出し、ラルは整備してもらったイルジオンに乗り込むと、控室を出て競技場へ向かう。
自分の出る競技は、『ドラク・フェスタ』の男子新人戦。
形成された半径一キロの巨大フィールドにて、勝ち残りを競う。
出場選手数は、一回戦は二十名。上位五名が次に行ける。
二回戦は十名。上位二名が次へ。
そして三回戦が六名で、これが決勝戦に当たり、最終順位が決定する。
敗北条件は『気絶等の戦闘不能状態』、もしくは『魔力障壁の破損』の二つ。
例えば可変式ウィングなどの推進器が破壊され飛べなくなってしまったとしても、まだ魔力障壁が張れる場合には、戦闘に参加しても良いことになっている。
逆に言えば、魔力切れやシールド生成装置の故障などで魔力障壁が張れなくなってしまった場合――つまり『魔力障壁の破損』が確認された場合は、その後の戦闘は危険であるため敗北と見なされるのだ。
使用可能な武器、魔法なども厳格に決められており、頭部への攻撃は禁止、動けなくなった者への攻撃も当然禁止とされている。
少しでも危険を排除するために定められた、それらの数多のルールを覚えるのが、一番大変だった気がしなくもない。
新人戦と言えど、きっと各校も実力者を揃えているのだろうが――一つだけ言える確かなことは、ユウヒとフィルネリア程の実力を持っている一年は、いないであろうということだ。
本当は、あの二人と勝負してみたい思いもあるのだが……。
「……ま、それは、次の機会にすっか」
今回は、あの二人と、特にユウヒと戦える場がない。
だからまずは、この一回戦だ。
彼らを相手に、自分がどこまでやれるのかを試してみるとしよう――。
* * *
「よし、よし! いいぞラル、そこだ!!」
「ラル君、行けるよ!!」
「頑張んなさい、もうちょっとよ!!」
自らの競技が終わった俺は、同じく競技を終えていたフィル、ネイアと共に、ラルを応援する。
彼はすでに、二回戦目までを勝ち抜けており、現在行われているのは決勝に当たる三回戦だ。
盾で守り、隙を見て攻撃するというシンプルなスタイルで戦うラルだが、その堅実さ故に生存能力が高く、すでに二十分近くが経過しているが、ほとんど消耗している様子も見られない。
ドラク・フェスタはバトルロイヤル形式だ。
戦うことも重要だが、結局は最後まで残っていた者が勝ちとなる。
ラルはその競技性をよく理解し、チャンスがあっても無理に倒しには行かず、敵と敵とをわざと交戦させるような位置取りを選び続けている。
漁夫の利を狙える立ち回りを、徹底しているのだ。
そして今、争っていた二機目掛け、大きく展開させたシールドで突っ込み――。
「よっしゃあ!!」
「すごいよラル君!!」
「やるじゃない、ラル!!」
最後の二機を撃墜し、ただ一人生き残り、魂からの咆哮と共にガッツポーズするラル。
それを見て俺達は、周囲で同じように観戦していたセイリシア魔装学園の生徒達と共に、大歓声をあげた。
「――ユウヒ君、フィルネリア君、ちょっといいかな?」
そうして、ラルの勝利を「すげぇすげぇ」と言いながら、皆で喜んでいると、掛けられる声。
顔を向けると、そこにいたのは天才技術者、レツカ先輩。
彼女は、整備スタッフとして対抗戦に参加していた。
「レツカ先輩? どうしたんすか?」
「少し、見てほしいものがあってね。ラル君の表彰式が始まるまでには終わるだろうから、私に付いて来てくれないか?」
俺とフィルは顔を見合わせると、ネイアに一声掛けた後、先輩の後ろに付いて歩き出す。
競技場の人込みの中から、だんだんと人気が少なくなる方へと進んでいき、やがて辿り着いたのは、どうやら関係者用のものらしい、一般車両がほとんど停まっていない駐車場。
レツカ先輩は、その中に停まっていた一台のかなり大きいトラックの後ろに行くと、どこからともなく鍵を取り出し、コンテナのロックを解除する。
そして、扉を開けるためのレバーに手を掛け――が、思いの他それが固かったらしく、「ぐ、ぐぬぬ……!」と唸りながら顔を赤くし、数秒して自分では無理と判断したらしく手を離す。
「ハァ、ハァ……私も、もうちょっと鍛えようかな……ユウヒ君、任せた」
「了解っす」
苦笑して俺は、彼女の代わりにガコンとそのレバーを回し、コンテナの扉を開けた。
「わ、すごい!」
「へぇ……この機器類、もしかして整備所っすか?」
「あぁ。イルジオンの整備用移動車両だ。本格的な整備まで可能な、かなりの優れものだぞ」
コンテナ内部は数多の機器で埋め尽くされており、それらの中央あったのは――二機のイルジオン。
! これ……。
俺達の表情を見て、レツカ先輩はニヤリと笑みを浮かべると、言った。
「その機体は、少し前に乗ってもらった雛形に肉付けしたもの――つまり、君達の専用機だ」
競技のルール考えるの、マジで大変だな……よくみんな、設定でこういうの考えられるもんだよ。