昼
――昼、セイリシア魔装学園にある中庭にて。
「いやぁ、こうして見るとイツキちゃん、確かにユウヒの身内って感じはあるな。違いといやぁ、イツキちゃんの方は、ちょっと髪に青が入ってる感じか?」
紙に包まれたハンバーガーを両手で掴み、もきゅもきゅと食べる千生を見て、ラルはそう言った。
千生は、分類的には『精霊種』であるため魔力さえあれば何も食べずとも生きていけるようなのだが、別に物を食べることが出来ないという訳でもないので、彼女が何か興味を示した時はこうして用意するようにしている。
今日の朝、通学路の途中にあるハンバーガーの店を見て気になったようだったので、彼女自身は何も言いはしなかったが、きっと食べてみたいのだろうと思ったのだ。
店が学園近くの位置だったので、ついでにラルとネイアも誘って買って来て、こうして中庭で食べている訳だ。
ちなみに、学園に千生程の子供がいることは、珍しく見られはするものの取り分けおかしなことでもない。
ここは非常に大きく、かなりオープンにやっているので、老若男女様々がいるのだ。
「前から思ってたけど、ユウヒって面倒見が良いわよねぇ。悪人顔――もとい、ちょっと目つきが悪い割には」
「悪人顔は余計だ」
そう言葉を返すと、クスリとネイアは笑う。
「フフ、ごめんごめん。あとラル。アンタ顔がキモいわよ」
「ラル、ロリコンさんだったんだねぇ……」
「なっ、ち、違うわ!!」
女性陣の評価に狼狽え、思わず声を荒らげるラル。
そんな彼の肩に、俺はポンと手を置く。
「友よ。俺は、お前がどんな男でも……大体は受け止めるぞ。が、千生はやらん」
「全部じゃなくて大体なんだな!? つか、だから違ぇって――」
「らー、げんき、だして」
「…………」
俺の真似をして、ポンとラルの肩に手を置く千生に、我が友人は何も言えなくなり、ただ口を開けたり閉じたりを繰り返す。
その顔を見て、俺達は笑った。
* * *
そうして、友人達と昼休憩を終えた後、俺とフィルは「千生を帰してくる」という名目で二人と離れ、学園内の人気が全くない場所までやって来ていた。
「それじゃあ、千生。悪いが……また、ブレスレットに戻っててくれるか?」
「千生ちゃん、いつもごめんね。帰ったら編み物の続き、一緒にやろうね」
「ん、だいじょうぶ。あみもの、やる」
千生がコクリと頷くと、その身体が光の粒子となって、俺のブレスレットへと消えていき――。
「――えっ……」
息を吞む声。
ハッと俺達は、その声の方向へと顔を向け――そこにいたのは、鬼族の少女シオル。
しまった、いつものやり取りだったから、少し油断していた。
ここなら誰も来ないと、周辺警戒を怠っていた。
だが……シオルか。
良かった、いや良くはないが、他の知らない誰かじゃなかったことは、不幸中の幸いだ。
最近、彼女とはよく話し、よくつるむようにもなっているので、その人柄も少しずつだがわかってきている。
良い奴なのは間違いないし、ちゃんと話せばわかってくれるはずだ。
「その……あなたに用があって、グリアさんと、ヴェリオス君からこっちに行ったって聞いて……今の子は、二人の子供?」
唖然とした様子で、そんな頓珍漢なことを言うシオルに少し笑ってしまってから、俺は言葉を返す。
「はは、いや、それは無理があるだろ。その……特殊な種族の子なんだ。だから、頼む、見なかったことにしてくれないか? 千生――今の子の存在自体は、ほぼ俺の妹みたいなもんだし、そういう風に扱ってくれればいいんだが、ただのヒト種じゃないってことの方を知られるのは、ちょっとマズくてな」
「シオルさん……僕からも、どうかお願い」
シオルは、その驚きの表情をだんだんと治めると、コクリと頷く。
「……えぇ、わかったわ。確かに、ビックリはしたけれど……特別、誰かに言うことでもないわ。だって私が見たのは、不思議な魔法を使える子供がいたってことだけだもの」
……確かに、そうかもしれない。
シオルが、何か目的があってこの学園にやって来たことはわかっているが、彼女が目撃したのは不思議な魔法を使用して消えた、一人の子供がいたってことだけ。
特別、誰かに報告しなければならないような、重要な事柄ではないだろう。
というか、最初から魔法ということにしておけば良かったのか?
……いや、流石にそれだけの説明じゃ無理があるか。
色々、キナ臭い国からやって来ている以上、そう簡単に信じてはいけないのかもしれないが――それより先に、まず友人だ。
彼女がこう言ってくれるのなら、信じよう。
と、シオルは、ポツリと言葉を続ける。
「それに――あなたの、身内だものね」
その言葉にピクっと反応を示したのは、フィルだった。
「……そう言えばシオルさん、ユウヒに用があるってことだったけど……」
「えぇ。この後の訓練、組んでやるものなのだけれど……その、対抗戦も近くなって、本気の訓練がしたいから、私と組んでくれないかと思って」
「え? あぁ、勿論いい――」
「シオルさん、実は僕、留学生の君がどんな技能をしているのか、もっと詳しく知りたいと思ってたんだ。戦ってるところは見てるけど、実際に一緒に飛んだことはないから。だから、今日は僕と組まない?」
「……そうね。私も、エルメールさんには興味がある。わかった、今日はあなたにお願いするわ」
そう、言葉を交わす二人。
フィルは、にこやかに微笑んで。
シオルは、感情を窺わせない無表情だが、じっとフィルのことを見て。
何故か知らないが……空気が、重い。
な、何でこうなった……?
『ゆー、ふたりに、なにかした?』
「……い、いや、心当たりはないんだが……」
こっそりと、千生とそんなやり取りをする俺だった。
一回くらい爆発しねぇかな……。
次回、ようやく対抗戦に入ります!